第26話 少しの勇気

 かつて賑わっていただろう正面入り口の大通りに入る私たち。道に沿ってあったはずの家屋は今では形を成すものが指で数えられるほどしかなく、ほとんどは腐敗し植物たちの家になっている。


「さて、君に届いた手紙を見るに、ここのどこかに君の妹がいるってことで間違いないと思うんだ」

「うんうん、わたしもそうだと思う! だから、学生君は危険だから、ここで待ってね!」

「で、でも……」

「君にはここで、妹の帰り場所を確保しておいてほしいんだ。誰かここに居て帰り道を見張ってないと、帰り道も危険になっちゃうからさ。ここの近くで隠れていて、なにかあったらこのピアスで連絡してほしいんだ」


 そういって、私は片耳にしていた旅人ギルド支給の連絡用ピアスを外し、学生に渡す。学生は少し困惑していたが、すぐに頭を下げて近くの茂みに入って行った。


「それじゃ、探していこうか! わたしは一人で向こうの方を見てくるから、二人はあっちの方を見てきてよ! 何かあったらすぐにお互いを呼ぶこと! 良い?」

「はいはい。どうせ反論しても聞かないんだし、そうするよ。行こう、尋」

「は、はい!」


 そうして、私たちは少女の探索に出る。大通りから外れた道なき道を歩き、残っている家屋の中をのぞきながら捜し歩く。しかし、少女どころか、誘拐した犯人たちの姿も、怪しい人影も見当たらない。


「誰も、いないですね。本当に、怪しい人も誰も……」

「……ううん、一人、今出て来たよ」


 尋が言葉を出した時、私たちの前に出現魔法が突如発動し、そこから黒い霧が沸き上がり、そしてそこから黒いローブの人物が出現した。そのシルエットには、最近見た覚えがあった。


「あなたは、あの日に絡んできた……」

「どうもっす。また会ったな。ま、俺はずっと監視してきたんすけどね」


 その男は、尋と出会ったあの日、村の食堂で絡んできた輩だった。男は言葉遣いだけは丁寧な感じに話すが、その表情は明らかにこちらに敵意を向けている。私は尋の前に出る。彼が首にしている黒の十字架のネックレスを見れば、その男がブラッククロスのメンバーであることは一目瞭然だった。


「ウェサニアで襲ってきたブラッククロスのメンバー。彼らを仕向けたのはあなただね」

「まあそういうことだ。大方、俺の狙いも大体の目星は付けているんだろ?」


 ブラッククロスが尋を狙う理由。襲撃された時にメモに書いてあったもの。彼に宿る可能性がある見えぬ力。恐らく彼らが狙う理由の一つは、それだ。


「潜在能力。尋に宿ってるかもしれない力。あなたたちはそれを狙っているんでしょ。多分、悪用するために」

「ご明察。まああのメモは見られるだろうなって思っていたし、知られて当然だったな。そこまで分かってるならもう本人の前でも関係なく語ってやろう。そこにいる少年に眠る力を、俺は欲しいのさ。俺のやりたいことを成すにはな。その力が必要なんすよ」

「そのやりたいことに他人を嫌な感じに巻き込まない方が良いんじゃない? あなたの底が知れるからさ。いやま、すでに私の中ではあなたはその程度の人間なんだって思ってるけどさ」

「別に他人にどう思われようが関係ねえっすな。人の顔色伺いながらやりたくもねえことやるのはもうこりごりなんでね。だから、そこの少年も簡単に手に入らないってのも理解してる。だから、こうやって交渉の場を作ったのさ」


 そう言うとブラッククロスの男が指揮棒型の杖を取り出し、地面に魔法をかける。すると、地面から一人の少女が地面を割って出て来た。少女は気絶しているのか、目を閉じている。


「なんで、その子を誘拐したんですか」


 尋は珍しく語気を強くしてその男に言う。横目で彼の顔を見ると、その目は鋭い眼光を向けていた。


「へえ、良いっすね、その目。この少女を誘拐したのは、君とトレードするためなんすぜ。君らのような優しい心を持ってるなら、全く知らない子にも人助けをするだろって、思ったんだよ。つまり、ここに君たちがいるのは大方予想通りってこと」


 男は得意げに言う。私が一番嫌いな顔をしながら。


「それで、どうすんっすか。この子を返してほしいなら、そこの少年君と交換しようじゃないっすか。大丈夫、別に命を取ろうなんて思ってないんでね」

「……僕がそちらに行けば、その子は返してくれるんですね?」

「ああ、もちろんだとも。君はただ、こちら側に来てくれればそれでいいのさ」


 尋は少し考え込むように黙る。そして、彼は口を開く。


「分かりました。では、僕とその子をトレード……」

「ちょっと待って」


 私は尋の言葉を遮り、前に出る。


「どう考えてもあなたの言っていることを信用出来るわけがない。この子に何かするかもしれないし、なんなら、その子も無傷で返してくれるとも思えない。もしその子を返してくれるって言うなら、今すぐあなたがこの場から消えて」


 私は言葉を投げつけ、その男を睨みつけた。男が少女に何かしようとしたらすぐに動けるように、牽制用の魔法の準備もする。少しの沈黙が続き、そして男が口を開いた。


「へ、まあこうなるとは考えていたぜ。ああ、分かったよ。そんじゃ、この少女は力づくでとりに来るんだな。この村の奥に残っている家屋で待ってるっすぜ」

 

 男はそう言い、一瞬にして黒い霧に包まれ、姿を消した。私は準備をしていた魔法を解除し、尋の方を向く。


「あ、あの……えっと……すみません、僕が犠牲になれば助けられると思って、それで、何も

考えずにあんなことを……」

「尋、勇気、出したね」


 私は尋の頭に手を置き、優しくなでる。尋の気持ちを、否定だけで終わらせたくなかった。


「尋は本当に人を助けたいって思う気持ちが強いんだと思ったよ。でも、もう少し、自分を大切にしても良いと思う。尋が犠牲になって悲しむ人は、この世界にはいるんだよ。多分、元の世界にもいると思うんだ。だから安易に敵の取引にすぐに応じようとしなくて良いからさ」

「そう、ですよね……すみません、浅はかでした……」


 私の言葉に、尋は静かに頷く。尋は人を助けたいという気持ちが前に出て、自分に降りかかるリスクについて考える機会は少なかったのだろう。今までは命の危険まで繋がったことはなかっただろうが、少なくともこの世界では命に直結することもある。

 とにかく、この状況の打開策としては、今回の出来事を引き起こした黒幕を探し、少女を奪還した後に撃退することだろう。私は箒を握り直し、尋に言う。


「さて、あの少女を助けに行こう。皆で、一緒にね」


 尋は力強く頷き、そして私たちはエルヴィラと合流するために戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る