第22話 み空色の心

「あれ、アルマリアさん。クエストお疲れさまでした……あれ? その人は?」


 私たちは旅人ギルドに到着し、いつものように人が往来するフロアを抜け、クエストカウンターの方へと向かった。そこで、達成していたクエストの報告と、このブラッククロスの人を尋問する場所借りを受付嬢に伝える。


「色々と事情があって細かくは言いにくいんだけど、この人は私たちを襲ってきた人なんだ。だから、なぜ私たちを狙ったのかを聞きたくて、ちょっと場所借りたいんだけど、だめ、かな?」

「な、なるほど。そんなことがあったんです。うーん、であれば、私たちの休憩室でも良ければ少しの間使っても良いですよ。ちょうど誰も使ってないので」

「そっか。ありがとう。時間はそんなにかけないから安心して。あ、あと、この人は騎士団に突き出すから、この街の騎士団にも連絡を取っておいてほしいんだけど、良いかな?」

「分かりました! ただ、ここの騎士団は治安の悪い地区に集中しているので、時間はかかるかもなので!」

「分かった、大丈夫。ありがとう」


 そうして私たちは受付の脇から中に入り、休憩室の方へと通してもらった。宿の個室程度の広さの休憩室で、大人3人くらいは座れる広さがある。尋に椅子を持ってきてもらい、私はブラッククロスのメンバーを椅子に座らせ、氷魔法で拘束する。


「尋は外で待ってて。ここからは私とこいつの2人の時間にさせてほしいんだ」

「あ、えっと、でも……」

「尋、こいつはかなり魔術の扱いに長けてる。また尋に何か仕掛けるかもしれない。だから、安全のためにも、ね? お願い」

「……分かりました。何も出来なくてごめんなさい。それじゃあ、外で待ってますね」


 そう言って、尋は休憩室から出ていく。彼の申し訳なさそうな表情がドアが閉まるその瞬間まで見えたのが心苦しいが、仕方ない。実力的にも油断は出来ないのだ。私は一息ついた時、氷魔法の冷たさで、そいつは目を覚ました。少し周囲を見渡し、状況を察したように鼻で笑う。それを合図に、私は話を始めた。


「さて、どこから話を聞こうかな。どう、アイスブレイクでもした方が話しやすいかな?」

「フン。舐められたものだ。雑談するために拘束してここに連れてきてるわけではないだろうに」

「まあそうなんだよね。それじゃあ何? あなたはさっさと尋問を始めてほしい感じ? それなら遠慮なく進めさせてもらおうかな」

「我々ブラッククロスが簡単に情報を漏洩させると思うか? 甘いな。噂の旅人アルマリア。君は我々ブラッククロスに仇名したことを後悔するだろう。もう引き返せない。君の旅路に、わずかな希望があることを、敵ながら願ってやろう」


 その男はそう言って、不気味な笑みを私に向ける。そして、その男の口は、閉じていった。文字通り、少しの隙間のないほど完璧にくっついていく。口が完全に閉じた瞬間、目を開いていた男はだんだんと白目を向き、そして力なく意識を無くしていった。


「口封じと意識消失の魔術か。なるほどね。幹部とか、ボスとか、上のやつらが下っ端にこういう魔術をあらかじめかけておいて、こういう事態になっても情報が漏れないようにするんだ。ほんと、あんたたちみたいに魔術を狂信する人たちって嫌な使い方するよね」


 私はそう呟き、男を拘束から解放し、床に寝かした。寝ている男の頭上に箒を掲げ、探し物の魔術をかけ、男の服になにか手がかりになるものが無いかを捜索する。魔術の発動で仄かに光った箒の先を動かし、上半身から下半身にかけてゆっくりと動かす。すると、上半身の外ポケットの所で光が強く点滅し、光で映し出された姿から、紙切れが入っていることが分かった。私は手を伸ばしてその紙きれを取り出した。何かのメモ書きのようで、二つ折りされていた。私は片手で開き、中のメモを見る。そこには殴り書きでこう書かれていた。


「『……潜在能力の万全を考え可能な限り無傷で捉える』か」

 


 潜在能力という単語を頭の中で繰り返す。彼らは明らかに尋を狙っていた。その目的は恐らくこの潜在能力が関係しているのかもしれない。となると、尋に何かしらの能力を持っていることになる。しかし、今のところそのような能力がありそうな様子は見られない。ブラッククロスが一体そんな情報を掴んでいるのか気になるが、この男から得られる情報はもうない様子だ。となると、これからすることは一つ。


