霊獣アポロン

 あかりたちはウーヨ討伐を終えて、王都に戻る事にした。帰りもスノードラゴンのグラキエースの背中だ。あかりは行きでグラキエースの背中から、振り落とされそうになったので不安げに乗り込む。帰りもアスランが風魔法の防御ドームをはってくれたので、あかりは振り落とされる事はなかった。ただアスランの元気がない事が気がかりだった。


 冒険者協会に着くと、アスランはウーヨ退治の報酬の手続きをした。盗賊団退治ほどではないが、それなりの金貨が手に入った。冒険者協会を出ると、アスランは真剣な顔であかりに話し出した。


「メリッサ、これから君をテイマーの学校まで連れて行こうと思う。まだこの金額では学費には足りないが、僕が今までに稼いだお金でまかなえると思う」

「アスラン、どういう意味?」

「メリッサ、僕は冒険者を辞めようと思う。最初からこうすればよかったんだ。僕は冒険者になんか向いていない、僕につき合わせた結果、アポロンにケガをさせてしまった。アポロンと森で畑を作りながら暮らす事にするよ」

「勇者の称号はどうするの?」


 あかりの言葉にアスランは弱々しく笑って言った。


「アポロンに聞いたんだね?そう、僕は勇者の称号に固執していた。それも皆父親を畏怖していたからだろう。僕が郷里に帰らなければ、父は僕がどこかでのたれ死んだと思うだろう」


 アスランの言葉にアポロンは激しく反発する。あかりに自分の言葉を伝えてくれとうったえていた。


『アスラン、ダメだ。メリッサ、アスランに伝えてくれ、私はアスランの足かせなんかにはなりたくないんだ!』


 あかりはアスランとアポロン、双方から一方的に話をされて、へきえきしてしまった。あかりは二人をいったん落ち着かせようと思った。そしてあかりの横でパタパタと飛んでいる、可愛いドラゴンにお願いした。


「グラキエース、アスランを眠らせて」


 グラキエースはこくりとうなずくと、魔法を発動させた。アスランはフラフラしだしてその場に倒れそうになった。すんでの所であかりがアスランを受け止める。だが成人男性のアスランを、少女のあかりが支えるには無理があった。見かねた子虎の霊獣が、魔法でアスランをアポロンの背中に乗せた。


 アスランは面倒くさいので、そのまま宿屋のベッドに転がしておいた。あかりたちは今後どうしたら良いか、会議をする事にした。城下町の真ん中にある噴水の側のベンチにあかりは腰をかけた。その横には白馬のアポロン、アポロンの背には子虎が乗り、目の前には小さな翼を一生懸命パタパタさせている小さなドラゴンがいた。動物好きのあかりにとってはたまらない光景だ。まずはあかりが意見を言う。


「アスランはアポロンと離れたくないのよ。だけどアポロンはこのままではアスランといたくはないのね?」


 アポロンはうなずいて答える。


『ああ、私はアスランの役に立ちたいのだ。私のせいでアスランがやりたい事を諦めてほしくないのだ』

「アスランのやりたい事って?」


 あかりの質問にアポロンが答える。


『アスランは自分の力を世のために使いたいのだ。決してこのまま埋もれてしまうような者ではないのだ』

「ならなおの事アポロンはアスランの側にいなければいけないわ」


 それまで黙っていた虎の霊獣のティグリスが言葉を発した。


『なぁ、アポロンって今いくつなんだ?』

『ああ私は今年で二十八歳になる』

「ええっ!二十八歳?」


 アポロンの年齢を聞いて驚きの声をあげたのはあかりだった。通常馬の寿命は三十年だ。だがアポロンの若々しさは驚異的だ。あかりを乗せて盗賊を飛び越えたり、盗賊団のアジトに行くために高い崖を駆け下りたりと、とても高齢な馬とは思えなかった。アポロンの年齢を聞いてティグリスはしたり顔で言った。


