第4話 とある竜の過去(ハク編)

〜プロローグ〜


 前回はこの俺、ミトラスフィアの過去について触れたが、今回は俺の妻であるハクについて知ってもらいたいと思う。

 前にも話したが、ハクは確かに感情表現が豊かではないし、比較的クールな竜ではある。

しかし、部下に対する面倒見も良く、仕事に対する責任感も強い。

 そんな竜であるハクだが、とても悲惨で悲しい過去を持っている。

今回はその話をしようと思うわけだ。

 この過去があったから今のハクが存在しているわけであり、この過去があったからハクは上位竜として、そして魂として強者の部類に入っているのだ。

 今回の話で、みんなからも多少の意見を聞きたい。

心して聞いてほしい。

 あと、この話はハク本人から話をしてもらった方がいいだろう。

 話し手が俺では、想像出来ることも出来なくなるだろうしな。


サイド:ハク


 私はハク、上位竜 第7位階で界神竜とも呼ばれている。

 前にミトラから聞いたことかもしれないが今一度言っておく。

ハクと呼ばれてはいるが私には名前がない。

ハクというのはあだ名に過ぎない。(ハクと呼ばれ過ぎてもはや本名と思われているが)

 何故名前がないのか?

その謎も含め説明していこう。




〜第一章 ハク〜


 サイド:ハク


 私の父親と母親は当時二人とも上位竜で、その二人の血を受け継ぐ私は期待の新生児として平安時代の中頃に産まれてきた。

 期待の新生児………上位竜二人の血を引くからには、やはりそれなりの才能を兼ね備えて生まれてくるものだと思われていた。

 だが、両親は産まれた私を見て困惑した。

産まれてきた私は角も鱗も尾も真っ白だったのだ。

 後で知った話なのだが、私は先天性白皮症と呼ばれる病を患っているらしい。

つまるところアルビノである。

 まず比較的生息数の少ない竜にアルビノが出てくることなど滅多にない。

 恐らくアルビノの竜は今までで私だけである。

 日光で病状が悪化したりするらしいが、竜は元々日光を避けるのでそれの心配はない。

 だが、私の両親は私を気味悪がった。

 一夫一妻をルールとしていた父親はまず母親の浮気を疑い、私と母親に強く当たった。

なんとか母親は誤解を解こうとしたようだが、結局アルビノの私がいることにより誤解は解けなかったようだ。

 それ以来、父親は私を見なくなった。

 母親は、浮気も何もしていないのに理不尽に父親から怒鳴られたり、殴られたり、蹴られたりした。

母親は、愛していた旦那から受けた裏切りにも似た行為の連続に頭を抱え続けた。

 そして母親は、こうなったのは白く産まれてきたコイツ(ハク)のせいだ。

と、思いこんだ。

 それ以来、母親は私を憎むようになった。

両親は、実の娘にも関わらず育児放棄や虐待を行ったのだ。

 満足に名前さえ付けて貰えなかった。

いつも「アンタ」や「お前」と呼ばれていた私は、両親のおこぼれをもらうか、自力で魚を取るしか食べる事ができなかったし、巣穴では、勝手な発言や行動は許されなかった。

 当初は期待の新生児として産まれてきたものの、今はただの被虐待児。

 いつしか、両親は別居するようになった。

父親は巣穴を出て行く前に

「お前たちの顔なんてもう見たくない」

と言っていた。

 そして私は母親の方に残された。

 父親がいなくなっても、私の生活はあまり変わらなかった。

 ただひたすらに母親に憎まれ役になるだけだったからだ。

私はただ、母親に怯えて巣穴の中の隅にじっとして寝ているしか出来なかった。

 しかし母親も不在で暇な時は巣穴の外に出て、生まれ持った結界術の才能を暇潰しとして展開させていた。

 この生活が600年ほど続いたころには、上位竜の血を受け継いだことによる結界術の才能は大方開花していた。

 その頃には、十分に眷属退治ができるような実力だった。




〜第二章 ハクの初仕事〜


 中位竜になるのは、簡単だった。

結界を展開させ相手を拘束し、尾を勢いよく叩きつける。

それで相手は気絶し、見事に中位竜になるにあたった。

 半竜形を初めて見た時のことは、忘れられない。

まるで新しく生まれ変わったかの様な感覚だった。

