アポロンの危機
翌朝アスランたちはウーヨ退治のために、その依頼をした村に行く事にした。その村は王都から歩いて二日といった所だった。その事をアスランが言うと、スノードラゴンが怒り出したようだ。メリッサいわく、まどろっこしいと言うのだ。
アスランたちは人通りの少ない平地に行くと、スノードラゴンは本来の姿に戻った。巨大なドラゴンだ。スノードラゴンは自分の背に皆乗れと言う。アスランたちはドラゴンの背中に乗って上空を飛んだ。吹き付ける風は強く、メリッサは吹き飛ばされそうだった。それなのにスノードラゴンはお構いなしで速度を速める。アスランはドラゴンの背に乗る皆を風の防御ドームで守る事を余儀なくされた。
結果的に、二日で行く村に三時間で着いた。アスランたちは村の村長の家で夜になるのを待った。ウーヨたちの狩の時間は夜なのだ。真夜中になり、アスランたちは行動を開始した。家畜のいる牧場の陰に隠れて、ウーヨの群れが来るのを待った。
はたしてウーヨの群れはやって来た。一番大きなウーヨがこの群れのリーダーなのだろう。短い鳴き声で群れの仲間に指示を出していた。虎の霊獣に乗ったメリッサがウーヨの前に立ちふさがる。ウーヨの群れの後ろにはアスランがアポロンに乗っていかくする。ウーヨのリーダーは、いつもと違う状況に、危険を感じて仲間に指示を出す。この場をたちさると。ウーヨの群れは勢いよく走り出した。メリッサの乗る霊獣と、アスランの乗る白馬は、ウーヨの群を挟み込むように並走して走る。メリッサはしきりにウーヨのリーダーに語りかける。
「私たちは貴方たちに危害を加えたいわけじゃないわ!ただ貴方たちの住むテリトリーに戻ってほしいだけなの!」
メリッサの叫びに、ウーヨのリーダーが吠えて返答する。アスランにはメリッサとウーヨのリーダーとの会話はわからなかったが、あまりいい結果ではない事だけはわかった。ウーヨの群れと、メリッサとアスランはただひたすら走り続ける。
このままずっと進めば、アスランがウーヨの生活拠点に思い描いた森がある。この森まで誘導できれば、アスランたちの依頼は終了する。だが、群れの中の血気さかんな若いウーヨのオスは、この状況に不満だったらしい。リーダーの意見を聞かず、あろう事かアポロンに襲いかかってきた。
たまらずアスランは風魔法を使って、ウーヨを攻撃してしまった。それをきっかけに、ウーヨの群れの雰囲気が変わってしまった。ウーヨのリーダーの指示の元、確実に森に方向を定めていた群れは、動きを止め、アスランとアポロン、メリッサと霊獣を敵視する動きになってしまった。
これはまずい事になった。アスランの背筋を冷たい汗がしたたる。メリッサはその時霊獣のティグリスから降りて、危険極まりない事にウーヨのリーダーに歩みよった。アスランは慌ててメリッサに静止をうながす。だがメリッサはアスランの言葉に耳を貸さなかった。メリッサはよく通る声で、ウーヨの群れに語りかけた。
「ウーヨの皆、聞いて。私たちは貴方ちちを傷つけたくないの!貴方たちはテリトリーを、人間の住むテリトリーまで広げてしまったわ。それは貴方たちの失態よ。人間のテリトリーは人間のもの、貴方たちのテリトリーは貴方たちのものなの。お互いにおかしてはいけない境界線だわ」
メリッサの言葉に、ウーヨのリーダーと仲間たちは心を動かされたようだ。アスランはジッと事の成り行きを見守る。だが群れの中に、この動きをよく思わないウーヨがいた。そのウーヨは、ジッとアポロンを狙っていたのだ。アスランはそのウーヨの動きに気づかなかった。気づいた時には、アポロンの後脚に食いつこうとしていた。
すんでの所でそのウーヨの動きに気づいたアスランが、慌ててアポロンのたづなを引いて走ろうとした。その時アポロンの前脚に強い圧力がかかってしまった。ボキッと乾いた音が辺りに響いた。アポロンが悲痛ないななきをする。アスランはアポロンの異変に気づいてすぐさまアポロンから降りた。アポロンは左前脚をつけない状態だった。
アスランは最悪の予測をした。ウーヨのリーダーは、仲間が勝手な行動をしたのをひどく怒っているようだった。ウーヨのリーダーは、メリッサと話をして、森に移動する事をしょうだくしたようだ。ウーヨの群れが森へ向けて移動する。その光景を、アスランは絶望的な気持ちで見つめていた。
