第14話 覚悟の朝へ
今日も空は快晴。空高く飛ぶ鳥たちは元気に飛び回り、喜びの声を届けている。私たちがこの街に来て2,3日が経つ。尋はこの街での生活に慣れたようで、日替わりの行商人露店で今日は何を売っているのか、私と一緒に見に外出していた。特に職に関して興味があるようで、今日はノイブルク王国から来た行商人の炭鉱夫食に目とよだれを輝かせている。出会った当初と比べてもうずいぶん良い表情をするようになっており、今までどれほどのストレスや不安が心を蝕んでいたのかが窺い知れる。
「お待たせしました! すみません、色々と目移りしてしまって」
「ううん、大丈夫だよ。よほど食べたかったんだね。よだれが垂れてる」
「えっ……す、すみません、はしたない姿を見せてしまって」
「だから大丈夫だって。ほら、休憩できる広場に行こう。ここだと人が多すぎて座れないから」
私はそう促し、近くにある高台の広場へ移動する。そこにはいくつかのベンチが置いてあり、今は旅人たちの休憩場所として、旅人たちが集まっていた。警備の騎士たちも見えるが、そこまでお堅い騎士たちではないようで、騎士たちも旅人と話をしている姿も見えた。人々の声がこだまし、静かな空の音も相まって、とても心地よい昼下がりの時間が流れている。
ベンチに座り、尋は買って来たものを取り出る。私の分も買ってきたようで、私たちはベンチに座り、尋が買ってきたノイブルク王国の炭鉱夫を支えているという、棒に刺さった大きな肉の塊に温野菜が付いたメニューを食べ始める。濃い味付けの肉は柔らかく食べやすい。なので、大きな肉の塊は瞬く間に胃の中に納まってしまった。
「ふう~。ごちそうさまでした。このお肉、すごいですね、アルマリアさん。とても食べやすくて、でも味付けが濃くて。力仕事に持ってこいですね」
「確かに。これは初めて食べたけど、棒に刺さってるから旅人向けでもあるかも。なるほど、だからこうやって店を出しに来てるんだ。これなら毎日でも食べたい人出てくるだろうし、人気出るね。まあ、私はそんな毎日は食べられないけど」
食べ終わった棒をゴミ箱に捨て、ベンチに体を預ける。今なら、これからのことについて、尋もしっかりと話すことが出来るだろう。私は息を一つ吐き、そして話す。
「ねえ、尋。何日か前に私が話したこと、覚えてる? 夜に語り合った、あの日の事」
「――はい。ちゃんと覚えてます。覚えてますよ」
「今なら何かしらの答え、話せるんじゃないかと思ってさ。尋の気持ちを聞かせてほしい。尋がこの世界に来る前に感じていた苦痛、それを変えるきっかけについてね」
「……」
尋は少し下を向く。彼の短い神が垂れ下がり、彼の顔を覆っているように見えた。しかし、それはほんの数秒であり、次の時には彼は空を見上げていた。
「僕、正直に言ってまだ元の世界に戻りたくないんです。やらなければいけないことはたくさんあるけど、僕にだってやりたいことをやる時間が欲しい。これはこの世界からくる前に思っていたことでした」
尋は目を細めて空の上を見据える。
「でも、今はそれだけが理由じゃなくなったんです。あの日、アルマリアさんに言われて、僕は心に想っていたことをちゃんと見ることが出来た気がしたんです。変わりたい。少しでもいいから、変わるきっかけが欲しい。変わって現実がどう変化するかは分からないけど、今の自分から少し色を変えたい。大地に眠る化石色から、少しでも空高く馳せる空色を見出したい。もしかしたら、そのきっかけを作るためにこの世界に来たんじゃないかって、僕は思うようになったんです。きっかけを作るきっかけを神様がくれたんじゃないかって、思うようになったんです。――なので、アルマリアさん」
尋は体ごと私の方に向きなおし、今まで以上にしっかりと真っすぐに私の目を見る。
「どうか、僕の変わるきっかけ作りのお手伝いを、お願いできませんか。どう変わるか分からない。この世界のいるうちに変われるかも分からない。でも、今までしてこなかった足掻きを、今の僕に期待したい。どうか、お願いします」
そう言って尋は頭を下げた。深々と、大地に額が付く勢いで、彼は頭を下げた。そんなひた向きに真っすぐな彼の問いに、私は応えた。
「もちろん、手伝うよ。ぜひとも手伝わせてほしい。君のその想いが、七色に輝くその瞬間を、私が見届けるよ」
私はそう言って、尋の手を握る。尋は顔を上げて私を見る。彼の顔はすでに出会ったころの弱弱しい彼でなく、何かに挑む力の入った凛々しい顔となっていた。
「それじゃあ、明日からギルドにある依頼、クエストを探しに行こうか。面倒な撃退クエストとかじゃなくて、人と人とが交わる救援クエストを探しに行こう」
尋は笑顔で杯と答えたのだった。
こうして、私たちの共同生活は始まった。彼は元の世界に戻るまでに変わるきっかけを探しに、そして私はその勇気の一歩を見届けるために。私たちの決意を祝福するように、高台に吹く風は涼しく、そして温もりを持って、私たちの間を通り過ぎていった。
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