 でも、両親は私が中位竜になった事を喜びはしなかった。

 母親に報告した時は「アンタみたいなゴミが中位竜なんて………アンタに守られる人間が可哀想よ」と言われた。

 離れて暮らす父親に報告しようとした時、父親は私を見ると興味もなさそうに、眠ってしまった。


 さて、中位竜になったのだからもちろん本格的に人間を守る役割を担うわけだ。

 そこで、初仕事がやってきた。

 そこまで規模の大きくない混沌の氾濫に参加することになった。

 役割は結界による眷属のデバフである。

 初仕事で気を引き締めながら私は目的地に向かった。

 飛んでいきたかったが、地上に出るのは中位竜になってからが初めてだったため、空を飛ぶ練習は全然出来ていなかった。

 なので歩いて向かう。

これは中位竜になって、真っ先に練習した。


 数時間かけて目的地に着くと、既に何人かの竜が集まっていた。

 その中位竜達は、私を見てこそこそ話し出した。

彼らは何か異様なものを見る目をしていた。

 恐らく私がアルビノであるからだろう。


 しばらくすると、上位竜の一人が来て

「お前がサルネスタさんのところの一人娘か…変な髪してんなぁ。老婆みたいに真っ白だ。」と私を貶した。

 そう言われるのは慣れているので黙って聞いていた。

 続いて「まぁ、実力は確かだろうからな。期待してるよ」

 「期待してるよ」と言われたもののその言葉には決して期待の念は含まれていなかったと思う。

 

 そして氾濫が始まった。

 私は計画通りに辺り一面に結界を張り、眷属達を弱体化させた。

 雑魚の眷属は結界で倒されていたが、そうでない眷属は、他の中位竜達の戦闘相手になっている。

 私は結界を維持するだけでいいので楽だった。

 しかし、あくまでも自分の身は自分で守らなくてはいけない。

 襲いかかってくる眷属の攻撃を避けながら

攻撃結界を一つ作り出し、相手に魔力をぶつけた。

 一応倒せはしたが、この戦い方は効率が悪いことであると即座に私は理解した。

 何か別の戦い方………

 そう思い、他で戦っている中位竜達に目を向けると各々が扱う魔法で対応しており、私と同じように結界で戦う竜はいなかった。

 「あまり参考にならないな」とポツリと呟いた。

 そうこうしている間に氾濫は終わった。



 特に酷く疲れているわけでもないし、怪我もしていないため、さっさと帰ろうとしたところで、

「おい」と声がかかった。

 振り返ってみれば、コソコソと噂をしていた中位竜達がいた。

血を所々流している奴らも中にはいる。

 「何か用?」と私が聞くと、彼らは

「何でお前だけ戦わねぇんだよ!」と叫ぶ。

「結界は張ったし、やるべき事はやっていたはずだが?」と返すと

「うるせぇ!変な髪の色してるくせに自分の身だけ守ってお終いかよ、このクソアマ!」

 そうだそうだと野次を飛ばす中位竜達。

 私は変な言いがかりをつけられているこの状況に嫌気がさし、その場を後にしようとすると、「待て!逃げるな!」と後ろから蹴られた。

 彼らは私の周りに群がって、蹴る殴るを繰り返した。

 中位竜達が私を解放した時には、私は既に満身創痍だった。

 もし、もしも私が全身白くなかったのなら、もし普通に親に愛されていれば、もし普通にみんなと協力できたなら、こうはならなかったのではないかと私は自分を問い詰め、自分で自分を呪いたくなった。



〜第三章 恩人〜



 もう立ち上がるのも億劫なほど、全身がボロボロでこのまま眠ってしまいたいと思っていた。

 ん……?誰だ……?誰が私の側にいるんだ…?

 体に残された力を振り絞って顔を上げると、一人の人間がいた。

 30代ほどの男だった

 「おい、大丈夫か?」

 「………………………」

 「大丈夫じゃなさそうだなぁ……よし!俺ん家に連れてって手当してやる。いいな?」

 「………………………」

 すると、私は男の背中におぶわれた。

 その中で、私の意識は途切れていった。



 「おっ!目が覚めたか!」

 目覚めると、私は布団で横になっていた。

男が運んでくれたらしい。

 「そうだ、お嬢ちゃん。でいいのかな?