アスランは長年連れ添ったアポロンの事は全て把握できると自負していた。そして今の状態はとても危険なものだった。アスランはアポロンの側に駆け寄って、アポロンの状態を確認した。アポロンの左前脚は骨折していた。馬の骨折。それは馬にとって死を意味するものだ。
アスランはその場に泣き崩れた。アポロンとの別れは常に覚悟をしていた。だがそれはもっと穏やかなものだと考えていた。だがアポロンが骨折したとなれば事態は変わってくる。アポロンを無駄に苦しめるわけにはいかない。アスランは泣きじゃくりながら、友であり、愛する家族のアポロンに最後の言葉をのべた。
「アポロン、君は僕の全てだ。ずっと愛してる」
そう言って、アスランは自身の手に強力な魔法を作り出した。この魔法は、白馬のアポロンを一瞬で消滅させる威力があるものだ。アポロンはアスランに最後の言葉を伝えた。これは、後にメリッサがアスランに伝えてくれると思ったからだ。
『さらばだアスラン。幸せになるんだぞ』
アスランとアポロンのただならない雰囲気に気づいたメリッサは危険をかえりみず、アスランに飛びつくように、アスランの攻撃魔法を止めた。
「何をするのアスラン!」
アスランはうずくまって泣いていた。愛馬アポロンを攻撃するのは本意ではないという事だ。アスランはうめくように答えた。
「アポロンが骨折した。彼を苦しめたくない。最後は苦しまないでいかせてやりたいんだ」
アスランはそれだけ言うと、慟哭した。それだけアポロンはアスランにとってなくてはならない存在だったということだ。
あかりは白馬のアポロンに駆け寄って、つぶさに状況を確認した。可哀想にアポロンは、左前脚の、中手骨を骨折していた。あかりは動物看護師を志していたので、馬の骨折が死に直結している事をよく理解していた。だが感情では納得はできなかった。アポロンは、アスランの家族なのだ。そんな存在を、骨折したからと言っておいそれと、命を奪うわけにはいかない。
あかりは無力な見習い動物看護師だ。だが友達は強力な魔力を有するスノードラゴンと、霊獣だ。あかりは震えそうになる足を叩いて、グッと腹に力を入れた。そして心に決めた。絶対にアポロンを助けると。あかりは嘆きうずくまっているアスランに向かって大声を出した。
「アスラン!立ちなさい!貴方の家族を助けるのよ!」
アスランが泣き濡れた顔を上げる。あかりは友達のティグリスとグラキエースに声をかけた。あかりはきぜんとした態度でアスランに命令した。アポロンを支えるハンモックを土魔法で作ってほしいと。アスランは涙を拭いながら、言う通りにしてくれた。側にあった木にハンモックを結びつけた。アポロンはハンモックで身体を支えられた事により、少し楽になったようだ。
あかりはアポロンの骨折を詳しく確認した。通常馬は前脚の方に体重がかかるため、骨折のリスクは高くなる。レントゲンを見たわけではないが、アポロンの骨折は中手骨の複雑骨折のようだ。あかりは自分の腰にさしたナイフを取り出し、ティグリスの炎でナイフを消毒する。そしてグラキエースに頼んで氷のドームでおおってもらう。これは感染症を防ぐためだ。
あかりはなおも泣き崩れるアスランをしったして、アポロンに眠りの魔法をかけさせた。これは麻酔の代わりだ。あかりは深呼吸をすると、アポロンの左前脚にナイフを刺した。皮と肉を切り、骨をあらわにしていく。中手骨は三つに骨折していた。幸いな事に、骨の破片は大きくて、ボルト固定が可能そうだった。あかりはグラキエースを呼ぶ。グラキエースに、ボルトの代わりになる、氷のくいを作ってもらう。グラキエースは繊細な魔法で、アポロンの骨折した骨を、氷のくいでつなげていった。
続いてあかりはアスランに土魔法で、針と絹糸を出してもらった。あかりはおぼつかない手でアポロンの傷口を縫いあわせていく。緊張の連続の後、あかりは大きく息を吐いた。縫合が終わったのだ。
骨折をボルト代わりの氷で留め、傷口を縫った。最後はグラキエースの治癒魔法だ。あかりはグラキエースにお願いした。グラキエースは心得たように魔法を発動させた。アポロンの左前脚が輝き出した。あかりは優しくアポロンに言った。
「アポロン、歩いてみて?」
アポロンはおそるおそる歩き出した。歩き方はぎこちないが、どうやら骨折は治癒したようだ。それを見たアスランは、泣きながらアポロンの首にすがりついた。あかりは泣いて喜ぶ二人をただ見つめていた。
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