グリフの過去

 グリフはあかりとの約束を取り付けると満足したように言った。


「よし、なら出発は明日の朝だな。それまで自由行動にさせてもらうぜ?」


 あかりは、グリフもあかりたちと一緒に宿屋に泊まると思っていたので、どこに行くのかたずねた。するとグリフはニヤニヤ笑って答えた。


「懐があったかくなったんだぜ?酒と女に決まってるだろ?メリッサ早く寝ろよ」


 グリフはそれだけ言うときびすを返して町の賑やかな場所に行ってしまった。アスランがグリフの背中をにらんで言った。


「何て不真面目な奴だ。メリッサ、君は先に宿屋で休んでいてくれ。僕は奴の後をつける。これから旅の同行者になるならどんな人間か確認しておかないとね。もしとんでもない人間だったら、僕は彼を同行者として認められないね」

「そんな事言ってアスランも綺麗な女の人がいるお店に行くんでしょ?!」


 あかりの言葉にアスランは慌てて否定する。


「そんな事するわけないだろ!」


 あかりは疑わしげにアスランを見るが、ため息一つで不問にしてあげた。ふとあかりにいい考えが思い浮かんだ。あかりはニンマリ笑って言った。


「アスラン、私も行くわ。グリフの後をつけましょう」


 アスランは困った顔をしてからしぶしぶ承諾した。あかりとアスランは、ティグリスとグラキエース。小さい姿を気に入ったアポロンと一緒に、グリフの後を追った。


 

 グリフは華やかな夜の店を通り過ぎ、人気のない林まで歩いて行った。あかりたちは不思議に思った、グリフの言うお酒と美しい女性がいる所には見えなかったからだ。あかりたちはグリフの行動を木の陰から見ていた。グリフは大きな木造の家の前に立つと、その家のドアをノックした。しばらくしてから、一人の老人が顔を出した。グリフと老人は何か話し込んでから、老人がしきりに頭を下げていた。グリフはしばらくすると老人の家を後にして歩き出した。あかりたちは、グリフが見えなくなってから老人の家のドアをノックした。老人はすぐに出てくれた。老人は不審顔であかりとアスランを見た。アスランはすかさず話し出した。


「ご老人、夜遅く失礼します。先ほど訪れた男は僕らの友人なのです。その友人が暗い顔で何も言わずにここに来たので、心配になって後をつけたのです」


 あかりは、アスランの口から出まかせに舌を巻いた。本当はグリフとは険悪なのに、さらりと嘘がつけるのだ。アスランは自分が好青年だという事を自覚しているのだろう。老人は夜に訪ねてきた不審なあかりたちを、簡単に信用したようだ。老人は感慨深げにうなずいてからグリフがここを訪ねて来た理由を話してくれた。


「先ほどの方は、この病院に寄付をしてくださったのです。ここはポンパ唯一の病院なのです。この町は裕福な人もいれば貧しい人もいます。貧しい人からはあまりお金を取る事ができない。ですが貧しい人たちに無料で医療を提供していたら薬が買えない。その事はいつも悩みのタネです。ですが先ほどの方は高額な金貨を下さったのです、とてもありがたい事です」


 あかりは老医者にたずねた。


「あのグリフは、その人は貴方になにか話しましたか?」


 老医者は少しためらったが、あかりたちがグリフの友人だと聞いているので話す事に決めたようだ。


「あの方はお子さんを病気で亡くされたそうです。だからその贖罪のために、この病院に寄付をして、貧しい子供を救ってほしいと言ってくれました」


 あかりは胸が締め付けられたように苦しくなった。グリフはうさん臭くて不真面目な感じの人物に見えるが、心の中では激しい悲しみを抱えていたのだ。あかりがショックで下を向いていると、アスランが老医者に聞いた。


「彼はこの後どこに行くと言ってましたか?」


 老医者は少し微笑んで答えた。


「この町の教会を教えてほしいと言っていました。教会には、親のいない子供たちが暮らしているのです」



 あかりたちは老医者に礼を言って、教わった教会を目指した。教会は、林を抜けた丘の上に立っていた。あかりたちはグリフが出てくるのを木の陰でひたすら待った。あまりに出てくるのが遅いので、もうグリフは帰ってしまったのかと不安に思った頃、はたしてグリフは教会から出て来た。グリフは教会を後にして、夜空が綺麗に見える丘に立っていた。あかりたちが息を殺して木の陰にいると、グリフが声をかけた。


「おい、お前ら出てこい」


 どうやらあかりたちの尾行はとうに気づかれていたようだ。あかりはグリフに言った。


「グリフ、私たちの事気づいてた?」

「当たり前だろ、うさぎみたいにヒョコヒョコ顔出しながら着いて来られたら誰だって気づくわ」


 グリフはフゥとため息をついてからあかりを呼んだ。


「メリッサ、こっちにおいで」


 あかりはグリフのとなりに立って一緒に夜空を見上げた。空は満点の星空だった。グリフはアスランに振り向くと、お前は帰れデバガメ野郎とののしった。アスランはぶ然として木に寄りかかった。あかりはグリフに言った。


「グリフは親切なのね?病院や教会に寄付をするなんて」


 グリフはあかりに向き直った。グリフはニヤリと笑って言った。


「それはメリッサを信用させるための演技かもしれないよ?」

「私はそうは思わないわ。だって私たちがグリフの後をつけたのは全くのきまぐれだもの」


 グリフはあかりを見つめて、寂しげに笑ってから言った。


「おじさんはねぇ、天国に行きたいんだ。おじさんは昔は悪い事ばかりしていたんだ。だから心を入れ替えて、いい事をするようにしたんだ。そうすれば神様が憐れんで天国にあげてくれるかもしれないだろ?」


 あかりはグリフの顔を真剣に見つめた。グリフはさびしげで暖かな瞳であかりを見つめた。あかりにはこの優しげな瞳で見つめてくれた人が二人いる。一人はあかりの現世での父親。あかりの成長を、目を細めながら見つめてくれていた。もう一人は前世の父親だ。もうあかりは二度と会う事ができない、最愛の人だ。あかりは確信した、グリフには最愛の娘がいるのだ。だけど、その最愛の人にはこの世では、もう会う事ができないのだと。

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