 アンタ女だよな?」

 「ああ」

 「悪いなぁ、鬼を実際に見るのは初めてなんだ。」

 鬼?あぁ、この姿のことを言っているのだろう。

 私は中位竜なので、角が生え、翼が生え、尾も生えている。

どう見ても人間には見えないだろう。

 「悪いが、鬼ではない」

 「へぇ、じゃあ何だ?」

 「竜だ」

 「竜?竜が何であんなところに?」

 「仲間割れを起こして喧嘩した」

 「なるほどな、それであんなところにボロボロで倒れていたのか」

 それにしても、何故この男が私を助けたのだろうか。

私はどう見ても人間ではないのに…

 「何故私を助けた?」

 男は答えた。

「そりゃあ人間であれ狸であれ何かが倒れてたら気にもなるだろう?」

 「それで助けたと」

 「そのとおり」

そこで私は男の目的を察した。

 「悪いがお礼の品を持ち合わせていない」

 「礼目当てじゃねえよ」

 「なら身体目当てか?」

 「そうでもねぇ」

 「なら何を渡せばいい?」

 「何もいらねえよ。困った時はお互い様」

 「………………………」

 怪しいがいらないと言っているのならいらないのだろう。

 さっさと帰ろうと起き上がると、

「ッー」

 「じっとしてろ、まだ体は万全じゃねぇ」

 確かにそのようだ。

男には悪いが、しばらくお邪魔させてもらうとしよう。

自分の体に治癒結界を施したので、傷の治りも早くなるはずだ。


 その後、竜の事や自分の事が聞かれたので説明し、ついでに眷属の事や魔法の事なども説明した。

 男は半信半疑で聞いていたが、私が結界を展開させると驚いていた。

 他にもどんな事が出来るか聞いてきたので色々実演してみせた。

 そして話の途中に先の氾濫についての話題になった。

 「魔力から攻撃結界を作って魔力を集めて撃つってのは、確かに非効率だわな」

 「そう、だからどうすべきか悩んでいる」

 「うーむ」

男は暫く考えていた。

そして「よし、魔力をそのまま使えればいいんだな」と言って家を飛び出して行った。

 追いかけようにも体が動かず、寝転ぶこと

数時間………

 

 軽く一眠りして目を覚ますと、体は全快だった。

治癒結界が効いたらしい。

 とりあえず家を見回してみても男は見当たらない。

 家の外に行けば見つかるだろうか。

 立ち上がり、外に出ると男が家の近くの開けた小屋のような場所で作業をしていた。

 「何してるんだ?」

 「おう、お嬢ちゃん。今、刀を作ってる」

 「??????」

 「何びっくりしてんだぁ、俺は刀鍛冶なんだよ」

 驚いた………まさか刀鍛冶だったとは………

 「家を飛び出したかと思えば、刀作り…

訳がわからない」

 「まぁそう言うな、考えてみろ。お嬢ちゃんは結界の竜なんだろ?だったら刀に結界を彫れば魔力が流れこんだ刀が出来る」

 「そうか!魔力を直接流し込むだけで眷属に対抗できる武器が出来る!」

 「そういうこった。だから刀打ち終わるまで半月掛かるけど頑張るぜ!」

 なるほど、結界を作りつつ刀を振る。

それはとても効率が良い。

 「なら私は刀を振れるようにならねば…」

 「それなら良い道場知ってるからよ、入門させて貰え。俺が事情も含めて連絡しておくよ」



〜第四章 ハクの戦い方〜


あれから約半月後


 「出来たぜ!特注の結界入り刀!」

と、特注刀が完成した。

 刀身はスラッと長く、そして軽く反っている。

そしてその表面には私が男に教えた結界が細い溝となって彫られている。

 刀を持ってみるとズッシリとした重さを感じるが、それでいて軽くも感じる。

 「どうだ?魔力とやらは流れ込むか?」

と聞かれたので早速、魔力を流し込んでみた。

 「フッ!」と魔力を流し込んだわけだが、

感覚で分かる。

この刀には魔力が宿っている。

成功だ!

