第21話 襲撃

 天気は晴れ。澄み渡る空の下、私と尋、そしてもう一人の旅人の3人が、小さな露店の手伝いをしていた。今日の依頼内容は露店の手伝い。世界を旅して手芸品を売る10代の姉妹が依頼主。手芸品の仕上げをする予定だったが、急遽姉が体調を崩してしまい、妹だけでは作業が進まないため、3人ほど人手が必要になったらしい。尋は手芸品などの経験がないと言っていたが、特に問題なく作業は進み、販売も含めて滞りなく進み、依頼を終えた。


「いやー楽しかったぜ! これで俺たちはまた新しい経験を得たってもんよ!」


 依頼の同行者の旅人が腰に手を当てて大口を開けて笑いながら、そんなことを話していた。


「確かに、こういう商いをするって、あまりないからね。新鮮な経験だった」

「僕も、アルバイトしたことも無くて、初めてお店をやりましたね」

「俺もさ! 少年も初めてだったんなら、いい経験になったな! 世の中なんでも経験さ! これからも嫌なことでもなんでも経験して、未来の自分をよくしていこうぜ!」


 そう言って、同行者の男性は旅人ギルドへといそいそと帰って行った。


「何事も経験、ね。確かに嫌なことも、とりあえず経験のためって思っておけば、そこまで辛くはならないのかも」

「嫌なことでも、経験と思う、ですか。なるほど、それは今まで考えもしなかったです」

「まあこれも一つの考え方だろうけど、尋に置き換えて言えば、色々と押し付けられることも全部経験って割り切ってやっていくってことかな。私なら絶対出来ない考えだけどね」

「そう聞くと、ちょっと僕もすぐにその考えでやっていくのは難しい、と思います。ただ、確かにそう考えられれば、ストレスも溜まらないんでしょうね」

 

 尋は羨むように、寂しそうな顔をしながら、そう呟いた。人の考えを聞くのは簡単でも、それを実践することにどれだけの労力と勇気が必要なのだろう。そう考えながら、私たちは依頼主に挨拶をして、旅人ギルドへ報告に戻ることにした。


 市場地区から基幹地区に続く通り。朝に通った時には人通りが多く、にぎわっていたが、今の時間はなぜか人が誰も通っていない。場所的に人の往来は必ずあるはずなのだが、本当に人っ子一人通っていない。


「尋、気を付けて。なんだかヤバい気がする。フードをかぶって、私の後ろにいて」

「は、はい!」


 私は意識を集中し、魔力の流れを感じ取ろうとする。すると、私たちが居る市場地区から基幹地区までのエリア一帯、何かしらの魔術が発動していることが分かった。


(恐らく人払いの魔術かな。でも、かなり効果範囲が広い。かなりの使い手が扱っているようだね)


 状況をそう見立てた時、ふと後方を見ると、二人の黒いローブを羽織った人たちが居た。図体だけで見れば、恐らくは男性だろう。彼らは明らかに私たちを見ていた。


「尋。あれは、確かブラッククロスの構成員だね。ほら、尋と私があった時に絡まれた」

「あ、あの人たちの事ですね。覚えてます。かなりびっくりしましたから印象強く残ってます。でも、なんだか、こちらを見ているような……」


 尋がそう言いかけた時、ブラッククロスのメンバーが指揮棒型の杖を取り出し、黄色い閃光の魔術を撃ち出した。咄嗟に私は箒を前に出して魔法壁を作り出し、魔術を防御した。


(これは、気絶の魔術……)

「ちょっと、急に魔術を撃ち出すなんて危ないと思わない?」


 私がそう問いかけても彼らは何も答えない。その代わり、杖を私たちの方へと向け、ゆっくりと近づいてくる。


「尋、話しが通じる相手じゃないから、逃げよう。私が隙を作るから、旅人ギルドに逃げ込んで。良い?」

「は、はい、分かりました。アルマリアさん、気を付けてくださいね」

「ありがと。それじゃあ、合図を出したら走って」


 私は態勢を低くし、箒を構える。相手は先ほどよりもさらにこちらに近づき、タイミングを見ている。ほんの少しの沈黙があり、先に動き出したのは、


「オンスラウト・ゲイボルグ!」


 私だった。風の速攻大魔法を発動し、相手に撃ち込む。相手2人が防御に徹した瞬間、私は尋を手で押し出し、尋はそれに合わせて走り出す。相手は私の攻撃を対処し終え、尋の後を追おう、黒霧鷹の移動魔術を発動しようとしていた。すかさず私は風魔法を上空から振り下ろし、動けなくさせる。


「その様子だと、狙いはあの子ってことだよね。その辺の細かい所、教えてもらおうかな」


 彼らは明らかに尋を狙っている様子。その理由ははっきりと分からないが、ここで彼らを撃退し、拘束して聞き出せば分かることだろう。彼らは魔術で私の風魔法を強制的に解除する。一人が黒い霧に扮して鷹に変身し、上空へ舞う。そしてもう一人が黄色い閃光の気絶魔術を私に撃ってきた。


(っく!)

