第13話 決意の夜に

「それじゃあ、私たちはここで別れるね!」

「全くここは相変わらず騒々しいんだからさ。耳が痛くなる」


 活気と熱気にあふれる総合都市ウェサニア。今も正門から旅人や行商人、運送団が往来する。私と尋は、ベリーとポプラのおかげでなんとかこの街にとたどり着いた。私は二人の令を言う。


「分かった。その、ありがとう、助かったよ二人とも。今度なにかおごるから」

「そんな、大丈夫だよ! お互い様だからね!」

「ええ。それじゃああたしにはスイーツ奢ってもらおうかな。カトレア国のレアハーフェンにある有名なカフェの新作で」


 ポプラは悪戯な笑みを浮かべて上目遣いでそう言った。こういう時のポプラはいつものぶっきらぼうな感じを出さずに少し甘えてくるのがなんともずるいが、今回は本当に助かったので、ちゃんと忘れないようにする。


「それじゃあ、旅人ギルドは向こうの基幹地区方面にあるからね! あ、あと、旅人ギルドに忘れ物、届けてあるから受け取っておいてね!」


 最後の別れ際、ベリーはそう言って街を出ていった。忘れ物とは、私の三角帽子の事だろう。少し前に国境なき騎士団の拠点に寄った時に忘れて来たものだ。その時は気づいたのが遅く、いつ回収しようと思っていたが、ベリーが今回持ってきてくれていたようだった。あの三角帽子がないと確かに頭が寂しいので、ちゃんと回収するのを忘れないようにしようと思った。


「さて、ひとまずは旅人ギルドに行こう。手続きをしないとね」

「そうですね。あと宿も探さないとですよね。ここは人がたくさんいるし、見つかりますかね」

「宿については、もう大丈夫なんだ。旅人ギルドに所属してれば、贅沢は出来ないけど、ギルド所有の物件が使えるから」


 私はそう言って、旅人ギルドの支部がある地区へと歩き出す。大通りは人込みも多く、何かのお祭りかと思うほどの活気がある。


「そこの旅人さん! 小腹は減ってないかい? うちの食堂に寄っていきなよ!」

「ぜひうちの劇団の演劇を見て行ってください! きっと満足させられますよ!」

「どうかなお嬢さん、この宝石は。世にも珍しい鉱石なんですよ。うちの店によってくれれば、もっと珍しい鉱石をお見せ出来ますよ」

「とってもおいしいパンはいかがかな! 主食にもおやつにもなるパンがたくさんあるよ!」


 露店や店舗の人たちがしきりに通りを歩く人たちに声をかけていく。私たち以外の旅人はその声かけに気さくに応え、店に入ったり露店で物品を購入したりと、懐のひもを緩めてこの場を楽しんでいる。なにかの祭りがあるのかと錯覚してしまうほどだ。


「すごい活気があって、なんだか僕まで楽しくなってきました」

「そうだね。私もお金使いよくなりそうだけど、今は我慢しないとすぐに散財しちゃいそう。尋、はぐれないようにして」


 私はそう言って、尋の手を取る。尋は気恥ずかしそうに俯くが、私の手を握り返してくれた。そんな尋を見て少し心が温かくなる。そうして私たちは、真っすぐに旅人ギルドのある地区へと移動していった。

 しばらく歩き、徐々に人込みが減っていき呼び込みの人たちも少なくなっていく。そして、『基幹地区』の看板を越えたあたりからは、落ち着きのある街の表情へと変わった。基幹地区へと入って少し歩き、左手に目的の建物が見えた。3,4階ほどの高さで全体的に大きい建物の看板に、『旅人組合』と書かれていた。


「こ、ここがギルド、ですか。大きい建物ですね。予想よりも大きかったです」

「確かに、ここまで大きいのはそんなないかもしれない。そもそもギルドは大体地下にあるものだし、むしろ建物のタイプは珍しいかな」


 物珍しさに少し立ち止まって見上げていたが、ここに来た目的を果たすため、大層な彫刻のされた中央開きの玄関を開けた。


 中のエントランスは旅人たちでにぎわっていた。複数の総合受付に人が並び、忙しなく人が縦横無尽に練り歩く。私はその受付の群れにある、入国手続き用の受付を見つけて向かう。受付には若い女性がおり、笑顔で私たちを出迎える。


