第16話 受け入れる者

 私と尋は少年を連れてテーブルに行き、少年と向き合うように座る。少年は茶髪の前髪をかき分け、その伏目で気弱な表情を浮かべ、背中を丸めている。


「えっと、僕の名前は、ロアンと言います。今はご主人様、えっと、ある貴族の主様に買われて、そのお屋敷で働いています」

「買われた……ですか?」

「へえ、奴隷売買されたってことだね。そこらへんの経緯も結構気になるけど、話しが脱線するだろうから、このまま本題を聞こうかな」

「は、はい。そのお屋敷には僕以外にも給仕している子たちが居るんです。仲は、良い人もいますけど、大体はあまり良くなかったりします」

「他にも同じように買われた子たちが、いるんですね」

「まあ、貴族だったら、こういう子たちが居るのは珍しいことじゃないよ。この世界にもいろいろな生き方があるってことだから」

「そ、そうですね。それで、そのご主人様にはある飼い猫がいるんです。黒猫で、しっぽにリボンをつけています。その猫が、数日前から姿が見えなくなってしまったんです。それで、その猫を、一緒に探してほしくて、旅人さんたちに依頼をしようと思って来たんです。……僕には、もう頼れるのはここぐらいしかなかったんです」


 ロアンは伏目になり、背中だけでなく顔までも下を向いた。泣いている様子はないが、辛く切ない姿だと、私は感じた。


「なるほどね。要はペット探しってことだね。そっか、ここしか頼れるところはなかったか。この街の騎士団には相談は……その様子だと、もうしたんだよね」

「はい。でも、ここの騎士団は安全警備に力を入れていて、話しは聞いてくれても、手伝えない、ごめんと言ってお菓子だけを僕に渡して帰すんです。とても申し訳なさそうに、見下すことなく、しゃがんで一緒の目線にして。そんな対応をされたら、受け入れるしかなくて……」

「確かに、そうですね。多分、僕が聞いていてもそんな感じに考えちゃうかもしれないですね」

「治安維持に忙しい、かぁ。ベリーも言ってたけど、地区によって治安が本当に違うんだろうね。騎士団が少年のお願いを断るなんて、私が知る限りは相当なレベルだと思う。それか、ここの騎士団がそれほどのレベルじゃないかだけど。そっか、それで旅人ギルドに来たんだ」

「はい……。猫がいなくなって、ご主人様もお心が不安定になってしまって」

「あの、他の子たちは、一緒に探してくれないの?」


 尋はさも当然の疑問にようにその質問を投げた。その質問少年はすぐに応えず、少し時間をおいて、ゆっくりと回答する。


「その、えっと、実は、ここに僕が一人来ていることには色々と出来事があったんです。簡単に言えば、責任を押し付けられた、と言うんですかね。昨日の夜に、ご主人様から皆に話しをされたんです。「飼い猫について知ってる人はいるか」と。でも、一人を除いてみんなは知りませんと言ってました。その1人は、最後にお世話をしていたのが僕だと嘘を言ったんです。それで僕はご主人様のお部屋に連れていかれて……」

「ま、まさか、お仕置きされた、とか?」

「いえ、お仕置きはされませんでした。ただ、飼い猫を探してほしいと、僕に指令を下しました。ある一定期間を目安に見つからない場合は、僕を追放するともおっしゃいました」

「追放……ロアンはお世話していなかったと主張はした? それじゃあ冤罪のまま追放されるんじゃ」

「……ここが僕の悪い所なのかもしれないのですが、僕は、お世話をしていなかったことも、追放の恐れがあることも、すべて、瞬時に、受け入れてしまったんです」


 ロアンは顔を上げ、橙色の瞳を私に向ける。なぜかその時はさも平然と、何の悲しみも、怒りも感じていないようなニュートラルな目をしており、私は少し不気味さを感じた。


「じゃあ、ロアンは、お世話をしていなかったにも関わらず、負っていなかった責任を背負って、追放っていう自身の生活を脅かす可能性の高い脅威も、何も疑問も持たずに聞き入れたってこと?」

「そう、ですね。そうなんです。でも、これ以上自分の力ではどうしてもどうにも出来なくて、僕は今日、ここに依頼をしに来たんです。受け入れたと言っても、追放されるのは回避したいし、純粋にご主人様を悲しませたくなくて……なので、お願いします。僕のご主人様の猫を、一緒に探してほしいんです」


 私は体勢を整える。この健気で底なし沼のように何事も受け入れようとするロアンの、その姿勢に私は内心驚き、感動し、不気味さに冷や汗をかく。そして同時に、なんとか力になりたいと、このような健気な子が追放などと嫌な思いをするのはあってはならないと、自分の中の正義が疼いた。尋の方に目をやると、尋は私に向けて頷いた。尋も、この子を助けたいと思っていると分かり、私は返事をする。


「うん、分かった。君の依頼を受けるよ。一緒に猫を探そう。君は追放されちゃいけない。私たちが君を助けるよ」


 私は優しく言った。ロアンは控えめだったが、少し嬉しそうに安堵の表情を浮かべ、「ありがとうございます」と一言だけ、静かに言った。

 ロアンは尋に似た境遇を持っている。無責任に責任を押し付けられてしまっている。ロアンを助けたい気持ちもあったが、それ以上に、この依頼をきっかけに尋もいろいろと考えられるのではないかと、そこに期待をしたかった。そうして私たちは、少年のご主人の館へと、霧雨の振る中、向かったのだった。

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