第24話 夜明けに向けて
空に日が昇る。窓から漏れる光で私は目を覚ます。少しだけ伸びをして、ベッドから降りて窓を開け放す。朝の澄んだ空気が部屋に充満し、その空気の香りで完全に目を覚ます。尋はまだ寝ていたため、一足先に朝ご飯を用意する。保存庫の中に入れていたベーコンとパンを取り出す。風魔法で浮かせながら、炎の小魔法で回りを包み込み、焦げ目が出来る程度に加熱。パンの上にベーコンを乗せて完成。窓際に腰掛け、外の景色を見ながら頬張る。
ちょうど食べ終わったころ、尋が起きて来た。彼は眠そうな目をこすり、私の方へと歩いてくる。
「アルマリアさん、おはようございます……」
「おはよう、尋。朝ご飯、用意するからちょっと待ってて」
そう言って、私は同じ手順で朝ご飯を用意し、尋に渡す。
「ありがとうございます……」
尋は未だに眠そうな目をしながら、ゆっくりと食べる。尋が食べている間に私は身支度を済ませる。顔を洗い、歯を磨き、お気に入りの箒と三角帽子を身に着ける。そうして尋の所に戻ると、尋もちょうど食べ終わり、旅人の外套を身に纏ってベッドに座っていた。
「今日もギルドの依頼、よろしくお願いしますね」
「うん、よろしくね。今日もそこまで難しくなものがあれば良いけど」
「そうですね。でも、今の自分なら、もう少し難しいというか、いろんなことにチャレンジ出来るかもって、そう思えるようになってきたんです。いやいや頼まれるだけの自分じゃなくて、それを心の底から成そうと思えるようになったんです。だから、今日の依頼は僕も選んでいきたいって、思ってます」
尋は真っすぐ私を見てそう言った。そんな尋を見て、私は瞬時に、「ああ、これだ」と感じた。尋と出会ったあの日に目指そうと思った漠然とした目標が、今の尋であることに今はっきりと理解した。私はそんな尋に応える。
「なんか、今の尋は出会った時とは確実に違うって感じるよ。良い意味でね。分かった、まあ一緒に選んでいこう」
「――はい!」
そうして、私たちは部屋をでて、外に出た。外は一日の始まりを静かに告げているように、人々の往来が始まっていた。その流れに乗ろうとして、旅人ギルドの方へと向かおうとしたとき、目の前に黒いローブの男が居た。背丈とその黒いローブに見覚えがあることを感じた。
「君は今の君のことを好きになれるか」
「え……」
その男は尋にそう問いかけた。私は少し嫌な予感がしたが、尋は控えめな声で答えた。
「嫌い……にはなれないようになってきました」
「……ふん」
男は鼻で笑い、そして去って行った。私はその男の背中を見つめていた。
「なんだか、今の質問にはちゃんと答えないとって、思ったんです……変ですよね、見知らぬ人からの急な質問に答えるなんて……」
不意に尋がそうぼそりと私に聞こえるようにつぶやいた。
「急で驚いたけど、でも、別に変じゃないよ。旅人やってると見知らぬ人と話すことなんてざらにあるからね」
そう言って私は歩き出す。つられて尋も私の後ろについてくる。今の尋を、もっと成長させたい、成長するところを見たいという気持ちで溢れ、旅人ギルドの方へと歩みを進めた。
旅人ギルドの方へと向かう道中、ふと黒いローブを着た3人組とすれ違う。その時、彼らの会話が少しだけ耳に入ってきた。
「おい、本当にやるのか? こっちにメリットがあるとは思えないんだが」
「仕方ないだろ。リーダーの指示なんだからよ。さっさと探すぞ」
聞こえた会話はそれだけだった。内容だけでは何をするつもりか分からないが、直感ではなにやら嫌な予感を感じていた。会話の内容を気にしながら、そのままギルドの方へと向かう。
旅人ギルドへ続く通りを歩いていると、ちょうどギルドのあたりに人が立っていた。遠目ではだれか分からなかったが、近づいて行くと、そこに居た人が、騎士養成学校時代の親友だと気付いた。
「あ、マリア! やっぱり来たね!」
相手もこちらに気づき、ぱっと笑顔が咲く。綺麗な氷のような水色とその笑顔がマッチして、相変らずの愛嬌を持っている。彼女は私たちに近づき、話し始める。
「ねえね、ちょうど任務も一区切りついてね、私しばらく休暇をもらってるんだけど、マリアは今日時間あったりする?」
「あるかと言われたら、まああるよ。知ってるでしょ。わたしは旅人。時間はいつでもあって、どこにもいないんだよ」
「あはは! そうだったね! それじゃあ、そこの子と一緒にさ、ボランティアしない?」
「ボランティア?」
「そうそう! 私ね、この街に来てから、騎士養成学校で生徒のなんでも相談をしてるんだよね! 自分の経験を活かしたいって思ってさ!」
「そうだったんだ。やっぱりそういう他人に献身的な感じ、エルヴィラらしい。うーん、話しを聴くボランティアか。尋、興味ある?」
私は尋に意見を聞く。年齢も、学校という、彼がいる環境的にも近い学校で、色々と試してみることはいい経験になるのではと思う。なんせ、ここには彼のことを知っている生徒はいないし、たとえ変な空気や話しになっても、後にひかないし私たちもフォローできる。失敗しても尋には何もマイナスになることはない。
尋は少し俯くが、私の顔を見据え、言った。
「力になれることはないかもしれないですが、もし出来るのなら、ぜひともお願いします!」
尋は、出会って以降で一番、はっきりした声色でそう言った。彼の表情も、あの時のような弱弱しく怯えている顔はなく、前向きな意志を宿していた。