(また、情報収集でもしようかな)


 とにかく情報を集めることが必要だ。そうすれば、ブラッククロスが襲撃してくる理由も推測できる。これからの行動目標を軽く打ち立てた私は、再び氷魔法で男を拘束して休憩室を出た。受付嬢に騎士団に突き出してもらうようにお願いして、私は尋の座っているテーブルへと向かう。


「あ、アルマリアさん。もしかして、終わったんですか?」

「うん、終わったよ。ま、簡単に口を割ることはしなかったね。得られた情報も僅かだったよ」

「そう、だったんですね。……あの、これからも、こういうこと、あるんですかね?」

「ない、とは言い切れないかも。でも、大丈夫。また私が守るからさ。ほら、今日はもう部屋に戻って休もう?」


 そういって、私は尋の肩に手を置く。尋は少し俯くが、すぐに顔を上げて、「はい」と一言。私たちは旅人ギルドの出入口に向かった。 

 大きな玄関扉を開けて外に出る。ひとまずはひと段落したことに安堵した私は、外の空気を大きく吸い込み、吐き出す。そこでやっと、先ほどまでの戦闘状態の体が日常へと戻った気がした。気を取り直し、階段を下りてギルドから借りている部屋へ続く道へ歩みを進めた。その時、前方から騎士団らしき人たちが数人、こちらに近づいていた。恐らく受付嬢が呼んだ騎士たちだろうか。私はその騎士たちにあまり意識を向けないまますれ違う。すると、


「あれ、もしかして、マリア?」


 ふと自分の名前を呼ばれる。声が聞こえた方へと目を向けると、そこにはすらりとした薄い水色のロングヘア―をした女性がいた。私はその風貌をよく知っていた。私の学生時代、共に駆け抜け戦い抜いた親友の、彼女。


「……久しぶり、エルヴィラ」


 私はその思い当たる親友の名前をぼそりと呟く。その瞬間、エルヴィラは私の懐に突っ込んできて、力強く抱きしめて来た。背中まで回された腕は少し弱弱しいが、振り払うことはできない。


「 ――本当に、久しぶりだよもう!!」


 私が旅に出た時以来の久しぶりの声に、内心嬉しく思う。私は彼女の頭を撫でる。エルヴィラは顔を上げ、涙目になった目で私を見つめる。


「何度も連絡を取ろうとしたのに、出ないんだもん! マリアのことだから大丈夫だと思ってたけど、でも心配だったんだからね!」

「ごめん、でも、お互い元気でこうやって会えて良かったよ」

「……うん!」

「あの、えっと……」


 尋の困ったような声で私は尋を置いてきぼりにしていたことに気づく。私はエルヴィラから少し離れ、二人にお互いを紹介する。


「ごめん、尋。彼女はエルヴィラ。私の親友で、学生時代の戦友だよ。それで、この子は尋って子。訳あって今は一緒に行動してるんだ」

「なになに? マリアにこんな年下のお友達がいるなんてね! どうも! エルヴィラって言います! よろしくね!」


 エルヴィラはあの時と変わらない、屈託のない笑顔を見せ、尋に握手を求める。尋は控えめに手を伸ばし、エルヴィラがその手を迎えに行って握手を交わした。


「それにしても、エルヴィラがここにいるの、おかしくない? 確か、ソヘルカロノの騎士団に入ったんじゃなかった?」

「うん、そうだよ! だからここにいるのも任務なんだ! 他国の騎士団の支援任務! 私の班がここに来てるんだ! だから、のんびりとお話しする時間があまりなくてね……」

「そっか。忙しそうだね。でも、良かったよ。無事に騎士になって、騎士活してる姿が見れてさ」

「えへへ……ありがと、マリア! まあ今は時間は取れないけど、また時間を見て色々と話そ! それじゃ、旅人ギルドから連絡があった、マリアが捕まえた反社会組織のメンバーさん、連れていくからね!」

「うん、お願いします。それじゃあ、また会おう」


 そうして私たちは束の間の再会を惜しみながら、それぞれの時間に戻って行く。彼女は騎士として、私は旅人としての時間に戻る。私はエルヴィラと別れ、尋を連れてギルドの借り部屋へと戻る。その道中で、私はエルヴィラたちとの、み空色の学生時代を思い出していた。何もかもが楽しく感じ、未熟な心が、いろんな出来事を体験して成長していたあの時代。その時代があり、今の私がいる。そんな思いを胸に、夕焼けに向けて染まりつつある空の下、尋と共に歩いて行った。

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