第12話 導き手

「あんたら、口封じの魔術を受けてるんだ。陰湿な奴ら」


 ポプラが撃退した一人を尋問しようと口に巻かれたスカーフを外す。しかし、敵の口はすでに魔術によって封鎖されていた。なにも話せなくなった敵は、俊敏な動きでポプラの手をはねのけ、魔具を使って一気に逃げていった。その仲間の姿を見た残された敵たちも、同じようにすぐに起き上がり、そそくさと逃げていった。一体誰の差し金かを聞こうと思ったが、命が助かっただけでも良しとした方が良いだろう。

 ベリーが差し出した手を取り、なんとか立ち上がる。予想以上に魔力消費をしていたようで、体はふらつき、疲労感が強く出ていた。尋も立ち上がり、安堵の息を吐く。


「あの、ありがとうございました……」

「いえいえ、全然大丈夫! 二人ともけが無くてよかったよ! アルマリアもあの人数を相手によく戦ったね! 流石!」

「いや、もうギリギリだったかも。正直やられると思ったし、久しぶりにここまで追い込まれたよ。タイミングよく来てくれて本当に助かったよ。ありがとう」

「いえいえ! それで、二人は多分ウェサニアに行こうとしてたんだよね! それなら私たちも時間あるから一緒に行こうよ! ね、別に良いよねポプラ!」

「もう、なんなの全く……でもまあ、別に良いけどね」

「よし、じゃあ行こう!」


 ベリーは私たちが目指していた大橋の向こう側を指さし、そして歩き出す。私も尋の背中を軽く押して促し、都街への旅を再開した。


「ベリーとポプラは何をしに来ていたの? 二人が一緒ってなんか珍しい。いつもはポプラがツンツンしてるからあまりペア組まないのに」

「な、なんなのそれ。そんな毎回喧嘩してないけど」

「まあまあポプラ落ち着いて! 私たちはね、えーっと、この辺の調査をしてたんだ! 天気が良いから散歩にも良かったし!」

「調査? なにか大きな反社会組織でも活動してたの?」

「違うよ! 今回はね、数日前に魔蒸泉の観測で少し異様な動き方をしたんだって。それが一体何だったのか、痕跡はあるのか、そういうのを調べようと思って、ポプラも引っ張ってきたんだ! それでウェサニアを経由して今日あの道を通ろうとしたら、二人が囲まれてるのを発見したって感じかな!」


 数日前に魔蒸泉の異様な動き方が起きた。安直かもしれないが、もしかしたら尋の転移が関係しているかもしれない。直感でそう感じた。もし尋が本当に異世界人であるなら、この世界に来る時に膨大な魔力が動いていてもおかしくはない。ただ、観測されたのがそこまで大きくないものらしいので、ただの考えすぎかもしれない。


「本当、ベリーから急に呼び出して、「調査に行こう」なんて言うんだもん。こっちの都合も考えないでさ。毎回それやられると困るんだけど」

「でもちゃんと来てくれた! いつも感謝してるよポプラ! ありがとう!」

「はあ、それで、アルマリア。その男の子は現世界の子なの?」


 ポプラは尋に目配せをして当然の疑問の質問をする。尋は少し緊張して私を上目遣いで見てくる。尋はこの世界を夢の中だと認識しているため、もしかしたら他の世界から来たかも何て言うのは説明がややこしくなるかもしれない。なので、現世界の子なのかもしれないと可能性の一つということで話すことにした。


「うーん。多分そうだと思う。ほら、定期的に現世界からくる団体から逸れたんだと思う。私も旅の途中で盗賊に襲われてるところを助けたんだ」

「ふーん。そっか。それじゃあ、退屈凌ぎにこの世界についていろいろと教えてあげる」


 そう言って、ポプラは尋の隣に移動して話し始めた。その時、ベリーが私に小さく手招きをしていた。私はベリーの隣に移動して話を聞く。


「あの子、本当に現世界から逸れてきた子かな? なんか、雰囲気と直感だけど、それとはまた違う感じな気がするんだよね」

「――実は私も、違うんじゃないかって思うんだ。多分、この星とは違う場所から来たのかもしれないんだよね。旅の途中で考古学者から話を聞くタイミングがあって、その人の話しでは、古代文明の文献に、異世界からの放浪者の話しがあったんだって。それに、尋本人も、現世界から渡ってきたというより、気付いたらこの世界にいたって話してたし、考えられる可能性としてはそれしかないかもって、頭悪くて想像力が乏しい私は考えたよ」

