第8話 古代文明

 足を怪我した男性を連れて洞窟の外に出る。そこから来た道を戻り、なんとか先ほどいた街道まで戻ることが出来た。緊張の糸が切れたのか、尋と男性は薄い草原の上に寝そべり、大きく息を吐いている。街道は驚くほどに穏やかに風と鳥たちが輪唱しており、平和そのものを体現していた。私も一息つき、草原に腰掛ける。


「ここまでくればひとまずは大丈夫でしょ。襲いに来たとしてもすぐに気づくし、魔法で撃退をしやすいから」

「そ、そうですね……その、足は大丈夫ですか?」


 男性の肩を持って移動していた尋は、疲れている時でも男性の怪我を気にしているようで、男性に問いかけた。男性はにこやか笑顔で尋の応える。


「ええ、おかげさまで。痛みは抑えられているし、血も出てない。何も心配はないですよ。いや、本当にありがとう、お二人とも。命の恩人ですね」

「いやいや、人として当然のことをしたまでだから、気にしないで。旅してると良くあることだから。それで、あなたは何者で、彼らに何を話したんだっけ?」


 私は洞窟内では聞けなかった疑問をここで聞くことにした。男性は仰向けから上半身を起こし、答える。


「ああ、そうだね。僕は考古学者だ。古代文明の、主に文献について研究してるんだよ」

「古代文明と、その文献、ね」


 古代文明という単語は私もよく知っている。騎士養成学校時代、歴史の授業でその名前は頻繁に出てきた。その文明は確か、今現在判明している歴史よりももっと昔の世界のことだ。所々に遺跡があったり、発掘物が出てきたりと、今もその古代の文明を解明しようと、世界の研究者が研究を続けていると勉強した。この人はその古代文明の時代に書かれた文献を研究しているようだ。


「それで、あの人さらいたちは古代文明にご興味があって、あなたの話しを聴いてたってこと?」

「いえ、彼らはどうやら僕が何を知っているのか知りたかったみたいです。僕が最近研究している文献があって、その文献には『この星ではない人がやってくることがあった』という記載があると言うことを伝えたら、それだけ聞いて部屋に入っていったんです。興味があるなら、もっといろいろと話せたんですがね。僕はもっと語りたかったのに」

「まあ人さらいやってるような人たちはそこまで興味持たないんじゃないかな。でも、そっか、この星とは違う星の人ね」

「そうなんです! ロマンを感じませんか? まだまだ未解明の文明である古代文明の時代に、すでにそんなオーパーツ的存在がいて、ちゃんと文献に残っているんですよ! 僕の今の注目文献なんです! いろいろと内容が分かったら本を執筆するので、ぜひ見てください!」


 考古学者は目を一気に煌かせて、握りこぶしを作りながら熱弁している。その熱の入りように私も尋も圧倒され、言葉を失う。


「そ、そっか。うん、分かった。研究、頑張って」

「はい! 頑張っていきますよ!  ――それで、ちょっと聞きたいことがあるんですが」


 その考古学者はそう言い、私の隣に来て、尋に聞こえないように小声で質問をした。


「あの子はこの世界の人ではないようですけど、現世界の人、ですよね?」


 考古学者は疑問に思っていたのか、尋のことを聞いてきた。その質問はまあ当然の問いかけではあるだろう。研究していることで頭がいっぱいになると、少し気になることがあればそのことに頭が引っ張られるのは当然の事だ。私は尋の気を紛らわせるため、風と水魔法で動物を作り、尋の周りに設置した。そして考古学者の質問に答える。


「正直、分からないんだ。多分、現世界から来た迷子だと思うんだけど……」

「ですよね! まさか文献の研究で判明した異世界人なんて、そんな巡りあわせないですよね! 最近僕そんないいことしてないし、善行してない僕にそんな奇跡、起きるわけ、ないですよね……」


 考古学者は徐々に声が弱弱しくなり、しまいにため息をついた。どうやら尋が古代文明の文献に出てきた異世界人なのではと期待していたようだ。期待が外れたようで考古学者は落ち込む。

 尋はしばらく風と水魔法の動物たちと戯れていたが、私たちの話しが終わったタイミングで、考古学者の方へと近づいた。どうやら、色々と気になったことがあったようで、考古学者へ質問をし始めていた。


(昨日の経緯と考古学者が研究していた古代文明の文献内容。もしその内容を信じるなら、もしかして、本当に尋は異世界人、ということになるのかな)


 少しずつ尋の異世界人説が本当なのではないかと本気で思えるようになってきた。正直なところ、まだ半信半疑ではあるが、何かしらの可能性を考えていないと謎の存在のままで関わることになる。それよりも、可能性だけでも考えて接した方が、自分は関わりやすい。今は、本当に異世界人なのではないかと考えて動くことにしようと、そう心で方針を決めた。


 考え事をしていて、尋達の話しが終わったことに気づいたのは、尋が私の袖を引っ張った時だった。


「アルマリアさん、その、これからどうします?」

「ん、ああ、ごめん。話し、終わったんだ」

「ええ、終わりましたよ。いやあ、色々と質問されると嬉しくなりますね。もっと説明が上手くならないといけないですね!」

「ひとまず考古学者さんを近くに村に連れて行こうか。都街まではのんびり行けばいいし」

「い、いやいや、僕のことはお構いなくで良いんです。お二人は都街にいくつもりだったのなら、全然、行ってもらって大丈夫ですから」

「え、でもその足は」

「良いんです。僕はもう歩けますし、本当に。では、助けていただき、そして足を応急処置していただきありがとうございました。僕はこれで」


 呼び止める暇もなく、考古学者は少し足を引きづるような足取りで。私たちが昨夜泊まった村の方へと向かって行った。本当に大丈夫かは分からないが、少なくとも歩けてはいるし、本人があそこまで言うのなら、もうここは好きにさせるべきかもしれない。


「だ、大丈夫ですかね……」

「ま、大丈夫かは分からないけど、あそこまで言ってるからね。それじゃ、私たちも都街に行こう。早く着くのに越したことはないし、暗くなる前に泊まれる村に着かないと」

「村って、この先もあるんですか」

「多分、あるよ。大体は街道沿いに村はあるんだ。私のような旅人や運送業者とか商人団とかが泊まれるようにね。村にとって、そういう旅する宿泊客が大きな収入源だったりするし。さあ、行こう」

「分かりました。あの、アルマリアさん。さっきあの考古学者さんから色々と聞いたんですけど、やっぱり、僕は、ここは夢の中の世界なんだって、思うことにします」

「……そっか。まあ、それなら、私は尋が夢から覚めるまで、一緒に旅をすることにするよ。どうせ暇だしね」


 こうして私たちは再び都街へと歩みを進める。尋はこの世界を夢だと思い、私は尋のことを異世界人なのでは考えている。もし本当に異世界人であり、尋が戻りたいと願ったら。どうやって元の世界に戻せるのか、考える必要があるだろう。そうなったらいずれ情報収集が必要になるだろうし、まずは尋を安全に都街へと送り届けることに気持ちを向けることにして、夕暮れへと向かう緋陽を横目に街道を歩いていった。

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