 

 私はすかさず水魔法と魔法壁を発動し、攻撃を防ぎながら、水魔法の鳥を飛ばす。そしてすぐに箒にまたがり、尋の方へと飛んだ。


 尋の場所は先ほど尋を押し出した時に自身の魔力を流したため、手に取るように分かる。低空飛行で飛び、すぐに尋に追いついた。尋が私に気づき、少しスピードを落とした時、尋の向こう側から黒霧鷹で移動してきたブラッククロスのメンバーが下りてきて、すぐに気絶の魔術を発射する。


「尋、伏せて!」


 尋は私の声に咄嗟に反応し、その場にしゃがむ。私は水の中魔法を発動し、カメの姿になって、正面から魔術と衝突させる。飛び散る水を浴びながら、続けて風の中魔法で熊を形作り、一瞬で接近させて風熊の大きな腕の一振りで薙ぎ払った。相手は防御が間に合わず、風の力によって吹き飛び、壁に激しく打ち付けられた。壁にめり込んだ相手はそのまま動かなくなる。


「す、すごい……」


 尋が顔を上げてそう呟く。しかし、雑談している暇はない。すぐさま後方より2人目が接近してきていた。


「尋、走って!」


 私は尋に触れて風魔法を流し込み、スピードを底上げした。尋もそれに気づき、走り始めた。私は魔方陣を出現させ、霧を発生させる。すぐに消えてしまうが、少しの目くらましには使える。霧を発生させ、相手の姿が見えなくなったことを確認し、尋の後を飛行した。

 この作戦がうまく行き、旅人ギルドまで戻ることが出来た。しかし、中に入っても誰も人がおらず、応援を呼ぶことも出来ない状態だった。


「そんな……朝、依頼を受けに来たときはあんなに人が居たのに……」

「人払いの魔術って、ここまでのことも出来るみたいだね。私も初めて知ったよ。流石は魔術研究をしている反社会組織だね。相当な実力者がいるんだ」

「ど、どうしましょう……このままじゃ、助けが呼べないです……」


 人払いの術者は恐らく追ってきている奴だろう。先ほどぶちのめした奴だったら、すでに魔術が解除されてもおかしくはない。つまり、この魔術を打ち破る方法として、シンプルなのは一つ。


「大丈夫、尋。追ってきてるやつを倒せば良いんだよ。そうすれば解除されるから。だから、尋はここに隠れてて。あいつと戦ってくるから」

「あ、えっと……」


 尋はあたふたと口を動かし、そして話す。


「その、ごめんなさい、足手まといで、力になれなくて……本当なら僕も戦うって言いたいんですけど、絶対に力になれないですから……手伝いたいっていう気持ちを持つこと自体、間違ってますよね……」


 尋は俯き力なくそう言う。彼のその悲しそうな顔を見た瞬間、気付いたら私は尋と同じ目線で、言葉を紡いでいた。


「尋の気持ちはとてもありがたいよ。確かに、今は明らかに尋では太刀打ちできない相手だから、こうなっちゃうけど、でも、尋のその気持ちは大事にしてほしい。そうすれば、いつか、少しだけの勇気があれば、案外やっていける出来事もあると思うからね」

「アルマリアさん……」

「それじゃあ、待ってて」


 私はそう言って、旅人ギルドから出る。静かにドアを閉め、箒で大空へと飛ぼうとする。しかし、建物の屋上程度の高さで見えない壁のようなものに阻まれる。当然、空中対策はされていた。私は高度を下げ、来た道を戻って行く。

 ブラッククロスのメンバーは悠長にも歩いてこちらに来ていたようだ。悠々と歩く姿を視認し、私は先制攻撃を仕掛けた。


 まずは風の小魔法を弾にして撃ち出した。数個の風の弾はかなりの速度で飛来し、ブラッククロスの敵に正確に飛ぶ。相手は防御魔法を展開し、風の弾は儚く消える。そして相手は指揮棒型の杖を振りかぶり、気絶と魔法壁破壊の魔術を織り交ぜながら発射する。絶え間なく発動される魔術の応酬を、私は魔法壁と水魔法の壁を用いて防ぐ。気絶魔術は魔法壁で防げるが、その魔法壁を破壊する破壊魔術は水魔法で相殺しなければならない。そのため、反撃するタイミングはかなりシビアだった。


(この魔術師、かなり戦闘慣れしてる……。このままだと押される……)