「こんにちは旅人さん! 入国手続きですか?」

「そうです。今日この国に入りました。確か、入国用の手続きも必要なんでしたっけね」

「はい、そうですね! ただ基本的には書類を書いて旅ギルドの証が確認できれば大丈夫なので、まずこの書類をお願いします!」

 そうやって渡された書類は、いつも書いているような入国用の質問が書かれたものだ。始めてくる街だが書式は一緒のため、尋を同行者として登録する欄以外はささっと書き、いつものようにギルドからもらったピアスを見せる。入国手続きは以上で終わりだ。ギルドに所属している大きなメリットと言えば、こういう面倒になりそうな手続きがスムーズに終えられることだろう。旅を目的とする旅人なら、所属していて損はない。


「はい、ありがとうございます! ええっと、ギルド所有の物件ですけど、この旅人ギルドから少し歩いた

 3階建ての物件になるので、そちらを利用してください! では引き続き旅を楽しんでいってください!」


 受付の女性に笑顔で送り出される私たち。手続きを終えた私退は、次に忘れ物などを統括する部屋へと向かう。意外にギルド内に忘れ物をする人は多いらしく、その部屋もそれなりの人が集まっていた。私は開いていたカウンターの受付嬢に声をかける。


「あの、黒の三角帽子って届いてませんか。さきほど友人が届けてくれたみたいで」

「はい、三角帽子ですね! 少々お待ちください。……もしかして、こちらですか?」

「そうです。間違いなく私の三角帽子ですね」

「分かりました。では、引き渡しの書類の記載をお願いしますね」


 私はそうして、黒の三角帽子をこの手に取り戻した。早速私は帽子をかぶり、感覚を確かめる。


(うん、やっぱり頭にはこれが乗ってないとね)


 私の頭に合わせて手直しをして、今ではもう自分の頭に馴染んでいるその帽子。これをかぶっていれば、気持ちは魔女になれるのだ。気持ちの持ち方は大事だと知っているし、私も大事にしていきたい。


「どう、尋。これが本来で日常的な私の姿だよ。似合うでしょ?」

「わあ……アルマリアさんまるで魔女さんですね! しかも良いことをする魔女さん。……ところで、この世界には魔女さんという存在はいるんですか?」

「居るよ。魔女は正式に世界から認められた女性魔術師の最高位だよ。ちなみに、男性は魔紳士って呼ばれるね――さて、旅人ギルドの用事は済んだし、外に出ようか」


 そう言って、私たちはギルドを出ていく。外はまだ明るく、活気も落ちていない。このまま物件に行って落ち着くのも良いと思うが、尋はさきほどの歓楽地区の方に顔を向けており、うずうずしている姿が目に着く。


「まだ時間はあるし、さっきの地区で色々と見に行く? 欲しいのあったら買ってあげるからさ」

「い、いいんですか! やった! それじゃあ、行きましょう!」


 尋はパッと笑顔になり、先頭に立って歓楽地区の方へと歩き出した。会った時と比べて自分自身の気持ちに素直になっている様子が見られてこちらもなんだか嬉しくなる。そんな尋の後ろを、私は軽やかに歩き出す。

 歓楽地区は先ほどまでの人込みより少し落ち着いていた。昼を過ぎてしばらく少し時間が経っていたためだろう。そのため、呼び込みの店員たちの声が、尋のもとに直接響くようになっていた。


「やあ少年! どうだい、この街の近くでとれた新鮮な川魚を焼いたものだよ! 骨も柔らかくしてあるから、獣が獲物の首筋を喰らうように食らいつけるよ!」

「食べ歩きならうちに寄っといで! 薄いパン生地に濃い味付けをした野菜をぶち込んだパンがあるよ! 足を止めずに満腹になれるよ!」

「ここウェサニアは川も大地も潤っているからおいしいお肉も育つんですよ! ここのお肉もこの街生産なんです! ぜひ食べ歩いてください!」


 尋と私は見るからに旅人だと分かるようで、特に呼び込みが激しかった。しかも尋はそれらの声にすべて応え、すべてを買って食べていた。今も手には串に刺された肉を頬張っている。細身の尋がこんなにも食べるとは思いもよらず、頬張る姿をじっと見てしまう。


(まあ、値段もそんな高い訳じゃないし、尋が楽しんでるなら良いよね)


 私は財布の中を覗きながら、自分自身に言い聞かせた。普段大量消費することもないため、まだまだお金はあるが、油断していると必要な時になくなるかもしれないので、それだけは気を付けようとも思った。