「そんなことないよ! いつも思ってるけど、アルマリアは頭良いよ! なるほどね~異世界から来た人かもってことね! ――あの子なんかアルマリアのことを信頼しているようだし、あの尋って子はアルマリアにお任せしようかな! 何か困ったら協力するから!」

「分かった。まあ乗り掛かった舟だったし、旅は道連れ世は情けって言うし、そもそもある程度までは様子を見ようと思っていたから。それに、ベリのその緋陽のように眩しい笑顔を見せられたら、断れない」


 ベリーはいつもニコニコとにこやかな表情をする。彼女の笑顔は人の心を穏やかにしてその場の空気をよくしてくれる。私は彼女にはなれないけど、彼女のような笑顔を作りたいと、いつも思っている。


 ベリーたちとの会話に集中していたために気づかなかったが、私たちは国境の大橋についていた。その大橋はレンガ造りで頑丈に作られている、国境をまたにかける架け橋。こういう建造物には密度の高い強化魔法もかけられているはずで、よほどのことが無い限りは壊れないような造りになっている。私たちは眼下の大きな川を仰ぎ見ながら大橋を渡る。その大橋を渡っているのは私たちだけではない。旅人や運送旅団、行商人の集団もいる。これだけの人たちが集い商うことが出来るのが、あの都街の素晴らしい所なのだろう。


「アルマリアってウェサニアは初めてだっけ?」


 ベリーが下から覗くようにして言う。


「多分そうだね。オーヴィル王国自体あまり行かないから。行ってもオーダくらいかな」

「そうなんだ! オーダは良い街だよね! でも、ウェサニアもとても大きい総合都市なんだよ! ほとんどなんでもそろってる街だね! でも気を付けて。治安の悪い所はとことん悪いんだ! 夜で歩いていたら大体襲撃を受けたりするからね! まあ、大橋側の地区は安全な方だから安心だけどね!」


 ベリーは笑顔で話す。そうして大橋を越えた先、外壁で囲まれた街が見えた。門は大きく開け放たれ、多くの人たちが往来している。門までの道端にはいくつもの建物が並んでおり、土産屋や万事屋などの旅に出る人たちに向けた商売をしていたり、入国、入街するための手続きが必要な人たちの管理所やすぐに入れない人たちが泊まる一時宿泊所が賑わいを見せていた。



「わあ……アルマリアさん、すごいです! こんなところ、初めてです!」


 尋は周囲の活気ある雰囲気に気分が高揚している様子で、意気揚々と話しながら少し笑顔になり、早歩きで正門まで歩く。近づけば近づくほどに大きくなっていく外壁は、下から見上げるとかなりの高さになっていた。見上げているだけで首が痛くなりそうなほど高い外壁の下、荘厳な装飾が成された門と厳しい視線を送る門番の騎士たちを横目に歩く。


「アルマリアさん、僕たちはなにか手続きみたいなことはしなくていいんですか? さっき、入国するための手続きをするところがあったみたいですけど」

「私は旅人ギルドに所属してるから、探知魔法にかからないしここでの手続きはない。中にあるギルド支部に行く必要があるけどね。尋は私の同行者として扱われるから尋も問題ないんだよ。――そこのお二人は大丈夫かは知らないけどね」

「なんなのその言い方。あたしたちも旅人って扱いだから大丈夫」

「ふーん。国境なき騎士団も権力なくて大変だよね。旅人扱いなら旅人ギルドに管理されてることになるし、ギルド内の縛りは考えないといけないし」

「ま、まあそこは目をつぶるしかないし、そういうのはエルムがなんとかするでしょ」


 国境なき騎士団の幹部ポプラは素っ気なくそう答える。


「そうだね! 国境なき騎士団も今はまだ国際的に認められていない非公式組織ってやつだからね! そういう細かい身分とか手続きとかはしょうがないよ! だからそんなにふてくされないで前向きに考えよ!」

「全くベリーは前向きなんだかなんも考えてないんだか分かんない」


 ベリーは慣れた様子でポプラをなだめた。そうこうしているうちに、私たちは門を潜り抜けた。そして通り抜けた先にあった光景はとても愉快で心湧き立つものだった。それは、長旅を労うかのように、大通りに沿って並んだ露店や活気にあふれた人々たちの縦横無尽に響く声が、例外なく私たちをも歓迎していたのだった。

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