第25話 アオハルの生き様
少年をベンチに座らせ、少し落ち着かせる時間を作る。少年の呼吸が少し落ち着いたころに、私とエルヴィラで事情を聞くことにする。
「それで、君の妹が誘拐されたっていうのは、一体何があったのかな?」
「はい……実は、先ほど、妹の小学校から連絡があって、登校していないことが分かって、家に戻ったら、家にこの手紙が置いてあったんです……」
少年はその手紙を机に出す。私はそれを手に取って、エルヴィラは私の肩に顎を乗せて、中を見る。そこに書かれていたのは、妹を誘拐したこと、返してほしいなら多額の身代金を郊外の廃村まで持ってくるように促す指示だった。その金額も、到底学生が払えるような額ではない。ただ、持ってこないと殺すとか、そこまでの文言は書いてはいなかった。
「そっかそっか。こんな手紙が急に家にあったらパニックになるよね……」
「そうだね。良かったよ。私たちに話してくれて。確か、この街の騎士団は結構治安維持に忙しいんだもんね」
「そうなんですよね……だから、本当に今日、エルヴィラさんが学校に来てくれてよかったです……」
少年の声は弱弱しく消えていく。しかし、その目はしっかりと私たちの方を向き、そして想いを口に出す。
「手紙に書いてある場所は知ってるので、先導出来ます。でも、自分には何も力が無くて、何も出来なくて、だから、その、本当に、申し訳ないのですが、妹を、助けていただけないでしょうか……」
青年は深々と頭を下げた。彼の体は少し震えており、その姿を見た私は、奥底に眠る騎士としての感覚をこの身に宿す。
「そんな、頭を下げなくて大丈夫。私たちで君の妹さん、助けるから。ね、尋」
「はい、僕も、出来ることを精一杯果たします。今の自分なら、やれる気がするんです」
「よし、それじゃあ早く向かおうか! 急げ急げ!」
そうして、エルヴィラの促しで、私たちは駆けだした。
街の郊外。私たちが街に入った出入口の反対にあった街道を進む私たち。先導する少年の後を、私たちは早歩きで進む。尋の足取りも、今まで以上にしっかりと前に突き進む。
「なるほどね~自分を変えるためにね~。そっかそっか! それなら、参考になるか分からないけど、私たちの学生時代の思い出話しでもしよっか! ね、マリア!」
エルヴィラの声掛けで私は意識を二人に向ける。どうやら尋の活動目的をエルヴィラに話したようだった。いつの間にか私たちの学生時代のことを話す流れになっていた。
「まあ、悪くないと思う。私は自分語りするのはあまり好きじゃないけど、まあ雑談って感じなら話しやすいし」
「あの、よろしくお願いします。ぜひ参考にさせてください」
尋の言葉は強くしっかりと私たちに響く。そして、エルヴィラは話し始めた。
「あの時の私たちは本当に目の前の青春を謳歌していたよね!」
「そうだね。放課後は絶対に買い食いしてたし、いろんなところに遊びに行ってたし、――たくさん戦った」
「戦った……」
「うん。あの時、私たちを取り巻く世界は結構水面下で争いを繰り広げてたよね。辛い出来事もたくさん経験した」
「学生の時に、もうそんな経験をしていたんですね……本当、僕とは全然経験が……」
「そりゃそうだよ!」
エルヴィラは声を張り上げる。尋は急に大きな声が聞こえて驚き、エルヴィラの方を見る。
「生きてる世界が違うんだからさ! 私たちが経験したことって、正直言ってこの世界じゃそんな珍しくないことなんだよ! 尋もさ、気付いていないだけで、胸にしまい込んでるだけで、結構いい経験、してるはずだよ? だって、いろんな人の手助けをしてきたんだからさ!」
エルヴィラの言葉はいつも人を奮い立たせてくれる。エルヴィラの言葉に尋ははっと何かに気づいたような反応を示し、エルヴィラはその表情を見据える。
「尋が考えてること、何となく分かるよ。そういう大事なことってね。その時には身に沁みないんだよね! 落ち着いて考えることが出来る時、似たような境遇になって困った時、その時になって初めて身に染みるんだよ! 私もそういうこと、多かった!」
エルヴィラの言葉に、自分自身も自信の青春時代に想いを馳せる。あの時は私たちを取り巻く世界も不安定で、とにかく目の前の出来事を達成するために駆け抜けていた。色々な経験をして、出会いもそうだが、別れも多かった。
「そうだね。実を言えば、尋のことを助けようと動いたのも、私としては学生時代の出来事が影響してるし、その時に考えたこととかも影響しているんだよね」
「おっ! 良いねマリア! ほらほら、どんどん尋にアピって!」
「アピールって……まあ、要は、あの時はそんなに他人を積極的に助けるっていう感じはなかったんだよね。友人とか、すでに知り合いだった人とかはまあ別だったけど。でも、多くの出会いと別れを通じて、こういうことをするのも、たまには悪くないかなって思ったんだ。それは、旅人になった後でも、今の自分を形作っているんだよね」
「うんうん! だからさ、尋も、意外に今までのことを振り返ったら、何か自分を変える何かが見つかるかもしれないよ!」
「……すごいです。お二人とも、本当に、色々な経験をちゃんと自身の力に活かすことが出来るなんて……僕は、まだ見つけられる自信は、ない、です……」
「まあ、今の尋はひとまず目の前のことを成そうとするのが良いと思う。私から見れば、出会ってからの尋と比べて、かなり成長していると思うよ」
私は心から思っていることを真っすぐに伝える。尋は少し控え目に笑顔を見せた。その笑顔は、未だに自身に自信を持ちきれない歯がゆさを、感じざる負えない笑顔だった。少しでも尋が前を向いて歩けるように、声掛けをしているつもりだが、その願いは伝わっているだろうか。その心配をしている時、先導していた学生の子が足を止めた。
「皆さん、ここが手紙にあった場所、だと思います」
そうして、たどり着いた先は、かつて人々が往来していたであろう、廃村がそこにあった。
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