 「流れ込んでる!この刀…凄いぞ!」

 「当たり前よ!この俺が丹精込めて作ったんだからな」

 刀そのものの問題は解決した。

あと危惧すべきは剣術の腕である。

 半月の間、道場に通って稽古をつけてもらったがやはりまだまだ甘いだろう。

 「私にはこの刀を上手く扱える自信がない。もしかしたらせっかく打ってもらった刀を駄目にしてしまうかもしれない」

 すると、刀鍛冶の男は言った。

 「お嬢ちゃん、この世にあるもので永遠なんて物はないんだよ。仮にあったとしてもそれは形あるものでは無い。形あるものはいつか壊れたり、駄目になったりするもんだ。その刀も例外じゃない。思いっきり使え、思いっきり斬れ、思いっきり壊せ。それこそが俺に対する感謝の気持ちになるからよ」

 刀鍛冶の男はそう言うと、家の方向に歩きながらもう一つ付け加えた。「刀の手入れの方法ももう教えたな。じゃあ俺がお嬢ちゃんにできることはもう無い。その刀の駄賃はいらねぇ。そのかわりその刀…乱暴に扱うんじゃあねぇぞ」

 「ありがとう………ありがとう………………」

 私は気づいたら泣いていた。

 親に殴られたり、蹴られたりして虐待された時でさえ泣かなかったが、今は何故だか自然に涙が出る。

 私はその時、初めて絆というものを感じた。

親でもなく、増してや竜でもないただの人間の刀鍛冶との絆。

 「何泣いてんだ、もしかしてお別れが寂しくなったのか?………ははは!また会えるよ、きっとな」

 私は涙を拭き、刀鍛冶に向かって叫んだ。

 「本当にありがとう!!また、剣術が上達したら会いに来る!!!」

 「おーう。楽しみに待ってるぜ」

 

こうして私は剣士として結界術と剣術に励むことになったのである。



〜第五章 成長〜


 そうして刀鍛冶の側を離れ、一旦海の巣穴に帰ってきた。

 巣穴には母親がおり、私の姿を見るなり「何だい?やっと出て行ってくれたと思ったのに…」

と嫌味を言った。

 私としても巣穴にはなるべく居たくないので、夜の時間帯に浜辺に上がっては刀をひたすら振り続けた。

 そして、週3、4日ほどで眷属退治の仕事がくる。

 一年に一度は刀鍛冶のところに行き、挨拶をする。

 たまに、彼の子供とも触れ合う機会があった。

 毎年、同じほどの背丈で現れる事を彼は羨ましがった。

それもそのはず、50年ほど経つと彼の元を訪れる必要が無くなった。

 会いたくても会えなくなった。

 それでも私は眷属退治でも、剣術の自主練の時でも彼の刀を振り続けた。

 その日常がさらに300年ほど続く。





 私は900歳(人間換算で約18歳)を超える年齢になった。

 刀鍛冶には背丈が変わらないと毎年言われていたが、流石に300年経つと背も伸びた。

 自慢ではないが胸もかなり大きくなった。

 もうほとんど大人のような体つきになり、結界術や剣術にも磨きがかかり、相当な強さになっている。

 「そろそろ頃合いか」

 私はここ100年で上位竜になりたいと思う様になった。

無論、どの竜も上位竜を目指したいと思うのだが、私の場合はその辺の竜とは覚悟が違う。

 両親に虐げられていた私は、上位竜になるだけでなく「魂」に入る事をも決意していた。

そうして必ず親より上の位階になり見返す!自分達が娘を虐げていた事を後悔させてやると私は誓った。

 ちなみに両親は二人とも健在で、今は両方とも守護竜になっている。

 だから、私が上位竜になる事を邪魔する奴はいない。

 私は、上位竜の第15位階に決闘を申し込もうと浜辺に上陸した。

(この時代は上位竜は15人しかおらず、一番下が15位階だった。)

 この時代でも、上位竜のほとんどは人間として暮らしている。

 どこかにいる上位竜を見つけ出して、第15位階の竜と決闘を申し込まなくては。

と、歩きながらどこに上位竜がいるか検討をつける。

 普通なら知人を伝って連絡を取るのだが、何せ私は孤独の身。

友人なんていないし、両親に頼ろうにも力になってはくれないだろう。

 上位竜が日本のどこにいるかも分からない。

 「これは長期戦になるな」と一人呟く。

すると、目の前に突然混沌の眷属が現れた。

 一体だけだがかなり強そうな気配を醸し出していた。

 相手は巨大な鎌をもっていた。

 私は刀を抜き、眷属に向き直った。

 次の瞬間、お互いに距離を一気に詰め、一気に斬りかかる。

 相手の鎌と私の刀が噛み合うように交差する。

 私は、刀を押し込もうとするが……

 相手の眷属の力が凄まじいからか刀はびくともしない。

それどころか押し返される………!!

