第6話 心の鎖

「あの人を助けたい」


 尋は一言、上目遣いでそういった。今の彼の目は気弱な少年の目でなく、助けたい気持ちを強く持った真っすぐな青年の目だった。


 人さらいたちは誘拐した人を入れた袋を担ぎ、ある方向へと進んでいく。目くらましに使う魔具を使っていない様子を見るに、貧乏集団なのだろうか。その足取りは簡単に追えるような状況だった。


(まあ、流石に誘拐の現場を見た以上、見て見ぬふりするのは私だって出来ないな)


 そう思った私は、尋に賛同する。


「そうだね。見て見ぬふりはしたくないし、とりあえず後を追おう。でも、そう言ったからには、はぐれずにちゃんと付いてきてね」

「う、うん。もちろん」

「じゃあ、行こうか」


 こうして私たちは人さらいの後を追うことになった。早歩きで人さらいの通った街道外れのルートを行く。足元の草木は徐々に背が高くなり、周囲は木々が生い茂る。人さらいを追っている時の尋の表情は、今までのびくびくしてすぐに俯くような怯え顔でなく、強い意志を以て行動するしっかり者の表情だった。


「今の尋の顔、めちゃくちゃかっこいい」


 素直にそう思い、口にした。


「え、そ、そんな、茶化さないでください。僕は真剣なんですから」

「茶化してないよ。私も真面目にそう思ったんだ。昨日まではびくびくと雷に怯えた犬みたいだったけど、今はほんと、やりたいと思ったことをやり通そうとしている一人の男性って感じだよ」

「そ、そこまで言われるようなことですかね? 僕は、ただ見捨てられないと思っただけです」

「そう思えるのも才能の一つだよ」

「そう、ですかね……」

 ただの気弱な少年ではない。なにか、心の別の側面に、そういう強い想いを抱えている。そしてそれがなにかのきっかけに表に出てくる。そういう少年でもあるのだろうと私は思った。ただ、自信はない様子。


「あの、アルマリアさん。ここでは、こういうことは珍しいんですか」

「いや、珍しくはないよ。反社会的集団は普通にいるし、割と活発に活動してる。やっぱり人って高く売れるからね。労働力になるし、食料になるし、臓器も価値は高いし、そういう奴らからしたら ”万能で自立して動く道具”のようなものだから」

「そ、そんな……人を道具と考えているなんて……」

「だから反社会って括られてる。人道的な表の社会とは完全に裏にある感性だから」


 尋はひどくショックな話だったようだ。彼は悲しそうに俯く。怖くて俯くのでなく、悲しくて俯いている。


「尋は人助けとか、結構するタイプ?」

「え、うーん。そうですね。道端で困ってる人がいたら、気に掛けますね。行動に移せるのは場面によりますけど」

「なるほどね。それじゃあ尋にとって、人助けって、なんだと思う?」


 私は興味本位や気分の時が多いが、基本的にこの世界での人助けは、主に報酬のためにされるものだ。旅人が人助けをすると、助けられた人はお礼をくれる。お金ではなくても、何かしらの形でお礼をもらう。それが旅人の生活を少し豊かにしていくのだ。ただの想いだけで行動している人だけではないし、それをやっているほど、旅人は甘くない。だが、尋はこの世界の人ではない。元の世界では人助けしてなにかもらえるのか分からない。ただ尋がなぜ困っている人に対して後ろ髪を引かれるのか、その行動原理が純粋に気になった。


「人助けですか。――それは、人のため、ですかね。いや、ううん。それは多分、人に言うための綺麗ごとです。うーん、なんかこう、喉元まではなにか言葉が詰まっている様子はあるんですけど、どうも言葉としてまだ言えない何かがあります。多分、自分でもよく分かっていない、自分自身の何かがあると思うんです。でも、それが、まだ、分からない」


 困っている人をほっとけない。そんな尋は彼も気づいていない自身の心があるようで、言葉にできずにもどかしくしている。


(まあ、そのことを言葉に出せるくらいの認識でいたなら、そもそもあそこまで悩んでいないよね)


 私に何か出来ることはあるのか、分からないが、力になりたいと、純粋に想った。


「あ、アルマリアさん。あそこ」


 尋の声でふと我に返り、尋が指さした方向を見る。そこは、洞窟の入り口だった。そして、その中に人さらいたちが入っていく。どうやら、ここが拠点のようだった。

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