第5話 逆転


 約束の日、わたしを起こしたのはアラームではなく『エイル』のカメラが作動する音だった。私はまだ半分、眠りの中にいたが、芹那がトランクを手に部屋を出て行く気配をはっきりと感じ取っていた。


 わたしはままならない体に鞭うつように、『エイル』と部屋を出て芹那の後を追った。


 ――素敵、こんなマンションの一室に撮影用のスタジオがあるなんて。


 ――じゃあ早速、用意した衣装に着替えてもらおうか。


 わたしは朦朧とした状態の中で、マイクロカメラの映像を見つめた。わたしの視神経が捉えたものは、目玉と歯が生えた衣装を身につけた芹菜が鏡に自分を映している姿だった。


 ――それじゃあ、撮るよ。


 わたしはもう我慢ができなくなり、思い切って『芹那』の意識を眠らせることにした。


「――えっ?」


 突然、両腕をだらりと下げて項垂れた芹那に、晶斗は絶句してその場に固まった。


「どうしたんだ、大丈夫かい?」


 晶斗が芹那に駆け寄って肩を掴んだ瞬間、わたしは今だと思った。


「無駄よ晶斗さん。芹那の意識はもう深いところに行ってしまってるわ」


 わたしは芹那の身体に合わせて加工されたブラウスから顔を覗かせ、驚愕に目を瞠っている晶斗に向けて精一杯の微笑みを浮かべた。


「杏那ちゃん……起きていたのか」


「びっくりした?どうしても芹那に先を越されるわけにはいかなかったの」


「君たちはどちらかが起きている時はもう一方は、眠っているんじゃなかったのか」


「基本的にはそう。だからわたしはレム睡眠時でも芹那の行動を追うことができるよう、『エイル』にわたしの人格をラーニングさせたの」


「……エイル?」


「このトランクよ。祖母が必死で完成させたわたしたちの生命維持装置。わたしの意識は今、この中に搭載されているAIの中にいるの。わたしたちがこの『エイル』とケーブルで繋がっているのは知ってるでしょ?芹那の意識が完全に眠ってしまったら、わたしの『副脳』から初期化された芹那の脳にプログラムを流しこんで、わたしがこの身体の『主』になるの」


「君は……妹を殺すつもりか」


「深い眠りについてもらうだけよ。だって生まれてから二十年もこの身体の主導権はあの子の物だったのよ。これでわたしもお店で踊ったり、あなたとデートしたりできるわ」


「君の『頭部』はどうなるんだ」


 晶斗は芹那の身体から「生えて」いるわたしの頭を目で示して言った。わたしたちは生まれた時から一つの身体を二人で共有してきたのだ。

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