後始末

 アスランは領主たちに気づかれないようにカーテンを被りながら、抜き足差し足歩き出した。だが出入り口のドアまで後もう少しの所で、ある声に呼び止められた。男の声、領主に違いない。領主は顔を見せろと言う。そんな事できるわけがない。性転換の魔法薬で女になっていればいいが、現在のアスランは魔法薬が切れて男に戻ってしまい、足は裸足、ドレスはボロボロ、男なのに化粧をして完全な変質者と化していたのだ。絶対にカーテンを脱ぐわけにはいかない。


 だがアスランのがんばりに反して、カーテンをあっさりと取り除かれてしまった。そこには痩せ型の顔色の悪い男がニヤニヤ気味の悪い笑みを浮かべていた。あろう事か気味の悪い男はアスランの左手を掴んで引き寄せようとしたのだ。アスランの背筋がゾゾッと冷たくなり、全身に鳥肌が立った。


 アスランは無意識のうちに右の拳を握りしめ、ポンパの領主の左ほほに右ストレートをお見舞いしていた。領主はポーンと吹っ飛んで、床に転がると動かなくなった。アスランはハァハァと荒い息をしていた。小さなアポロンは心配そうにアスランの周りを飛び回っていた。


「何だ領主を殴り倒しちゃったのか?」


 突然背後から声がした。アスランが振り向くと、うさん臭い男グリフがニヤニヤしながら立っていた。アスランはこの男に怒りがわいて仕方なかった。グリフの魔法薬のせいでこんな目にあっているのだ。アスランは怒りのままにグリフのえりくびを掴んだ。グリフはニヤニヤしながらアスランの手を払いのけて言った。


「おいおい俺はお前を助けに来てやったんだぜ?メリッサが言うんだ。アスランは人を傷つける事ができないから、ひどい目にあってるかもしれないから助けに行ってあげてって、可愛くお願いされたからな」


 グリフは倒れて動かない領主の所に行くと、領主の状況を確認して言った。


「あーあー、顔の骨折れてんじゃねぇか」


 グリフは治癒魔法で領主のケガを治してやっていた。グリフは立ち上がると、アスランを無視して捕らわれた娘たちに声をかけた。


「お嬢さんたち助けに来ましたよ。みんな四、五年経ったら俺とデートしようね」


 捕らわれた町娘たちは、アスランとグリフに気がつくと、いっせいに悲鳴をあげた。


「きゃあ!変態よ!変態だわ!」

「落ち着いてください、変態はコイツだけで俺は紳士ですよ」


 グリフは慌ててアスランを指差しながら言う。アスランは反論できない状態なので黙っている。混乱した状況は、新たな人物の登場により静かになった。


「ちょっと何やってるの?グリフ、アスラン」


 メリッサの声だ。アスランは反射的にカーテンを被った。グリフに今の姿を罵られるのはどうでもいい。たが、大好きなメリッサに変態、気持ち悪いと言われたら立ち直れない。アスランが目をつむっていると、またもやカーテンが取られた。目を開けると、目の前にメリッサが立っていた。メリッサは大きな目をさらに大きくしてアスランを見た。嫌われる、アスランは反射的にメリッサから視線をそらした。メリッサが叫んだ。


「アスラン綺麗!アスランって男の時でもお化粧すると綺麗になるのね」


 アスランはほぉっと息をはいた。どうやらメリッサに嫌われなくて済んだようだ。グリフがメリッサに、目が悪のかと聞いている。メリッサは山育ちだから目はいいのだと自慢していた。二人の会話は噛み合っていないようだったがアスランにはどうでもいい事だった。


 メリッサは、遠巻きにアスランたちを見ている女性たちに声をかけた。


「皆さん安心してください。私たちは貴女たちを助けに来ました。もう貴女たちは自由です」


 捕らわれた町娘たちはメリッサの言葉をジッと聞いてから、歓声をあげた。メリッサが外に面した大きな窓を開けると、そこにはティグリスとグラキエースがいた。彼らの側にはいかつい人間たちが倒れていた。おそらく領主が雇ったゴロツキたちだろう。メリッサは先頭に立って町娘たちを促した。アスランは再びカーテンを被り直してメリッサの後を追った。



 町娘たちを町まで送って行くと、町の人たちは喜びに湧き上がった。食堂の主人は、依頼の報酬としてアスランたちに金貨を支払ってくれた。娘をさらわれた家の人々から集めたものだ。アスランはメリッサとグリフで報酬を分けた。今夜はポンパの宿屋で一泊する事にした。アスランはトランド国王に向けて手紙をしたためた。ポンパの領主の悪行、早急に新たな領主を派遣してほしい事。アスランは手紙を書き終わると、魔法で手紙を鳩にして夜空に放った。グリフが呟いた。


「へぇいい魔法だな」


 アスランは意地の悪い声で答えた。


「僕が長年かけて完成させた魔法だ。教えてなんかやらないぞ、まぁどうしても教えてほしいっていうなら、土下座でも」

「いや、もう覚えた」


 アスランが言葉を言い終わらないうちに、グリフはそういい放った。そしてグリフは紙とペンを取り出すと、何かをしたため、折りたたんで呪文を唱えた。するとグリフの手に雄々しいタカが出現した。タカは夜空に飛び立ち、空中を旋回してからアスランの腕にとまった。するとタカは元の紙に戻った。アスランが紙を見ると、一言変態と書いてあった。


 アスランは紙を握りしめ、炎魔法で消し炭にして歯噛みした。認めたくない事だが、どうやらグリフという魔法使いは卓越した魔法のセンスがあるようだ。アスランはどちらかというと不器用な魔法使いで、コツコツと努力して魔法を研究している。だがグリフは一度見た魔法も瞬時に覚えてしまう。そして性転換の魔法薬。アスランが魔法薬を研究しなかったのは、臭いがひどい事と、もう一つ魔法薬はとても繊細なものなのだ。わずかな薬草の分量の違いで、失敗したり全く別の魔法薬になってしまう。


 だがグリフはぞんざいな動作で鍋に薬草を入れ、性転換魔法薬という高度な魔法薬をこともなげに作ってしまったのだ。一つだけはっきりしている事がある。アスランはグリフという男が大嫌いだ。だが共にいるのも今回で最後だ、もう二度と会う事はないだろう。アスランがそう思っていると、グリフがとんでもない事を言った。


「なぁメリッサ、変態男と一緒にいるより俺と旅をしようぜ?」


 なんとグリフはメリッサを連れて行こうとしているのだ。アスランはたまらず叫んだ。


「メリッサはご両親からお預かりした大切な子だ!お前みたいなうさん臭い奴に渡せるわけないだろう!」


 メリッサもアスランに同調する。


「グリフ、心配してくれる気持ちは嬉しいけど、私はアスランと一緒に行くわ。アスランは私が一緒にいないと危なっかしいんですもの」

「メリッサァ、ありがとう」


 アスランは心底安堵した。もうメリッサに情けないと思われていてもどうでもいい。メリッサが側にいてくれるなら道化にだってなれると思えた。グリフはアスランをさげすむように見て言った。


「なら俺はメリッサについて行く!アスランだけじゃ心配だ、なぁいいだろメリッサ?」


 断ってくれたらいいのにメリッサは笑顔で答えだ。


「ありがとうグリフ、貴方が一緒にいてくれたら心強いわ」

 

 アスランたちの旅の同行者に、大嫌いな奴が加わった。



 

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