 尋は今も両手に食べ物を掴み、その口は常に何かを嚙んでいた。その顔は口角が上がりっぱなしで、いかに食事を楽しんでいるかが伺えた。その時、改めて尋を全体として見ると、現世界の人と同じ服装ではあるが、やはり普段この格好で来るような地域ではないので、少し目立つような気がした。旅人が反社会的人間たちから襲われるのは、目立つ格好からと相場が決まっている。その相場に当てはめれば、尋は二度見するくらいに目立つ。顔の造りもあるかもしれないが、大体は服装によるもので。


(何か上から羽織れる外套を探した方が良いかな)


 私は辺りを見渡し、旅人向けの衣服店を見つけた。私は頬張る尋に言う。


「尋、食べることも良いけど、ここらで一回胃と口を休ませたらどう?」

「そ、そうですね。どれもおいしくてついつい食べ続けてましたけど、もう口がへとへとです。ぜひ他のお店も行きましょう」

「それじゃあ、あそこに服屋があるから、上から羽織れるものを探そう。今の尋はちょっと目立つから」

「あ、確かにそうですね。なんか周りの人たちと比べてちょっと浮いてますよね。今思うとちょっと恥ずかしいですね……目立つのは全然慣れていないので」

「それならなおさら必要だね。それじゃ行こう」


 見つけた衣服店に入る。中は旅人らしき人たちでにぎわっており、人が往来している。案内板を見ると、服が1階で小物類は2階のようだ。私は尋の腕を掴み、手ごろな外套が無いかを探す。すると、あからさまに何かを探している様子が見えたのか、店員が話しかけて来た。


「どうも、どうぞごらんになっていってくださいな。なにか探しているのなら、協力も出来ますぜ」

「そう? それじゃ、ここにあるのは基本的に旅人向けのもので良いんだよね」

「そうです。防水防風防刃は基本的にすべての衣服で備わっています。あとは価格帯によって耐久性だとか機能のランクの違いとか、追加機能があるかの違いだけって感じですぜ。着る目的とかは明確におありで?」

「まあ、そうだね。目立ちにくくて、防刃機能が高めの奴が良いかな。気前のいい店員さんなら、安くてお勧めのもの、紹介してくれる?」

「そりゃもちろん! ちょいと待っててください」


 フランクな店員はそういって、服と人の森の中に押し入って消えていく。かと思ったら、すぐに手にいくつかの外套を持って私の元へ戻ってきた。


「これらが比較的安めで防刃機能が高いものです。安めなので、防水防風機能は少し低めですけど、まあないよりはまし程度ですかね」


 それらはすべて標準型のフード付きマントだった。気軽に羽織れてバックパックにもしまいやすい、まさに旅人向けの外套だ。


「尋はこの中なら何がいいとかある? 色とか、デザインとか、直感とか」

「え、えっと。その。この中なら、このマントが良いです」


 尋が選んだのは茶色のマントだ。羽織ってから胸前にあるボタンで固定するもので、大きさはちょうど尋の足首ほどまで覆える大きさのものだ。


「うん。良いと思う。これがあれば少し安心だし、目立たなくなると思う。しばらくはそれを上に羽織って過ごそう。じゃあ、店員さん、このマントをお願い」

「ありがとうございます。値段は、そうですね。3コンでどうでしょうかね」

「はい」


 私は財布からお金を取り出し、店員に渡す。そしてそのマントを受け取り、すぐに尋に手渡した。


「ここでもう着てから出ていこう」


 私はそう言い、尋はマントを羽織る。茶色のマントはやはり無難に目立たない。そして意外にも様になっている様子だ。近くにあった姿見で尋も自身の姿を見る。


「良いね。意外に良い感じに見えるよ」

「い、意外って、なんか引っかかりますけど、まあ自分も似合ってるとは思わないです。でも、これで目立たなくなるし、襲われたりはしないですよね……?」

「それは正直分からないけど、チンピラとかに絡まれることはなくなると思う。大丈夫、何があっても守るし」


 そう伝えて店を出る。外はそろそろ夕暮れを迎える時間だ。旅人はそろそろ宿を探し、昼の店もそろそろ閉店して家に帰り、夜の店が起き始める。見ると、尋も少し目元が閉じたがっている様子で、眠いのかもしれない。


