第11話 境界線を越えて

 一瞬の油断もならない状況に私は久しぶりに冷や汗をかく。額が汗で冷え、腹の中は底知れない不安感で埋まっている。尋も真っ青になり私の箒を握っている。今日の天気は快晴なのに、私たちの心は大雨の気分だ。


(こいつらに生半可な魔法は無意味になる。今考えられる方法はもう……)


 私は箒を強く握り、そして私は小声で尋に話す。


「尋。私の箒を持って」

「え、それは……」

「良いから、持ってて。何があっても絶対に離さないで」


 尋は疑問に思った様子だが、私の箒を手に持った。これであとはタイミングをいつにするかだ。私はより一層感覚を集中させる。敵はじりじりとにじり寄っている。相手もこちらの出方を伺っているようだ。

 その時、瞬間的に風が吹く。ほんの些細な風であったため、私たちは何も動じなかったが、その場の一人は違った。尋が軽くくしゃみをしたのだ。その瞬間、前方にいた一人が駆け出し、最小限の動きで長剣を尋に向けて振りかぶる。その動きを感じ取り、私もすぐさま2つの魔法魔術をかけた。すぐに尋が持っていた箒は、尋を連れて一瞬にして上空へ舞い上がる。そして私の周囲には流水が現れ、自分を中心に渦巻く激流へと変化した。その激流は範囲を広げ、敵を巻き込もうとすぐに広がっていく。私は水面に脚を乗せ、水魔法の力で水上を滑り、そのまま敵の隙間を抜け、包囲を脱した。そのまま宙に浮かせた箒と共に包囲を越えて街道を走る。敵に追いつかれないように後方には氷の壁を作り妨害をするが、敵もその妨害を予測して、軽い身のこなしでこちらに迫ってくる。


(尋だけでも街近くまで思いっきり飛ばしたいけど、敵の弓矢の攻撃も止まらないし、飛ばすための魔力制御と集中が難しい。牽制と防御に徹するしかないかも)


 妨害をかいくぐった敵がこちらに近づく。私は水魔法を小魚に変化させて敵に突撃させる。魚の動きで攻撃を予測させづらくし、的を小さくしてかき消されにくくているが、それでも敵は長剣を使って水魔法を防いでくる。飛び散った水と敵に付着した水を鎖に変化させ、水の鎖を地面に繋げて足止めをしたりしているが、ちょっとした時間稼ぎにしかならず、水魔法だけでは限界があった。私は風魔法もおりまぜ、敵に攻撃を与えていく。風魔法の無骨な塊を出現させ、シンプルに敵や地面に叩きつける。風はぶつかったところから周囲に突風をまき散らし、土煙を草と共に舞い上がらせる。追ってくる敵は風魔法の攻撃も巧みに避け、長剣を振るい、私はそれらの攻撃を水魔法と魔法壁で対処する。

 激しい逃走戦は次第に苛烈を極め、巻き上がる土煙は徐々に大きくなり、繰り出す魔法の規模も小魔法から中魔法へと変化していった。それでも敵は誰一人脱落することなく、

 遠距離から尋を、接近して私に攻撃を絶え間なく繰り出していた。


(やばい……このままだとこちらが先に消耗してやられる……でも、あと少しで国境の大橋。そこまで行けば騎士団も異変に気付いてきてくれるはず……)


 前方を見ると、オーヴィル王国国領であることを示す看板と、その先にある川をまたぐようにして鎮座する大橋が見え始めていた。なんとか国境に入れば、その国の都街が抱えている公立の騎士団が見回っているはずで、対応もしてくれるはず。そう意気込み、走る足に力を入れた。しかしその時、私たちに絶望が襲う。

 国境へ続く街道がまたしても大爆発を起こしたのだ。急な出来事に爆発の衝撃波の対処が間に合わず、私と尋はその衝撃波によって跳ね返された。見ると、敵が2人、爆心地に立っており、魔具によって街道を爆破したのだと分かった。


(……まあ、人数いるんだし、先回りして何か仕掛けているのは当然か……)


 多分理解はしていたが、自分自身の無意識がその状況を考えたくなかったのだろう。今になって最初から救いなどなかったのだと実感しながら、私たちは再び敵に囲まれた。爆発の衝撃波を喰らい、集中が途切れたため、尋の乗った箒も私のそばに着陸した。


「尋、私の傍から離れないで。箒もまだ持ってて」

「あ……は、はい……」


 そう尋に言ったが、自身も予想以上に消耗をしており、肩で息をしていた。額から落ちる汗が、頬を伝って顎から滴り落ちる。今まで様々な苦難を経験して乗り越えてきたが、今回はかなり厳しいかもしれない。焦りで心臓がどきどきと大きく鼓動する。

 敵が私たちを囲み、じりじりとにじり寄る。煌めく長剣の刃は私たちの姿をしっかりと捉え、まるで血肉に飢えた獣が牙を煌かせるように、きらりと嫌な光を放つ。起死回生の大魔法は恐らくこの距離だと発動前に斬られる。打つ手なしとあきらめかけた、その時だった。


「いやあ、間に合ってよかったよ!」


 ふと聞き覚えのある声がした。声のする方へ視線をやると、敵の向こう側に、ある人物が笑顔で立っていた。足元には敵が2人倒れており、すでに撃退されていた。


「なんなのもう。まさかこんなことになってるなんて知らなかったし」


 もう一人聞き覚えのある声がした。その声と共に激しい水が激流と共に急に出現し、敵を巻き込んで流れ、敵を半分を洗い流した。残った敵はすでに最初に居た人物が徒手格闘術によって地面に倒され、その2人によってあっという間にその場は制圧された。もう安心だと気付き、私と尋は地面に座り込む。極度の緊張で喉が渇き切っており、尋はやっと息が吸えるようになったのか、大きく口呼吸で空気を取り入れていた。


「いやあ、本当にナイスタイミングだったよ、ベリー、ポプラ」


 私は二人の名前を呼ぶ。緑のスカーフと旅人のマントを靡かせるベリーは私たちに近づき、しゃがむ。この二人がいればもう安心だろう。


「あ、あの、アルマリアさん、このお二人は一体……」

「ああ、ごめん。紹介するよ。この二人はベリーとポプラ。この二人は、国領と関係なく人助けをする『国境なき騎士団』の人たちなんだ」


 私の説明に尋は、安堵と好奇心の目でキラキラを取り戻した様子だった。

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