第23話 潜在能力

 旅人ギルドのクエストカウンターで今日も手ごろなクエストを探す。ここの所毎日顔を出しているためか、受付嬢は私たちを覚えてくれていた。


「おはようございます、お二人とも! 今日も手ごろなクエストをお探しですか? それなら私の仕事を手伝ってもらえるとうれしいのですが、どうでしょう?」

「残念だけど私たちは外に出るクエストを探してるんだよね。知り合いの旅人にこういうの好きそうな人いるけど紹介しようか? かなりの女遊び野郎だけどね」

「ああ、えっと、それは遠慮しておきますね! さ、さて! お二人の条件に合いそうなクエストなんですけど、わたしが目を通した限り、今日はなさそうなんですよね~。どうでしょう?」


 受付嬢が提示する新しいクエストの紙を見る。確かに、今回の依頼はどれも素材集めや魔物の討伐類しかなく、人の手伝いをするようなものはなかった。それであれば無理をしてクエストをする必要もない。


「良さげなクエストもないし、今日はのんびりと過ごす陽にしようか、尋」

「は、はい、そうですね……残念ですが、今日はゆっくり過ごしましょうか」

「そんな残念そうにしないで。まあ昨日あんなこともあったんだし、今日はのんびりしよう。自由気ままに休むことは旅人の特権なんだからさ」

「は、はい……」


 今日の尋は少し元気がなさそうだ。昨日の戦闘でかなり疲れがたまっているのかもしれない。私は少し考え、そして尋に提案する。


「どこの旅人ギルドにもね、図書館が併設されてるんだ。今日はそこで過ごそう。部屋で寝るより特別感があって気持ちいいかもよ」

「寝るために図書館に行くのは初めての発想ですけど、――でも、それもいいかもしれないですね」


 仄かに尋が笑顔になる。今日まで色々と多くの出来事があったし、今日は静かに過ごす方が良いかもしれない。尋は恐らく疲れなどを素直に人に話すタイプではないだろうし、今日はこれで良い。


 そうして私たちは、クエストカウンターから離れ、階段を上り、最上階の4階にある図書室へと足を運ぶ。4階フロア丸々図書室にしているようで、階段を上ってすぐに中央開きのドアが見えた。静かにドアを開くと、古い本の歴史を感じる香りが鼻を支配する。

 図書室には旅人だけでなく、学生や行政の職員など、多種多様な人たちが利用しており、それなりな往来が見て取れる。私たちは奥の閲覧エリアで席を探すため、大通路を真っすぐ進む。天井まで届くほどの巨大な本棚の間を抜け、奥の方に行き、大きいテーブルの席を取ろうと歩いていく。そして、テーブルが密集するところまで行くと、そこの一角に、見覚えのある2人が大きな本を開いて見ていた。その二人は私たちに気づき、その内の一人が大きく手招きをした。私と尋は二人の前の席に座り、部屋に響かないように声を潜めて話し始める。


「なんでここにいるの? まさか先回りでもしてた?」

「まさか! ポプラと一緒に任務中だよ! それに、一応立場的には私たちも旅人だからね!」

「全く、ベリー、なんで二人呼んだよ? 二人の時間奪っちゃうのにさ」


 ベリーは相変わらずの快活な反応で私たちを歓迎し、ポプラはいつものようにそっけなく言う。

 二人は任務で、ある歴史の本を調べているようだ。今日の調査はある程度進んでいたようで、ちょうど切り上げようとしていたらしい。ちょうど良いタイミングだと思い、昨日の襲撃について、二人の話しをした方が良いだろうと考えて、二人が本を閉じた時、私は話し始めた。


「ねえ、二人とも、実はね、昨日、ブラッククロスの人たちに襲われたんだ」


 ブラッククロスという名前を聞いた途端、二人の緩やかな雰囲気が一変し、気が引き締まった表情をした。


「とうとう襲って来たんだね……そっか、なら良かったよ、無事にこうして会えてね」

「何なのもう、あいつらさ。この前は魔導器の部品を盗んだりしていたし、本格的に最悪なこと考えてそうなんだけど」

「その部品の件も旅人ギルドで話題になってたよ。なんだか嫌な感じがする」

「そうなんだよね~。国境なき騎士団にもブラッククロスの被害報告と警戒依頼は来てるみたいなんだよね~。盗まれた部品も、騎士団独自の情報網では、ある国が秘密裏に開発している魔導兵器の部品みたいだし、私の直感では、こういう風に活発に動く組織はだいたい近いうちにヤバいことをするんだよね。だから、すごく心配……」

