第7話  出来ること、したいこと

「ここにあの誘拐した人たちが入ってきました」

「小さな洞窟で、そんな複雑な洞窟じゃなさそうだね」


 大人が2人横並びで入れる程度の広さの洞窟の入り口。ひんやりとした冷気が頬を撫で、見えない脅威を感じさせられる。


「さて、それじゃあ、私が中に入って助けに行ってくるから、尋はあそこの木陰で休んでいてよ。すぐに戻ってくるから」

「……えっと、すみません、僕も行きます。行かせてください。足手まといになるのは分かっているんですが、でも、何かしたいんです。お願いします」


 尋は昨日までの弱弱しい様子から完全に変わり、無謀ともいえる積極性を前面に出していた。それは明らかに、人助けに対してのなにか強い想いがあることを証明していたが、今の彼は危ないことにも思いっきりつっこみそうなほどの危うさを感じる。


「そっか。うーん、ぶっちゃけ危ないとは思う。でもまあ、足手まといになるかもって、自覚はあるなら、まだ安心かな。それじゃあ、私の傍を離れないで、戦闘とか危ない状況になったらすぐに逃げること。約束してくれるなら、一緒に行こうか」

「はい! ありがとうございます、アルマリアさん」


 尋は元気な声で返事をした。だが、その表情は固く、唇を固く結んでおり、隠せていないくらいに不安を感じている。私は洞窟の入り口へ歩き、尋は私の傍に来て、一緒に洞窟の中へと入った。足元にまた風が吹いてくる。鳥肌がたつほどひんやりとして、不安と恐怖を煽るような、そんな風だった。


 洞窟内は少し肌寒く、じめじめしている。人さらいたちが設置したものか、松明の炎で中はそこまで暗くない。いかにも反社会的な人間が好みそうな場所だ。


「うう、ちょっと肌寒いですね」

「そう? 怖いから余計寒く感じてるのかな。怖いなら外で待っててよかったのに」

「いえ、そんなことはないです。まだ道も一本道ですし、どんどん行きましょう」

「積極的なのは良いことだけどさ。尋が思っている以上に、盗賊とか見境がないから、本当に気を付けてね」


 とはいっても、しばらく歩いても人の気配がなく、誰とも会わない。誘拐された人はまだ見つからないが、敵にも魔物にも会わない。静かな洞窟内には私たちの足音しか響かない。静かな場所は好きだが、静かすぎて自分の物音しかしないのは逆に不気味に感じる。


 しばらくして、横穴もいくつか出て来た。この辺から分かれ道や部屋があるのだろう。ふと気になった横穴の中を見ると、運よく、そこには簡易的な牢と人が居た。遠目で見ていた服装と合致し、先ほど捕まった人であると分かった。


「尋、居たよ。簡単に壊せそうな牢にぽつんと入ってる」

「だ、大丈夫ですか?」


 尋はそそくさと牢に近づき、その人に話しかける。その人はわかめの男性だ。体が細めのため、恐らくは戦闘に慣れていない人だろう。服装の感じから見て、ただの旅人ではないのかもしれない。


「あ、ああ、君たちは一体? いや、まずはありがとう、助かったよ。全く、ひどい目にあった」

「元気そうだけど、奴らになにかされた? 見たところ怪我はないようだけど」

「ああ、暴力はされていないさ。ただ、やつら、俺の研究していることを聞いてきたよ。ほんのちょっと概要を話したら、なんだか満足して奥の部屋に休みに行った。全く、学のない人はすぐに僕の話しに飽きるんだ」

「人さらいとかする人はそういうのに馴染めなかった集まりだし仕方ないんじゃない? じゃあそいつらはどっか行ったんだ。一体何を話したの?」


 男の話す研究という言葉に少し好奇心が働き、色々と聞こうとしたが、すぐ尋に制された。


「あの、今はここを脱出することが先ですよ。今から出しますね」

「そうだな。まずはここから逃げよう……」


 尋ははきはきと言葉を紡ぐ。そして、近くに置いてあった鍵で牢を開け、その男性を連れ出した。尋は少しほっとした様子で、表情が柔らかくなる。部屋を照らす蝋燭の火が少し揺れ、温かみがそこから感じられた。学者の男性は尋が気になるのか、じろじろと全身をねっとり見ていた。


