第16話

 何より私が気になったのは、『怪我人が山のように出て』という部分だ。その怪我人が、聖騎士団の仲間たちなのか、町の人々なのかは分からないが、どちらにしろ、放ってはおけない。


 もしかしたら、これまでにないほどの規模で、魔物たちが侵攻してきたのかもしれない。今さらエグバートの言いなりになる気はさらさらないが、かつての仲間や、何の罪もない人々が苦しんでいるのを無視しては『聖女』の名が廃る。……いや、失礼、私は『元聖女』だったわね。


 って、そんなことどうでもいいのよ。すぐに出発の準備を整えないと。


 兄さんと父さんに状況を説明すると、兄さんはエグバートの身勝手さに少々憤慨しながらも、うちの牧場で一番足が速い馬を用意してくれた。


「こいつは正真正銘の駿馬だよ。飛ぶように走れるし、スタミナも抜群だ。適度に補給しながら、大好きなブラッシングをして機嫌を取ってやれば、二日で都まで到達できるだろう」


 二日。

 それは凄い。


 これ以上、都の状況が悪くなることは避けたいので、移動時間は短ければ短いほど良い。私は兄さんにお礼を言い、父さんに別れの挨拶を述べる。


「それじゃ、父さん、行ってきます」

「ああ、気をつけて」

「うん」


 これから、都で魔物たちと命がけの戦いをしなければならない娘と父の、別れの挨拶にしては、驚くほど簡潔で、そっけないものだった。


 しかし、私は嬉しかった。


 ……これまで、『聖女』として都に向かって出発するときは、だいたい父さんと険悪な状態になっていて、私は一度だって『行ってきます』なんて言ったことがなかったし、父さんも、気遣いの言葉をかけてくれることはなかった。


 思えば、なんていびつな親子関係だったことだろう。


 それが今、ごく自然に、『行ってきます』『気をつけて』と、普通の親子のようなやり取りができて、とても良い気分だった。……これで、気力充分だ。迷いなく戦いに赴くことができる。


 いや。

 迷いは、ある


 ルドウィンのことだ。

 できれば、彼とのことにも決着をつけて、都に向かいたい。


 だが、もたもたしているうちに被害が拡大してしまうかもしれない。私情は一旦捨て去るべきだろう。これでも私は、『元聖女』なのだから。


 そんなわけで、兄さんの用意してくれた白馬に跨り、都への街道をひた走る。……その隣には、兄さんの乗る栗毛の馬が、まったく同じスピードで並走していた。


 この栗毛の馬は、うちの牧場で二番目に足が速い馬であり、馬術に長けた兄さんが手綱を握れば、一番の馬に引けを取らない速さで駆けることができる。

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