『やっぱりな。アポロン、お前はきっともっと長生きするぞ。それでな、これは提案だがな。俺は自然界の中で生まれた霊獣だ。多くの霊獣がそうだが、中には例外がある。最初は動物として生まれて、長い年月を経た動物はごくまれにだが霊獣になる事がある。俺はアポロンは霊獣になれる素質があると思う。なぁジジィどう思う?』


 ティグリスに質問されて、今まで黙っていたグラキエースが口を開いた。


『うむ、わしもアポロンには霊獣の素質があると思う。だが確証はないのだぞ?もし失敗すればその時は』

「失敗するとどうなるの?」


 口ごもるグラキエースにあかりはせっついて続きをうながす。グラキエースはためらいがちに答えた。


『アポロンが霊獣になるためにはある試練を突破しなければならない。だがもしアポロンがその試練に失敗すれば、それは死を意味する』


 グラキエースの言葉に、あかりはヒュッと息を飲んだ。グラキエースは言葉を続ける。


『わしは、アスランがそれでいいと言うのならば、アポロンとのんびり余生を過ごすのも悪くないのではないかと思う」


 一同はシンッと静まりかえった。その沈黙を破ったのはアポロンだった。


『もし私がアスランの役に立てる存在になれるのなら、その試練を受けたい』


 あかりはたまらず言った。


「アポロン、アスランはあなたの事が本当に大好きなの、アスランの事も考えて?」

『アスランの事を思えばこそだ。私の決心はゆるがない』


 アポロンの決意は固く、あかりは取り付く島もなかった。あかりの心配をよそに、話はあれよあれよと進み、アポロンは霊獣になるための試練を受ける事になってしまった。




 あかりたちは風の精霊がいるといわれる大きく切り立った崖の谷間を見おろしていた。崖の谷間の底は真っ暗で、下は見えなかった。この崖から落ちたなら命はないだろう。谷間からは風がビュービューと吹いていて、まるで怪物がうなり声をあげているようだった。あかりはゴクリとツバを飲み込んだ。


 これからアポロンはこの谷間に飛び込む。そして、アポロンが霊獣になる素質があるのなら、アポロンは生還するだろう。だが霊獣の素質がなければ。あかりは、その先を想像する事ができなかった。あかりはグラキエースに頼んで、アポロンの背中で寝こけているアスランを起こしてもらった。


 アスランは、ここはどこなのかも、自分は何故こんな状況なのかもわからないのだろう。キョロキョロと辺りを見回していた。アスランはあかりに目を向けて、状況の説明をしてほしそうだった。あかりは覚悟を決めて話し出した。


「アスラン落ち着いて聞いて?」

「ぐるぐる巻きにされた状態のままかい?」


 この時のアスランの状態は、身体全体をロープでぐるぐる巻きにされていた。これはアスラン自身を守るためのものだ。あかりは言葉を続ける。


「ええそうよ。そのままで聞いて。この場所は風の精霊の住まう谷なの。長い年月を生きた動物が、霊獣になる事を望み、その身を谷に投げるならば霊獣になれる可能性があるのよ」


 アスランは息を飲んだ。誰が谷に身を投げるかわかったからだろう。


「まさかアポロン、君がやるんじゃないだろうな?」


 アスランは動きづらい身体を愛馬アポロンに向けて、厳しい表情で言う。


「僕は許さないぞ。絶対にダメだぞアポロン」


 厳しい表情のアスランを、アポロンは慈愛に満ちた顔で見つめる。あかりはアポロンのとなりに立った。アポロンの言葉を代弁するためだ。あかりが言葉をつまらせながらアスランに話し出す。