「アルマリアも襲われたんだし、これからもっと気を付けなよほんとうにもう」

「う、うん、分かってるよ。――それで、ちょっと二人に聞きたいことがあるんだけど、まだ時間大丈夫?」

「私たちは全然大丈夫だよ! アルマリア達の時間が許す限り大丈夫!」


 ベリーが笑顔でそう答える。今の私にとっての情報源として、一番心強いのが二人だろう。私は二人に、昨日手に入れた情報、潜在能力について聞くことにした。


「じゃあ、尋君! ちょっと私たち大事な話をしようと思うから、ちょっとこの席で待っててくれる? ほら、アルマリア、ポプラも、移動しよう!」

「あ、いえ、それなら僕が移動しますよ。向こうの方に居るので、終わったら手で呼んでくださいね」


 ベリーの提案により、尋は席を外すことになる。正直に言えば、尋が一緒でも良いかなと思っていたが、今考えなおすと、確かに尋が効くと混乱だけさせてしまうかもしれない。襟の気遣いに感謝しなければ。

 尋が少し離れた席に行った姿を確認し、私は話し始めた。


「昨日の襲撃したブラッククロスの人が持っていたメモがあってね。そこに、潜在能力っていう言葉があったんだ。書き方的に、その能力を目的で尋を襲ったようなんだよね。だから、その潜在能力ってどういうものだろうって思ってさ」

「潜在能力かぁ。なるほどね。そこに感づいたのか……」

「感づいたってなに? ベリー」

「ああごめん、何でもない! えっと、確かに潜在能力っていう存在は確認されてるよ! でも、それは、現世界の人たちにしかないものなんだよねぇ」

「そうなの?」

「そうなのって、なに、アルマリア養成学校の授業はサボってた? 授業で概要くらいは出てくるけど」

「寝てた授業と起きてた授業が混ざり合ってる。少なくとも、その名前に聞き覚えないから、その時の授業は寝てたかもね」

「はあ……いやまあ良いんだけどさ。良い? 潜在能力って言うのは、現世界で確認されてる力のことで、その世界の住民にしかない力の事なんだよ」

「ただ、現世界では基本的にはその力は使えない状態だから、その能力が現世界で出てくることはほとんどないって、授業では言われているんだよね!」


 騎士養成学校の授業ではこの能力の名前は普通に出てくるらしい。当時は面倒臭かったけど、今になって、授業くらいはちゃんと受けてればよかったと少し後悔した。


「それで、そのブラッククロスの人が持ってたメモに、潜在能力って単語があったんだよね?」

「うん、そうだよベリー」

「ということは、やっぱりアルマリアが思っているように、ブラッククロスはその潜在能力を狙ってるように見えるね。だって、アルマリアは持っていない概念なんだもん。となると――」


 ベリーは尋の方を見て言う。


「尋君には潜在能力が備わっている可能性があるってことだね」


 ベリーははっきりとそう言った。いつも明るく元気な彼女の少し穏やかでしかし神妙な雰囲気も含んだ笑顔で、そう言った。


「仮に尋に潜在能力が備わっているとして、それがなんでブラッククロスが把握できたのか、そこが気になるところだけどね」

「それは私たちにも分からないなぁ。色々と予測は出来るけど、でも不確実なことを語っても今は意味ないし、とにかくこれからも尋に対しての襲撃があるだろうことは、容易に考えられるよね!」

「全く、重要なのはそこなんだから、アルマリアもしっかりしなよね。あたしたちもそろそろ本腰入れて、ブラッククロス対策を考えていかないとなんだけど」


 ポプラがため息交じりにそう呟いた。ポプラが嫌な顔をするのも分かる気がする。昨日の戦闘で、彼らの実力が少し垣間見えた。戦闘や学術両面で優秀な魔術師たちの集まりという情報は本当だったことを実感した。私も、これからも起こるであろう襲撃に備えて色々と考えていかないといけないだろう。

 そんなことを考えている時、ベリーは尋を手招く。尋が私のとなりの席に来たと同時に、読み終わった本を手に持つ。


「それじゃあ二人とも、私たちはそろそろ任務に戻るよ! 尋君も元気でね! 行こう、ポプラ」

「はいはい。それじゃ、お疲れ様アルマリアと尋。何かあったら連絡してもらっていいから」


 そうして、ベリーとポプラは立ち上がり、読んでいた本を返却棚に置きながら、図書室から出ていった。ベリーたちの話しで少し疲れを感じる。そんな私の袖を尋は控えめに握り、話しかける。


「あの、アルマリアさん。僕たちも行きましょう? ほ、ほら、もうお昼の時間だし、またあの露店が並ぶ通りでごはん食べましょう?」


 尋の話し方が妙に気を使っている様子があり、その時に初めて、自分自身がひどく疲れていることに気づく。ベリーたちの話しを聴いていろいろと嫌な想像を無意識のうちにしていたようで、勝手に不安になっていたようだ。私はなんとか尋の言葉に応えようと口を開く。

 

「……そうだね。うん。ごはん、食べに行こうか」


 私の口から出て来たのは少し覇気のない言葉だった。その言葉を出した後、私は尋を連れて部屋を出ていった。

 

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