救出作戦

 アスランは領主の館の廊下に立っていた。娼館の女主人に化粧をされ、服を着替えさせられて鏡を見て驚いた。鏡の中には大嫌いな姉の姿があったのだ。アスランは一瞬で気分が悪くなった。二度と会いたくない顔が、鏡をのぞくといるのだ。


 娼館の女主人は今すぐにでも領主の所にアスランを連れて行こうとしたが、アスランは手洗いに行きたいと女主人に言った。女主人はアスランのあまりの顔色の悪さに、手洗いに行く許可を出した。アスランの任務は領主の館から、捕らえられた町の娘たち全員の救出だった。


 先ずはこの館の出入り口の確認だ。おそらくアスランが連れてこられたと思われる裏口、召使いたちが出入りするドア、そして領主が出入りする正面玄関。出入り口はその三つだ。アスランは手早く館の見取り図を書いて、魔法で鳩にして外から出した。鳩は夜空に飛び立っていった。きっとメリッサの腕にとまれば元の手紙に戻るだろう。アスランがなおも館の中をウロウロしていると、不審に思った召使いの男に呼び止められた。アスランはうわずった声で召使いに行った。


「あんまりお屋敷が広いので、迷ってしまいました。領主さまのお部屋はどこでしょうか?」


 召使いは不審がりながらもアスランを領主の部屋に案内してくれた。アスランは召使いに続けて聞いた。


「町から連れて来られた女の人たちはここに何人いるんですか?」

「何故そんな事を聞く?」


 いよいよ疑いの目を向ける召使いに、アスランは冷や汗をかきながら答えた。


「私のお友達もここにいると思うの、だから気になって」

「お前を入れて十八人だ」


 アスランはホッと息をついた。町の人たちが言っていた行方不明なった娘の数と一致する。アスランはさらに質問をする。


「今から行くお部屋に女の人たちは全員いますか?」

「ああ、ご主人さまは毎晩娘たちをはべらせて宴を催される。お前は今日が初めてだったな。せいぜいご主人さまの目にとまるよう努力するのだな」


 召使いがそう言った所で、アスランはドアの前に着いていた。召使いがドアを開ける。アスランはゴクリとツバを飲み込んで明るい室内に足を踏み入れた。室内には天井からぶら下がっているキラキラ光るシャンデリアがあり、きらめくような豪華な調度品にあふれていて、贅沢のかぎりを尽くしたような部屋だ。


 そこには美しく着飾った娘たちが沢山いた。おそらくさらわれた町の娘たちなのだろう。その部屋の中央には豪華なソファがしつらえてあり、その上には顔色の良くない男が両脇に娘をはべらせて座っていた。この男が領主なのだろう。


 アスランは壁際を歩きながら室内を観察した。外側の壁には大きな窓があるのだろう。日中は日差しがよく入るのだろうが、今は分厚いカーテンが引かれている。アスランは窓側に移動した。この部屋は一階なので娘たちを逃すならこの窓を開け放つ事も可能そうだ。


 アスランがそう思案していると、彼を呼ぶ小さな声がした。アスランがヒョイッと上を見ると、そこには小さな小さなアポロンが翼をパタパタさせて飛んでいた。アスランが両手のひらを出すと、小さなアポロンはアスランの手のひらに乗った。アスランは思わず声をあげた。


「やぁアポロン、とっても可愛いね」


 するとアポロンが慌ただしく叫んだ。


『アスラン、のんきな事言ってる場合じゃないぞ!性転換の魔法薬がもうすぐ切れる』

「えっ?魔法薬が解けるのは朝じゃないのかい?」

『グリフが性転換の魔法薬に入れる薬草を一つ忘れたんだ。グリフはもう元に戻った、もうすぐアスランも男に戻るぞ』

「あんの三流魔法使いめぇ!」

『所でアスラン。女性になると、お姉さんに瓜ふたつだな』

「それを言わないでよアポロン、気にしてるんだから」


 アスランとアポロンがのんきに話し込んでいると、アスランの身体に変化がおき始めた。アスランの身体が大きくなってきたのだ。アスランが身につけていたきらびやかなドレスがビリビリに破れだし、はいていたくつが入らなくなりたまらず脱ぎ捨てた。アスランは完全に男に戻ってしまった。


 アスランは口をふさいで悲鳴を飲み込んだ。これでは娘たちを助けるどころじゃない。現在のアスランの姿は完全に不審者だ、こんなアスランが娘たちに助けに来ましたと言っても、娘たちは怖がって着いてきてくれないだろう。ぼう然と固まっているアスランに、アポロンは窓にかかっているカーテンを落としてやった。アスランは慌ててカーテンを頭からかぶった。アポロンがアスランに言う。


『アスラン、私の首のペンダントを持ってろ。メリッサから連絡がくる』


 アスランがアポロンをよく見ると、メリッサと一緒に買ったペンダントをさげていた。アスランはアポロンからペンダントを受け取り身につけた。するとサファイアのペンダントから鈴の鳴るような声が聞こえた。メリッサの声だ。


「アスラン、聞こえる?」

「メリッサ、聞こえてるよ」

「アスランその声、元に戻ってしまったのね。館の周りにいた雇われのゴロツキたちは倒したわ。後は女の子たちを助け出すだけよ。アスランとりあえず外に出られる?」

「ああこのままじゃ身動き取れないから、隙を見て外に出るよ」


 では外で落ち合おうという事でメリッサとの通信は切れた。アスランはアポロンを肩に乗せ、室内の人々に気づかれないようにソロソロと出口まで進もうとした。



 ポンパの町の領主はため息をついた。領主は今の暮らしに飽き飽きしていた。今はどんな女を前にしても心が動く事はなかった。手管を極めた娼婦にはとうに飽きてしまったし、さらってきた町娘にも飽きてしまった。最初はさらって来た町娘に心が騒いだものだが、時間が経つと町娘たちはまるで人形のようになってしまった。


 領主がぼんやりと窓の方を見ると、おかしな物体があった。その物体はどうやらカーテンを被った人間のようだ。この部屋には自分と娘たちしかいないのだから、あの物体も娘に違いない。領主は、自身に機械的に扇子で風を送る娘に問いただした。あの女は誰かと。娘はおかしな物体を一目見てから、何の感情もなく知らないと言った。そういえば、娼館の女主人が言っていた。いい娘が入ったと。ならばあの物体がそうなのだろう。領主が興味をそそられて、そのカーテンの塊に近づいて声をかけた。


「おい、そこの者。顔を見せよ」


 カーテンの塊はビクッと身体を震わせた。どうやら怖がっているらしい。領主はますます興に乗り、カーテンを掴んで無理矢理引っ張った。それはやはり女だった。背がとても高かった、ともすると領主よりも長身だった。だがとても美しい女だった。顔は恐怖に引きつって震えていたが、凛としたたたずまい、そして精悍さも備えた美しさだった。領主は女の左手を取って自分の側に引き寄せようとした。だがビクともしなかった。そして掴んだ腕はとても太かった。領主が違和感に気づくと同時に、女が右の拳を振り上げるのが見えた。それきり領主の意識は途絶えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る