かたわれ
五速 梁
第1話 新居
「
「――んっ、どうしたの急に?」
「お母さんが再婚するんだって。わたしたち、この家にいたら邪魔になるの」
わたしは死んだように眠っている妹の芹那を揺り起こすと、急き立てるように言った。
「そんな。……だってお姉ちゃんまだ、学生でしょ」
「お母さんの一番上のお兄さんが、お金持ちなんだって。海外に行っている間、わたしたちに開いてる部屋を貸してくれるみたい」
「――ふうん、そんな伯父さんがいたんだ。知らなかった」
わたしは起き抜けの頭で事態を理解しようとしている妹に、自分も先ほど知ったばかりの新情報を噛んで含めるように説明した。実を言うとはわたしだって大いに困惑していたのだけれど。
「早く引っ越す支度をしちゃわないと、お母さんの「彼氏」がやってくるわ。出来るだけ顔を合わせたくないでしょ?」
「うん……私たちがお母さんの「彼氏」とうまくいくはず、ないもんね。わかった」
芹那はしぶしぶといった様子で身を起こすと、身支度を始めた。
※
わたしたち姉妹は、二十歳の双子だ。
妹の芹那はパブで接客をしたり踊ったりしている。いわゆる夜の仕事だ。わたしは奨学金を借りて大学の工学部で研究をしている。わたしが昼間、研究室で実験を繰り返している間、芹那は夜の仕事に備えて睡眠をとっている。要するにすれ違いの生活だ。
わたしたちは近いようで遠く、似ているようで似ていない、厄介だが離れがたい存在なのだった。
「ここにいたっていいのよ。彼もあなたたちと暮らすことに賛成してるし」
母はそそくさと荷造りを始めたわたしたちに、いくぶん後ろめたそうな表情でそう告げた。
「彼氏さんが良くても、わたしたちが良くないの。それじゃあ元気でね、お母さん」
わたしと芹那は母に別れを告げると、一度も会ったことのない伯父の家を期待と不安を抱えたまま訪ねた。
「――うわぁ、本物のお屋敷だ」
閑静な住宅地の外れにある、豪奢な住宅を前にしてわたしは思わず感嘆の声を上げた。
呼び鈴を鳴らしてどきどきしながら待っていると、やがて「はい」と男性の物と思しき声がインターフォンから飛びだしてきた。
「……あの、今日からこちらでお世話になる
「ああ、僕の従妹か。……今、鍵を開けるよ」
声の主が砕けた口調で応じると、鉄製の門扉が解錠されるかちりという音が響いた。
「そのまま玄関までどうぞ。……あ、玄関のドアは開いてるからチャイムは鳴らさなくていいよ」
どうやら従兄らしい男性の声に誘われるように、わたしたちはアプローチを通って叔父の豪邸へと足を運んだ。宿なしになった不幸な女の子が突然、現れたお金持ちの伯父さんのお世話になる……なんだか、物語みたいだ。
わたしは玄関の前でひとつ咳ばらいをすると、重厚な扉の取っ手に手を伸ばした。
「やあ、君たちが僕の従妹か。はじめまして、この家の長男で
おずおずとドアを開けたわたしたちを出迎えたのは、上背のある二十代後半くらいの男性だった。
「叔母さんから話は聞いているよ。この家には今、僕しかいないから自分の家だと思って楽にするといい」
鼻筋の通った初対面の従兄は、ウェーブのかかった前髪を払うと人懐っこい目で笑った。
家主である晶斗の風貌を見た瞬間、わたしの中で「まずい」と警報のような音が鳴り響いた。身内であるにも関わらず、晶斗の醸し出す雰囲気はわたしの心を鷲掴みにしたのだ。
――わたしと同じように、芹那も晶斗さんの事を気に入るはずだ。わたしにはわかる。
わたしはわけのわからない焦りでいてもたってもいられなくなった。どうしよう、早くなんとかしないと芹那に晶斗さんを取られてしまう。
「君たちの部屋は二階だ。案内するから荷物を持って僕についてきて」
晶斗は落ちついた声で言うと、玄関ロビーの奥に見える階段を目で示した。
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