第3話 黒の十字架

「今日はこっちの個室の宿って空いてますか?」

「ええ、空いてますよ。少人数の旅人はこの村じゃあまり来ないのでね。どうぞ、好きな部屋を選んでもらって良いですよ」

「それじゃあ、この2人用の部屋で、朝食ありの1泊で」

「ありがとうございます。では2人で5コンになります」


 安くもないが高くもない宿で、しかも2人用の個室が取れたのは幸いだった。私はお金を支払い部屋のカギをもらい、そのまま外に出る。外はすでに陽が落ち、心地よい風が頬を撫でる。夜空には多くの星が輝き、その下には今日拾った少年、尋が私を待っていた。


「あ、えっと、どうでした?」

「うん。2人用の個室、取れたよ。私たちみたいな旅人はこの村じゃ珍しいんだって」

「そう、ですか。よかった」

「さて、今日は大変だったし、お腹減ってない? 食べ行こうよ。大丈夫、ちゃんとおごるから」

「そ、そんな、アルマリアさんに悪いですよ……」


 尋のお腹からぎゅるると食事を求める獣の唸り声が聞こえた。尋は恥ずかしそうに俯き、私は尋の腕をつかむ。


「ほら、お腹減ってるんだから、我慢しない。行こう」


 尋は何も言わず、私の後ろについてきた。


 この村で夜の食事場と言ったらやはり酒場だった。酒場のドアを開けると、賑やかな声がどっと襲い掛かる。商人団や運送団などの団体客が多くを占めている様子だ。周囲を見渡し、空いている2人用のテーブルに着く。おいてあるメニュー表を開き、適当なものを選んだ。


「この世界のこういうところって正直あんまり種類はないからね。このシチューとパンのセットで良いかな?」

「あ、僕はもう、何でも大丈夫です」

「じゃあ、これで」


 私は近くにいた店員を呼び止め、料理を頼んだ。頼んで少しして、2人分のシチューセットが運ばれてくる。尋のお腹からまた唸り声が上がり、限界な様子。


「じゃあ、その、いただきます」

「どうぞ」


 尋の食べっぷりはかなりのものだった。私も同じタイミングで食べ始めたが、私が半分もいかないうちに、尋はもう食べ終わった。


「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。意外に量もありましたし」

「それは良かった。まあ、盗賊から逃げて、見知らぬ世界で緊張していただろうし、お腹いっぱいになって良かったよ」

「はい。本当にありがとうございます。それにしても、とても人が多いですね」

「この街道は都街まで続く街道だからじゃない。商人や荷物を運ぶ運送団はそんな長距離移動できないから、移動の速い旅人よりもここに集まりやすいんだよ」

「な、なるほど。そういうものなんですね」

「その代わり、盗賊も結構集まりやすいんだけどね」


 そんな不吉なことを言った途端、向かい側から大声が聞こえた。


「や、やめろよ! ちゃんと情報をやっただろ! そんなの横暴すぎるぜ!」


 ただの酔っ払いかと思い、その声のした方へと視線をやると、その姿は、尋を助けた時に撃退した盗賊の一味だったことが分かった。そのそばでは、5人の黒いローブを身に着けた男たちが盗賊を見下ろしていた。

 盗賊の一人がこちらに気づき、続けて声を上げる。


「お、おい! あいつだ。俺たちをぼこした女魔術師だ!」


 黒いローブの男の一人が私の方を向く。そしてゆっくりとこちらに近づいてきた。その男の胸にあるネックレスが見える。それは、黒い十字架。


(そういえば、旅人ギルドから情報で上がってたな)


 そのシンボルマークは、最近なにかと騒ぎを起こしている、『ブラッククロス』という魔術師組織のマークだった。尋は緊張した面持ちで俯き、私はその男を睨んだ。男は私たちのテーブルで止まる。男はゆっくり、だが、圧をかけるような力強い声で、私たちに問いかけた。


「ちょっと、話しを聴いても良いですかね」

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