第2話 接近


 お屋敷での生活は、狭いマンションで過ごすことに慣れていたわたしたちにとって、いきなりお城に招待されたような非現実感に溢れていた。


 わたしたちの部屋は、すでに家を出て家庭を持っている晶斗の姉が使っていた部屋だった。わたしたちは見たこともない大きなベッドの上で無駄に寝返りを打ったり(さすがに居候の身で飛び跳ねることはためらわれた)、はしゃいだりした。


 晶斗はアート関係の仕事をしているらしく、基本的に昼間は一階のアトリエで立体物を作ったりキャンバスに向かったりと創作活動に勤しんでいた。


 わたしたちは立ち入り禁止でないのをいいことに、創作中の晶斗の様子を代わる代わる覗きに行ったりした。


 ある時、わたしがキャンバスに向かって筆を走らせている晶斗の背中をドアの隙間からそっと見ていると「そんな隙間から見ていないで、入っておいでよ」と小休止に入った晶斗から思わぬ誘いの言葉が飛んできた。


 わたしが個性的な作品が所狭しとひしめくアトリエに恐る恐る足を踏み入れると、晶斗は「おかしな作品ばかりでびっくりだろう?でも中には一応、こんな砕けた物もあるんだ」


 晶斗が人懐っこい笑みと共にわたしに見せたのは、目玉の形をしたオブジェをくっつけた衣服をまとった女性の肖像画だった。


「モデルを使うこともあるんだ……」


 わたしがショックを隠しきれずにそう漏らすと、晶斗は「本人を見ながら書いてるわけじゃないよ。一度、写真を撮ってからその写真を元に描いてるんだ」とどこか照れ臭そうに言った。


 わたしはそれを聞いて複雑な気分になった。本人を見ながらだろうと写真を見ながらだろうと、モデルと二人っきりになることにかわりはない。


「これは昔、近所に住んでいた三姉妹を描いたものだよ。ちょっと悪趣味に見えるかもしれないけど」


 そう言って晶斗がわたしに見せたのは、髪が蛇になっているウィッグをつけた三人の美少女たちだった。


「一応、神話のゴルゴ―ンをイメージしたんだけど案の定、気持ち悪がられちゃってね。僕は実際のモデルを色んな架空の存在に当てはめるのが好きなんだ」


「そうなんだ……」


 晶斗の話を聞いているうちに、わたしは自分の中に奇妙な焦りが芽生えるのを意識した。気がつくとわたしは何かに急き立てられるように「図々しいかもしれないけど、わたしを描いて貰えないかしら」と口にしていた。


「杏那ちゃんをかい?……ううん、そうだなあ。芹那ちゃんと二人そろった絵ならちょっと描いてみたい気もするな」


 わたしは高揚した気持ちが一気にしぼむのを感じた。芹那と一緒では意味がない。それではわたしたちの距離は縮まらないからだ。


「君たち姉妹を描くとなると、生半可な覚悟では許されないだろうな。……でも、僕のセンスだと綺麗なお姫様ってわけにはいかないかもしれないよ。それでもいい?」


 わたしは即座に頷いていた。芹那の先を越して一歩でも晶斗に近づけるのなら、化け物の仮装でもなんでもしてやる。


 ――たしか従兄とだったら、ぎりぎり結婚できるはずだわ。


 晶斗の整った横顔をうっとりと眺め、わたしはいつかネットで調べた同族結婚に関する情報を思い返し、どうか芹那が自分と同じおねだりを思いつきませんようにと祈った。

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