「アスラン、これから私が話す言葉はアポロンの言葉」

『アスラン、私は君が立派に成長した事を嬉しく思っている』

「アスラン、私は君が立派に成長した事を嬉しく思っている」

『アスランには、もっと自分のやりたい事を実現させてほしい』

「アスランには、もっと自分のやりたい事を実現させてほしい」


 アスランは、これから愛馬が深い谷に飛び込もうとしている事を知って、目に涙を浮かべながら、首を振っている。


『アスラン、君は私の誇りだ。君を心から愛している。もし私がどのような結末を迎えようとも、君のせいではない。ではさらばだ』

「アスラン、・・・。き、きみはわたしのっ誇りだ。君を、こ、心から愛している。もし、わたしがどのような、結末を、迎えようとも、君のせいではないっ。・・・では、さらばっだ」


 あかりは泣いていた。おえつでうまくアポロンの言葉を代弁できなかった。アポロンは、あかりがアスランにアポロンの言葉を伝えきったとわかったのだろう。すぐさまきびすを返して、谷に向かい、何のためらいもなく谷に飛び込んだ。


「嫌だアポロン!」


 全身をぐるぐる巻きにされたアスランは、その場に倒れこんだ。ぐるぐる巻きにしたのは、アスランがアポロンの後を追って、谷に飛び込まないようにするためだ。アスランはもぞもぞとイモムシのようにのたうち回っていた。


 あかりはアスランの痛ましい姿を見る事ができず、目をつむった。するとティグリスとグラキエースの鋭い声が聞こえた。やめろ、アスラン。と、あかりが目を開けると。アスランが一目散に崖の谷間に走っていってしまった。アスランは自分の魔法で、縄を切って抜け出したのだ。あかりは悲鳴をあげた。


「きゃああ!アスラン!グラキエース、ティグリス止めて!」


 あかりの言葉もむなしく、アスランは崖の谷間に消えてしまった。あかりはその場にしゃがみこんでしまった。アポロンは帰って来ず、アスランはアポロンの後を追ってしまった。最悪の結末だ。あかりは泣き出してしまった。もっと他に選択肢があったのではないか。あかりがもっと強く止めていればよかったのではないか。後悔の念があかりに襲いかかった。あかりが泣き続けていると、ティグリスの声がした。


『見ろ!メリッサ!』


 あかりの泣きはらした目の前に、美しい翼を持った天馬が現れた。その天馬はアポロンだった。そして、アポロンの背中にはアスランが乗っていた。アポロンは試練を見事突破し、霊獣になったのだ。あかりの涙は、喜びの涙になった。


 アスランは、アポロンの首にしがみつき泣きながらアポロンの名前を呼んでいた。アポロンは泣きじゃくるアスランを、優しく自分から下りるようにうながした。アスランはアポロンの背から下りると、アポロンの目を涙ながらに見つめた。アポロンがアスランに言う。


『アスラン、私の名を呼んでくれ』

「アポロン、アポロン」


 アスランはうわごとのようにアポロンの名前を呼び続けた。アポロンは慈愛に満ちた声で言う。


『真の名において契約する。アスラン、私が君をずっと守る事を誓う』


 アポロンが言葉を言った途端、二人を淡い光が包んだ。アポロンとアスランの契約が結ばれたのだ。アスランは泣きながら笑って言う。


「アポロン、これからもずっと一緒だよ?」

『ああ、アスラン。私はずっと君の側にいて、君を守るよ』

「あれ、変だな。アポロン、君の言葉がわかる」

『おかしな事などない。私とアスランは真の名において契約したのだ。私とアスランはずっと一緒だ』


 アスランはアポロンの首に抱きついて泣いた。きっと喜びの涙なのだろう。あかりは二人の姿を微笑んで見つめた。あかりの側にはティグリスとグラキエースがいた。ティグリスは得意げに言った。


『な!俺の言った通りだっただろう?アポロンは霊獣になれるって』


 自信満々なティグリスをグラキエースは憎々しげににらみ、言い返す。


『わしだってアポロンが霊獣になれるとわかっとったわい!』


 あかりは二人を抱きしめながら言った。


「いいじゃない。終わりよければすべて良しよ」






 

 

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