「それじゃあ、今日はもう部屋に行こう。今日も相当疲れただろうし、さっきあんなに食べたしさ。ここで寝ても連れていけないかもだし」

「そう、ですね。すみません、それじゃあ、部屋に……」


 声も消えかかっており、睡魔は本格的に尋を睡眠へ誘っているようだ。私は尋の背中を軽く押して、旅人ギルド所有の物件、その部屋へ向かった。


 その物件は、旅人ギルドから歩いて数十分ほどの場所にある3階建ての物件だった。近くに学校があり、朝や日中は賑やかそうな場所だが、それが気にならないなら優良物件だろう。管理室の小窓から空いている3階の部屋のカギをもらい、部屋に入る。部屋は最低限のスペース程度で、ベッド2つと食事などをするテーブル、椅子が置いてある程度だ。スペースとしてはベッド毎に区切られている感じだが、部屋として分かれているというよりは、無理やり壁を作って分けているという様子。贅沢な広さはないが寝る分には特に不自由のない部屋だった。


「尋はこういう狭い部屋は平気? 今までの村では一応は宿に泊まっていたからそれなりの広さあったけど、ここは宿じゃないからね。狭かったらここの壁壊して広くするよ」

「い、いえ、大丈夫です! むしろ、安心かもしれないです。広すぎるとなんだか不安が迫ってくるんですけど、こういう部屋ならそんなこともないと思います」

「それならよかった。それじゃあ、先に湯浴びをしていいよ。疲れてるだろうしさ」

「分かりました。お言葉に甘えて、先にいただきますね。……その、今日も本当に色々とありがとうございました。ごはんを色々とかってもらって、服までかってもらっちゃって」

「全然気にしないで良いよ。私がしたかったことだし。ほら、早く湯浴びした方が良いよ」


 尋はぱっと笑顔になり、湯浴び室へ入っていった。そして、しばらくして湯浴びを終えた尋が出て来たところを見て、私もさっと湯浴びをする。部屋に戻ると、尋は窓の外をじっと見ていた。眠そうな目をしているが、外の様子も気にしているようだ。そんな尋を見て私は、尋に問いかける。


「夜の街を見に行きたい?」

「……はい、見に、行きたいです。でも、夜はあまり出歩かない方が良いんですよね?」

「どうだろう。この街の夜の様子が分からないからね。でも、一つ良い案があるよ」

「え?」


 私は尋のマントを持ち、浮遊魔術をかけて尋に羽織らせる。そして窓から飛び出て私は箒で上昇した。私も尋と同じ気持ちだった。この街の夜を上から眺めたかったのだ。始めてくる街の時はこれがいつもの流れだ。この時間は、私はとても尊く感じ、湯浴びで綺麗になった体を夜風が撫でていく。その感触がたまらなく心地よいのだ。私は街の全貌が見える所までどんどんと上昇をしていく。尋はひたすらに空を飛ぶ恐怖と感動の悲鳴が入り混じる。どんどんと上昇する。街の全貌が見えるまで。そうしてやっと下を見て街が見渡せる高さまで上昇した。それでこの街がいかに大きいかを実感させられた。首都ではない街でこれほどの大きさの街となれば、首都ではそれほどの巨大街なのか、期待が膨らむ。この街は完全に眠らない街なのだろう。いたるところに煌々と輝く街灯が、店の明かりが漏れている。色々な街を見てきたが、ここまで夜でも起きている地区が多い街はそう多くない。大抵は反社会的組織の活動時間には居酒屋や風俗などの夜の店以外はすっぱりと閉店するが、この街はそうとは限らないらしい。


(正直、好きだな。こういう街)


 嫌いではない。むしろ好きの部類になるだろう。尋の一件でしばらくはこの街に滞在することになる。であるなら、この街の良い所を見つけていきたいと、私は願うのだ。そうして、活動拠点としての基盤を作り、尋について考えていきたい。尋を見ると、ただひたすらに、口をあんぐり開けて感動している顔をして、まるで夢にまで見た目標が達成できたかのような、そんな笑顔を浮かべていた。


(尋は元の世界に戻りたいのか、それとも、彼にとっての夢の世界にずっと、とどまっていきたいのか、まずはそこをはっきりさせる。色々な話はそのあとで良いんだ)


 尋の顔を見た私はそう意気込み、しばらくの間、一緒に寝ない街と共に夜を過ごしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る