 防御をしながらこちらも速さのある風魔法で反撃をしているが、決め手に欠け、戦況は拮抗する。少しでも有利に持ち込みたいと考え、風魔法から水魔法に属性を変化させる。その水魔法で相手の体を縛り付けようとして水魔法をタコに形状変化させて相手に飛びつかせた。体に巻き付かれ、水魔法のタコに気を取られた相手は魔術の手を止める。その一瞬の隙を見逃さず、無詠唱大魔法を発動させた。


「タービランス・ルドラ!」


発動した風の大魔法は赤と黒の暴風を呼び起こし、相手を包み込まんと渦を巻きながら飛来する。しかし、その赤黒の風は相手を包むことなく、爆散した。魔力のぶつかり合いで発生した薄い爆煙が晴れ、その先には水魔法の拘束が外れた相手が居た。杖を少し下におろし、こちらの様子を伺っている。

全く決定打を与えられる隙が無く、私は額から少し冷や汗が垂れる。まだ魔力消費の疲労はないが、相手の実力からするとかなり厳しい戦いになりそうだ。


(ベリーが言ってた通りだ。想像以上のやり手。どうしよう、流石に街を破壊するほどの魔法を使うのもまずいし、どうしよう……)


 

 久しぶりの苦戦に、焦りが見え隠れする。お互いに出方を伺い、相手もまだ次の一手を打ってこない。私は少しの期待を込めて、話しかけることにした。


「ねえ、あなたたちは彼を狙って、何が目的なの」

「……」


 相手は何も答えない。だけど、魔術を仕掛けてくることもない。私は続ける。


「彼を傷つけることが目的には思えないんだよね。それなら別に人払いの魔術で他人をいない環境にする必要がない。むしろ人混みからやった方が、傍にいる私にバレにくいし、認識障害の魔術も使えば、一般人から犯行もばれない。わざわざこの環境にした意味があるはず」

「……なるほど。流石は噂のアルマリアだ」


 私の言葉に、不意に反応が返ってくる。低音の声は意外にも穏やかだった。


「グダグダとお話をするつもりはないが、確かに、少なくとも我々は戦闘を目的に来ているわけではないことは言っておこう。君との戦闘は、結局成り行きに過ぎない」

「成り行きね。つまりは邪魔される存在がいると困ることをやろうとしてるんだ。でも、魔力抵抗が強くて人払いの魔術が効きにくい私が邪魔だった。だから私を撃退して、彼と接触を図ろうとしてる。そんなところだよね?」

「……特に何も言うことはない。ただ、確かに他人に、特に君に邪魔されるのは我々としても避けなければいけないことなのだ。だから、君と戦っている。今も、そして恐らくこれからも」


 相手は指揮棒型の杖を再び私に向けて構える。これ以上は何も会話を引き出せない様子を察し、私も箒を構え直し、戦略を練る。ほんの少しの静寂が流れ、そして、最初の動いたのは、私たち二人の誰でもなかった。


「アルマリアさん!」


 静寂の中、尋の声が響く。見ると、背後から相手に近づき、杖を持っている右腕に取りついた。急の出来事に相手は驚いた様子で振りほどき、か弱く押し出された尋は尻餅をついた。尻餅をついた尋に追撃しようと、相手は尋に杖を向けようとした。その一瞬が命取りとは知らずに。


「『彼方の呻き、遥かなる来訪は粛清の道を指し示す。インベイス・エンリル!』


 大魔法を唱え、発動した青緑色の暴風は、一直線に敵の方へと飛来し、一瞬にして弾き飛ばした。私はすぐに尋の方へと近寄り、手を差し出す。


「大丈夫? けがはない?」

「はい、大丈夫です! へへ、ちょっとの勇気、出せました!」

「? まあ何もなかったなら良かった。びっくりしたよ。急に出てくるんだから」

「す、すみません。でも、やっぱり僕も何かしたかったんです。戦えなくても、サポートくらいはしたかったんです」

「そっか。全く。隠れてって言ったのに、危ないことするんだからさ。でも、そのおかげで助かったよ。ありがとね、尋」


 尋は照れ隠しをするように俯き、耳をいじっていた。

 その後、尋と一緒に最初に倒した奴の場所まで行ったが、すでに姿はなく、すでに撤退している様子だった。


 私たちは倒れたブラッククロスのメンバーを連れて旅人ギルドへ向かう。そこで事情を話し、情報の聞きだしと、最後に騎士団に突き出すことにする。戦闘中に聞けなかった細かい所を、色々と聞きだすつもりだ。尋と出会って最初の村であった、あの時のこともあり、私は大きな不安を抱える。


 ブラッククロスのメンバー二人の魔力が切れたのか、人払いの魔術の効力がなくなり、私たちの居るエリアも人々の通行が始まった。その喧騒が、今はとても安心感があった。

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