第9話 今の自分、変わりたい心
周囲は暗闇に落ちる。街道沿いにある村の街灯の弱弱しい光に、その村の入り口は照らされる。
考古学者を人さらいから助けたあと、私たちは今日泊まれる村まで歩いてきた。一人であればもっと奥まで行っていたかもしれないが、尋も疲れているために無理はしない。今回の村は今日出発した村よりもさらに規模は小さいひっそりとしている村だった。こういう小さな村には行商人などの収入源もなく、悪党が寄り付くメリットが少ないため、そういう輩は少ない。尋を休ませるにはちょうどいい村だろう。私は一度背伸びをして、疲れの溜まった息を吐く。
「今日はこの村で夜を越えようか」
「は、はい。そうですね。すみません、今日は、結構疲れてしまいました」
「別に謝ることなんて一つもないよ。日中にあんなこともあったんだし、むしろ疲れてなきゃ逆に心配になる。ここは小さい村だから、前の変な奴らが来ることもないだろうし、安心して寝られるよ」
「そうなんですね。良かった。実は、また怖い人たちに絡まれるのはすごく心配だったんです。落ち着いてごはんも食べられますね」
尋はほっとした表情で話す。こう思うのも無理はないだろう。彼の今日までの経緯を思い返すと、気づいた時には盗賊に襲われ、その日の夜に変な輩に話しかけられ、そして次の火には人さらいと対峙したのだ。安心して過ごす時間も少なかったし、不安が募るのも当然だ。特に尋はそういうことを負担に感じやすいタイプなんじゃないかと思うし、今の彼を見ていると、実際にそうなのだろう。
「それじゃあ、宿の部屋取って、ごはん食べよう。さっきから尋のお腹がうるさく鳴いてたしさ」
「き、気付いていたんですか。す、すみません……」
「いやいや、大丈夫だって。ごめんごめん。さ、行こう」
その日も旅人は少なく、2人用の個室を取ることが出来た。宿が取れた後は、酒場に向かい、食事をとった。小さい酒場は村の住人達の憩いの場となっており、酒を片手に世間話をしていた。尋は今日も良い食べっぷりで、一気にパンとスープを平らげる。食事をしている時の尋は、色々な嫌なことから解放されたような、満たされた表情をしており、安心感もあったが、少し面白かった。
今回は本当に何事もなく平和で食事を終えた私たちは、宿の部屋へと戻ってきた。この部屋にはお風呂はなく、簡単な湯浴びが出来る設備しかない。そのため、色々と頑張って疲れているであろう尋を先に湯浴びさせ、そのあとに私が浴びることにした。
「ふう。気持ちよかった。……あれ、尋?」
湯浴びを終えて部屋に戻った時、尋の姿がなかった。心配になり外に探しに出ると、尋のすがたは近くの街道のベンチにあった。彼は静かに夜空の星を眺めている。その表情はただ疲れているだけではない様子で、私は静かに隣の開いているところへと行き、腰を下ろした。すると尋は静かに話しかけてくる。
「アルマリアさん」
「どうしたの? 気になる星でも見つけた?」
「いえ。――僕は今日の行動、自分自身としては納得していないんです」
「あの考古学者の件ね。ふーん。具体的にはどの辺が納得してない?」
「あの時、僕はただ布を無意味に傷に押し当てることしか出来なかった。アルマリアさんが居なかったら、あのまま何も出来ずにいたかもしれない。そう考えると、もっと他のやり方があったのでは考えて、そして悔しくなるんです」
「ふうん。尋はそう評価するんだ。かなり自分自身に手厳しいね」
「そうですかね。あの傷や出血、下手したら命に係わるくらいのものだったと思ったんです。事実はどうあれ、あの時の僕はそう感じた。だから、内心は相当焦っていたんです。もし死んでしまったらどうしよう、そうならないために出来ることをしたいけど、何も思いつかないって」
少し冷たい風が体を突き抜ける。尋はあの時、内心では相当に焦り、不安と無力感を感じていたようだ。確かに、私と尋ではあの時の気持ちの持ち方は違ったのだろう。私は苦手ではあるけれど、医療魔術と応急処置の出来る道具を持っていた。だから大丈夫だろうとそこまで重大な気持ちではなかった。だけど尋から見れば、何も道具も魔術も使えないのに、目の前に大量の血を流す人がいたら、相当心に余裕はなかっただろう。さらに彼は人助けに対してこだわりがある。尋がここまで自分を追い詰めるような気持ちを抱えるのも、無理はないのかもしれない。
(尋には、ただ単純な人を助けたいという気持ち以外に、何か根底にそう思うに至る強い想いがある気がする。その気持ちが分からないと、彼の悩みに本当に意味で寄り添うことは出来ない。それでも、今は私自身の考えを伝えてみよう)
私は、今まで以上に落ち着いて、自身の意見を彼に言うことにした。
――
「尋が焦るのも無理はなかったよ。むしろ、あの時に出来たことを献身的にやってたし、むしろすごくよく行動してたと思う」
「そう、ですかね」
「そうなんだよ。尋が思っている以上に、第三者から見たらしっかりやってるんだよ。――尋はすごいよね。自分自身のことを厳しく評価して、他人のことを考えようとしてる。私はそんな風に、自分自身に使命を課したり、自分自身を厳しく評価することなかったから、尋は偉いと思う」
「いえ、僕はそこまで考えては……」
「それならなおのことすごいよ。意識しないでやってるんだから。ただ、私から見ればやりすぎな気もする。物事に対して誠実でありたいんだなって思うけど、尋のやり方が絶対だとも思わない。もし尋が心の中でそう考えなきゃいけないんだって考えてたら、それはそうとは限らないんじゃないかなって、思うんだ。私から見たら今の尋は自分に厳しすぎて成長するどころか、辛くなってるように見えるから」
「……でも、僕は、自分に甘いナルシストにはなりたくないんです。そうやって生きていて、他人に迷惑をかけてる人を、僕は知っているから」
「ううん。ナルシストになる必要はないよ。甘くなるんじゃなくて、少し力を抜くって感じかな。今の自分を否定して理想だけを語るんじゃなくて、今の自分を認めて、どう変えていこうかを考える。こういう考え方もありなんじゃないかな? 私はそうやって生きて来ただけだけど、案外良い生き方だと思ってる。まあ、物事の捉え方、先についての考え方とかはその人それぞれのスタイルあるし、今の尋のように、厳しく厳しく律して上を目指すのも良いとは思うけどさ。今の尋はとても辛そうに見えるからどうなのかなって思っただけ」
柄にもなく少し長く話過ぎたようで、喉が少し乾く。随分熱が入って語っていたようで、最後の辺りはから、尋は私の方をただ見て静かにしていた。私は少し息を整えて、自分の言いたいことを言う。
「ここ数日の短い関りでも、尋の魅力が少し見えた気がしたんだ。だから、その魅力を潰してほしくないって思った。もし他の考え方とか、やり方とか、変わるために何か別の方法を考えたいと思ったら、私は全力で協力する。都街まで行って、落ち着いて考える時間が持てたら、少しずつ気持ちを聞かせてよ。旅は道連れ世は情けって言うし、乗り掛かった舟だから、それまでは尋のこと、私が守るよ」
夜風は少し冷たく、また静かに体を通り過ぎる。草の香りと土の匂いは穏やかな平和を象徴する。
尋は私の話しを聴いてしばらく俯いていた。恐らく私が言った言葉を頭の中で繰り返して整理しているのだろう。そして尋は夜空を見上げていった。
「アルマリアさん、本当にありがとうございます」
晴れた夜の下、小さな雨が、尋の頬を伝った。
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