「アルマリアさん、行きましょう。人さらいが戻ってくる前に」

「分かってる。それじゃあ、後ろについてきて」


 通った道を戻るようにその部屋を出て、早歩きで出口まで向かう。途中までは何も問題はなかったが、出口まであと少し、開けた場所でその足は止められた。


「っい!」


 突然、男性が詰まる声を上げ、地面に膝をつく。見ると、右足を矢が貫いており、血だまりがすでに溜まっていた。私はすぐさま魔法壁を展開して周囲を見渡す。見ると、私たちが出て来た道にあの5人組の人さらいがいて、一人が弓を構えていた。尋は心配そうに男性の傍により、安全そうな壁の隙間まで男性を引っ張っていった。


(判断が速い。こういう場面でもびくびく怯えるかと思ったけど、意外にこういう土壇場の状況に強いんだ)


 感心しているのもつかの間、人さらいが5人全員、私の目の前に歩を進めていた。


「おいこら俺たちの収入源を逃がすんじゃねえよ」

「男性一人にそんなお金かけてくれる人なんている? せいぜいあなたたちの一人がごはん食える程度しかもらえないんじゃない?」

「へ、それがよ。古代文明の文献を研究しているやつを高く買ってくれるやつらが居たのさ。売りゃあ相当遊べる金になる」

「そうなんだ。物好きもいたもんだね。それじゃあ――」


 私は箒を構える。人さらいたちも長剣を抜き、臨戦態勢に入った。


「あなたたちをぶちのめして、ここから帰らせてもらうよ」


 人さらいたちが一気にとびかかる。私は風魔法を自分の周囲に纏い、とびかかってきた人さらいたちを吹き飛ばす。地面に倒れた3人を氷魔法の錠で拘束した。その瞬間、男たちの口元が急にぴったりと閉じ、叫び声も出せないようになった。恐らくなにかしらの魔術が架けられているのだと一瞬で理解するが、


「このやろうが!」


 残りの2人は再び真っすぐ私に突進し、剣を振りかざす。私は氷魔法で作った無骨な盾の塊で剣を受け止め、地魔法の拳を作り、腹を突き上げるようににして二人を殴り倒した。当たり所が悪かったのか、二人はそのまま地面に背中を付けたまま起きてこなかった。念のため地魔法の錠で首と体と両手足を固め、動けないようにした。


 あっさりと戦闘が終わり、すぐに尋と男性の元へと駆け寄る。尋は持っていた布を男性の脚の傷に当て、止血をしようとしていた。尋は相当焦っており、汗が額を濡らしている。その場の空気が張り詰め、洞窟の奥から不安を煽るような生暖かい風が頬を撫でる。


「アルマリアさん、どうしよう。僕に出来るのはこれが精一杯なんだ」

「大丈夫。十分良い対応してるから。それじゃあ、はい、この中に応急処置出来る物が入ってるから、ここから包帯と応急処置液が染みてる布を出しといて。私は医療魔術をかける」


 尋は布に手を置いたまま、私が懐から取り出した小箱をあさる。私は男性の脚の様子を見た。右足のふくらはぎ辺りを矢が貫通して血がどくどくと出ている。正直言えば、医療魔術系はあまり得意でないが、止血と痛み止め程度なら出来る。


「もう大丈夫だから。これから止血と痛み止めの魔術をかけるよ」

「あ、ああ。すまん。正直痛みを我慢して歯が砕けそうだ」


 私はまず痛み止めの魔術を傷周辺にかける。そのまま貫通している矢を抜き取った。抜いた後の傷から血が噴き出たため、すぐに止血の魔術をかける。そして、傷は開いたままだが、血は徐々にでなくなり、男性の表情も少し和らいだ。タイミングよく尋は応急処置用の布を傷口に当て、剥がれないように包帯を巻き付けた。その時の尋の目は、さながら人命救助をする騎士を見ているようだった。包帯が巻き終わり、ひとまず応急処置を終えた尋は、大きく息を吐き、地面へとべったり倒れ込むように座った。


「今の尋はすごくかっこいいよ」

「え、ええ。急に何を言うんですか。ほめてもなにも出来ないです」

「心から思ったことを言っただけだよ。ただの気弱な男ってだけじゃないって、そう思ったんだ。そういうの、すごく大切で良いことだと思う」


 純粋にそう思った。彼にはそういう魅力があるのだと、今の場面でも分かってしまう。そんな尋を見て、ちゃんと彼を応援したいと、気付いたら願っていた。

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