霊獣の現状
アスランは愛馬アポロンの背中に乗っていた。だが地上を走っているのではない。アポロンは空を走っているのだ。その大きく美しい翼を広げて。アポロンは精霊の試練に打ち勝ち、霊獣になったのだ。
アスランの心はじんわりと安堵感でいっぱいになる。アスランは、自分で思っていたよりも、愛馬アポロンの死の恐怖に取りつかれていたようだ。霊獣になったアポロンは、病気もケガも、死すら超越した存在になった。これからアスランは、自分の寿命がつきるまでアポロンと共にいられるのだ。
アスランが死んだ後、アポロンがどうなってしまうのかは心配だが、友である虎の霊獣ティグリスと、スノードラゴンのグラキエースが側にいてくれるならば安心だろう。アスランはこれで心置きなくメリッサに胸の内を告げる事ができる。
アスランたちは王都にある城下町に戻った。アポロンの翼は彼の意思で消え、普段と変わらない白馬に戻った。アスランはメリッサたちを噴水のある広場に連れていった。メリッサをベンチに座らせると、アスランも座り口を開いた。
「メリッサ、君に謝らないといけない事がある。僕がメリッサをテイマーの学校に行かせようとしたのは自分のためなんだ。メリッサ、僕は君の力があれば楽に勇者の称号が手に入ると思ったんだ。本当にすまない。アポロンが霊獣になって、アポロンの寿命を心配する事がなくなった。僕たちはこれからのんびり勇者の称号を目指すよ」
アスランがメリッサの顔を見ると、彼女は怒っていた。無理もない、だまして連れてきたと言われても仕方ない事をしたのだから。メリッサは口を開いた。
「アスラン、貴方はなんてお人好しなの?!私はアスランと出会えて、渡りに船だと思ったわ。私はずっと、村から出て冒険したかったのよ?だけど家族の事が心配で、村を出る事ができなかった。アスランは私の畑の横に井戸を掘ってくれて、じゃが芋の苗を植えてくれて、私の家族の生活を豊かにしてくれた。私はアスランに感謝こそすれ、貴方を恨む気持ちなんてみじんもないわ」
メリッサはそれだけ言い切るとハァハァと息をした。そしてツバを飲み込んで言った。
「私はアスランが勇者の称号をもらえるまで一緒にいるわ」
アスランはメリッサの剣幕にタジタジになりながら、ありがとうと言った。
そうとなればアスランたちはどんどん依頼をこなして、王さまから依頼がくるような冒険者にならなければいけない。アスランたちは冒険者協会で、沢山の依頼書がファイリングされたファイフに目を通していた。そこでメリッサはある事に気がついたようでアスランに質問した。
「ねえアスラン、このよくある依頼書、霊獣の捕獲求むって何?霊獣が人々に危害を加えているからなの?」
メリッサの質問に、アスランは困った事を聞かれたという顔になった。アスランは一つため息をついてから言った。
「メリッサ、君は霊獣のティグリスと、ドラゴンのグラキエースと契約しているよね?」
メリッサはうなずく。アスランは言葉を続ける。
「メリッサは特別な事とは思っていないだろうけれど、見る人が見ると、とてもうらやましい事なんだ。霊獣やドラゴンはものすごい魔力を持った存在だ。もしその存在と契約できたなら、その人は強大な魔力を自在に使えるという事だ」
メリッサの顔色が変わった。彼女は低い声で言った。
「じゃあ、この霊獣の捕獲求むという依頼は、契約したくもない霊獣を捕まえて、無理矢理契約させようとするって事?」
メリッサのただならない雰囲気に押されて、アスランは慌ててうなずく。メリッサは、ここが冒険者協会の中だと言うことも忘れて、大声で叫んだ。
「許せないわ!」
メリッサのあまりの大声に、アスランはメリッサを抱えて、冒険者協会事務所を退室しなければならなかった。
あかりはアスランに引きずられるようにして、アポロンの待つ馬小屋に連れていかれた。そこにはティグリスとグラキエースも待っていて、あかりがひどく怒っている事にびっくりして、目を白黒させていた。
あかりは怒りが収まらなかった。子虎の霊獣ティグリスと、スノードラゴンのグラキエースに最初に出会った時に言われた事だ。人間が憎い、人間は自分たちを傷つけ、無理矢理契約を結ぼうとする、と。だけど、とあかりは思い直す。霊獣と契約するには、霊獣の真の名を契約者が知り、契約者が霊獣の真の名を呼び、霊獣が契約者の名前を呼んで成立するはずだ。それをアスランに問うと、アスランはその通りだと言って、補足してくれた。
「メリッサの言う通りだ。本来霊獣と契約できる者は、霊獣語がわからなければいけない」
「霊獣語がわかる人はどんな人なの?」
あかりの質問にアスランは答えてくれる。
「職業で言うと、先ずはテイマー。そして召喚士。この二つの職業は霊獣語は必須だ。それに一部の魔法使いだ」
「アスランも霊獣語を話せるの?」
「いや、僕は専門外だ。魔法使いが研究する分野は多岐にわたる。僕は魔法の研究が肌に合っていたから、新しい魔法、応用魔法の研究をしている。別の魔法使いの中には多種族との会話をするための言語を研究している者もいるんだ」
「じゃあ、今言った三つの職業の人たちが、あの依頼をしているって事?」
「いや、そうともいえない。彼らは自分で霊獣と関わる事が可能だからね。霊獣の捕獲の依頼をするのは貴族などの金持ちが多い」
「お金持ち?じゃあ霊獣を捕まえても契約なんかできないんじゃない?」
「ああ本来ならばね。だけどその金持ちが霊獣語がわかる人間を雇ったらどうなると思う?」
「霊獣語をわからない人間も霊獣と契約が可能って事?」
「ああ」
あかりはため息をついてから言った。
「無理矢理結ばされた霊獣と人間の契約を解除する方法はないの?」
「基本的には契約者である人間が死ぬまで無理だ」
あかりはゴクリとツバを飲み込んでから言った。
「じゃあどうしても契約を解除したい場合は、その人間を殺さなければいけないって事?」
「そうだね。だけともう一つある。人間側から契約を解除する事だ」
「人間から解除?」
「ああ、真の名により契約を解除するとの言葉があればその霊獣は自由だ」
あかりはホッと息をはいた。
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