第4話 焦燥
わたしたち姉妹には、肌身離さず持ち歩いている小さな赤いトランクがある。
祖母の形見でもあるそのトランクにわたしたちは『エイル』と名をつけ、貸し借りしながらどこにでも持ち歩いた。
そうしているうちに周囲の人たちもわたしたちが常に小さなトランクを携えていることをごく自然に受け入れるようになっていった。
わたしはトランクに金具に偽装した録音装置とマイクロカメラを取り付けていた。カメラには、わたしが半分眠りかけていても撮影と録画を自動で行ってくれるAIが搭載されているのだ。
芹那はわたしが密かに取り付けた装置の事を知らない。それはわたしにとって後ろめたいことだったが、疑心暗鬼にかられたわたしが出来心で作った装置は、取りつけてほどなく最悪の活躍を見せることになったのだった。
※
わたしが妹の抜け駆けをはっきりと確信したのは、とんでもない寝坊で実験室への出席をすっぽかした日のことだった。
いつもより二時間も遅く起きたわたしは晶斗のアトリエを覗くのもそこそこに慌ててお屋敷を出た。
実験室に行くと、仲間たちが「どうしたの、杏那。珍しいわね」と失笑まじりにわたしを出迎えた。
結局、わたしが到着した時には実験はほぼ終わっていて、わたしは罪滅ぼしのつもりで一人で実験の後片付けを引き受けた。片づけが終わると、わたしはロッカールームにこもって私物であるトランクの隠し蓋を開けた。
わたしの呼吸が止まったのは、昨晩からタイマーをセットしておいた録音装置の記録を再生した時だった。
――ねえ晶斗さん、写真があれば私の絵も描けるんでしょ?だったら撮影スタジオに連れて行って。どんな格好でもするから。
――仕方ないな、それじゃ今度僕のもう一つのアトリエに招待するよ。
――本当?…絶対、杏那には内緒にしておいてね。
わたしは録音された音声を聞きながら、全身の血が逆流するのを感じた。
わたしが寝坊している間に、晶斗と芹那は二人きりになる約束を交わしていたのだ。
なんとしても、阻止しなければ。これ以上ぐずぐずしていると、論文作成のためにまとまった時間が取れなくなってしまう。わたしはあれこれ考えた末、一計を案じた。
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