「うんうん、良いね! それじゃあ、行こうか!」
そうして私たちはエルヴィラの後をついていき、この街の騎士養成学校へと向かった。
緩やかな坂道を越え、通りを歩き、そしてたどり着く。そこはウェサニアにあるいくつかの騎士養成学校の一つだった。規模は小規模でひっそりとたたずむ校舎は、この街の活気とは無縁の独立国家のようだった。
「こっちこっち!」
エルヴィラが手招きし、正面玄関へと向かう。そこで外履きを来客用の靴箱へと入れ、内履きへと履き替える。ふと、玄関の方を見たら、遅刻している生徒か、顔が整った男の子が走りながら玄関に飛び込み、手際よく内履きに履き替え、階段を駆け上って行った。
その生徒の姿を見送りながら、私たちはそのまま真っすぐ歩き、中庭へと出て、そこに設置されていたテーブルとベンチに腰掛ける。私たちもエルヴィラの隣に座る。
「いつもここでやってるんだよ! 学校側には許可をもらってるから、いつ居ても大丈夫なんだ!」
「ふーん。それで、ここで座っていたら生徒が集まってくるの? 呼び込みとかなんかした方が良い?」
「ううん、大丈夫! ほら、そろそろこの時間の授業が終わるんだよ! すぐにここも休憩する生徒が出てくるから、なんか悩んでそうな人がいたら話しかけるんだ! まあ、最近は生徒の方から来てくれるようになったんだけどね!」
「流石エルヴィラだね。人とすぐに打ち解けられるのは才能だよ。羨ましい」
「そうかな? マリアも普通にコミュニケーション出来るから良いと思うよ! ――あ、ほら、さっそく来たよ!」
エルヴィラが手を振る先を見ると、あちらも手を振りながらこちらに向かってくる、複数人の生徒たちが居た。どうやらすでに顔見知りになっている生徒もいるようだ。そして、授業終わりの憩いの場所はすぐに生徒たちで込み合い、その半分くらいはエルヴィラの周辺に集まっていた。
「エルヴィラさん! 聞いてよ! また彼氏がね~」
「ちょっと、今日はわたしが先に話す番でしょ!」
「俺の話しも聞いてくれよエルヴィラさん!」
生徒たちはエルヴィラへと声をかける。男女関係なく人気なのは騎士養成学校時代と変わらず、彼女の魅力だ。そんな生徒たちに、エルヴィラは言う。
「はいはい、みんな落ち着いて! 今日はね。私の親友を連れて来たんだ! だから、ぜひ彼女にもお話をしてほしいな!」
エルヴィラの言葉と指し示す先に釣られ、人懐っこそうな生徒たちは私の方にもやってきた。そうして、相談約のボランティアが始まったのだった。
相談と言っても、結局は学生の学校生活や友人の相談がほとんどだ。恋の悩みに友人トラブルの悩み、兄弟姉妹の不仲についてや勉強について。どれも私からしたらかわいい悩みに聞こえる。しかし、人によってはそのことが心の負担になっているのだと考えると、適当に応えることも彼らに失礼だろう。私は尋と一緒に、学生たちの悩みに耳を傾け、自分なりの意見を話した。もちろん、基本的には肯定的な態度を示しながら。
そうして、最終的に5人ほどの学生の話しを聴き、すっきりした表情になった。
「なんだか、アルマリアさんと尋さんに話したら、めちゃくちゃすっきりしました! ありがとうございます!」
「そんな大したこと言ってないよ。ま、ほどほどに頑張ってね。だよね、尋」
「そうですね。根詰めすぎると、本当に回りが見えなくなるので、趣味があるのならそれを大事にすると良いかもしれないです」
「はい! 尋さん、僕たちと同い年に見えるのに、すごいですね! それじゃあ、ありがとうございました!」
そう言って、私たちの最後のお客さんは教室へと戻って行った。私は一気に疲れを感じてテーブルに突っ伏す。尋も疲れたようで、ふうっと息を整えた。
「2人とも、ありがとう! 初めてだったのにすごいね! 一気に生徒たちと仲良く話せたんだもん!」
「私は普通に話しを聴いただけだよ。尋も尋なりの意見をちゃんと言ってたし、私なんかよりもためになること言ってたから、尋の方がすごいよ」
「そ、そんな……僕はただ、感じたことを丁寧に伝えようとしただけです。大したことは言ってないですよ」
「ふーん、なるほどね! 尋はそういう感じなんだ! マリアが気にするわけだね!」
「尋。尋はそれで良いんだよ。もっと自分に自信を持って良いんだよ」
尋は謙遜するが、その表情はどこか自信を感じる表情になっていた。その表情を見て、今までやってきたことがちゃんと尋の経験になっていることが感じられて、内心とても嬉しく感じる。
「あの、すみません! 自分も、相談をしてもいいですか?」
生徒たちの波が落ち着き、そろそろ次の授業が始まる時間。私たちが一息ついていると、ふと声が聞こえた。見ると、玄関で走って教室の方へと向かって行った、あの顔の整った好青年が、肩で息をしながらそこに立っていた。
彼の声にすぐに反応したのはエルヴィラだった。
「こんにちは! そんなに焦って、一体どうしたのかな?」
「えっと、その……」
彼は少し言い淀むが、すぐにエルヴィラの顔を向いて懇願した。
「僕の妹が誘拐されたんです! 助けてください!」
あの時の悪い予感が、的中した瞬間だった。
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