 私は刀を振り上げ、この状態から逃げようとしたが、これが間違いだった。

 刀を振り上げたせいで、大きく隙ができてしまった。

 相手は鎌を既に構え直している。

 結界を張ろうにも間に合わない。

 「クソッ!!斬られるッ!!!!」


 次の瞬間、稲妻のような閃光が走った。




〜第六章 出会い〜



 バチッと音を立てて、現れたのは一人の少年、いや青年にも見える。

でも、恐らく私より年下だろう。

手で何かを掴んでいたが……

 私が彼を視認した瞬間に相手の眷属は力が抜けた様に倒れた。

 ハッとして眷属を見ると首がない。

ということは、彼が持っていたものは!

青年を見ると、左手に眷属の生首を掴み持って仁王立ちしていた。

 た、助かった…………彼が来なかったら私は今頃………。

 体から力が急に抜けてその場にドスンと座り込んだ。

 「おい、大丈夫か?」と青年が言った。

私はそのセリフに聞き覚えがあった。

 「ああ、すまない。大丈夫だ」

 私は立ち上がると彼に礼を言った。

 「ありがとう、君が来てくれなかったら私は今頃、胴体が真っ二つになっていた。」

 「別に礼を言われるほどでもねぇよ。困った時はお互い様だろ」

私はそのセリフも300年前に聞いたはずだ。

 彼は指パッチンすると、首を切断した眷属の体と首が蒸発する様に消えていった。

 「君、中位竜か?」

ふと、聞かれた。

 「ああ、これから上位竜の第15位階の竜に決闘を申し込むつもりではあったが……」

 「あったが………?」

 「今の戦いで分かった……私はまだまだ弱い」

 「そうでもない、俺が助けに入ったとはいえ、あのレベルの眷属相手によく粘ったもんだ。上位竜の下っ端なら今すぐになれると思うぜ」

 「気を遣ってくれるな…よく粘って戦ったとしても負けは負けだ」

 青年は頭の硬い奴だと言わんばかりにため息をついた。

 「まぁ、いいや。君、名前は?」

 「…………………」

 「何故黙る?」

 「私に名前なんてない」

 「……………………」

 「親は私を虐げて、名前をつけてくれなかった…」

 「虐待か……今時そんな事してるの守護竜のサルネスタのとこくらいだと思っていたよ。確か、産まれてきた子が真っ白だったとかいう理由でかな?」

 彼は既に私の事だと察したに違いない。

すると彼はニッと笑い、「サルネスタの野郎!今どき虐待なんて馬鹿げた野郎だぜ全く!」と笑い出した。

 見ず知らずの青年に、親の事を馬鹿にされているこの状況だが、「確かにな」と一緒になって笑うことは造作もなかった。

それどころか、なんだかスッキリした気持ちになれた。

 親の虐待について私に共感してくれた竜は今までに居なかった。この青年を除いては。

 「私には名前がない。だから好きに呼んでくれ」 

 「それじゃあなぁ…………何もかも白いからハクにしよう。お前のあだ名はハクだ」

 「ハク………」

 「ちなみに俺の名前はミトラスフィアだ。

よろしくな、ハク」

 「ぁ…あぁ、よろしく」

こうして私に初めて竜の友人ができた。

 話の途中ではあったが、気になったので「ミトラスフィアは中位竜なのか?」

とふと聞いてみると、

「いや、位階は低いが上位竜だよ。あと名前を呼ぶ時は省略してミトラでいいぜ」

と答えた。

 私より年下だから中位竜かと思っていたら上位竜だった。

 私は、ミトラに頭を下げて謝った。

「上位竜とは知らずにタメ口で話してしまいました。本当に申し訳ございませんでした」

 「いいよいいよ、気にしてない。俺はみんなにタメ口で話しかけてくれるような頼られる存在になりたいからさ」

 よく分からんが彼は特別にタメ口で良いらしい。

 「じゃあこれで……いいか?」

 「うんうん、そっちの方が君らしくていいぜ」

 「じゃあこれで」

と、この件は終わった。

 さて何しようとしていたんだったか?

そうだ上位竜探しだ。

 いや待て、ミトラは上位竜だ。

第15位階の竜に決闘を挑みたいとミトラに伝えれば………!

 その旨をミトラに伝えると通信魔法を使って連絡を取ってくれた。


 「よし、明日の正午にこの辺りで集合だ」

 「わかった、では決闘に向けて備えよう」

と、言い残して私は巣穴に帰った。


次の日


 正午になる10分前に約束の場所にやってきた。

 そこにいたのは、ミトラスフィアともう一人の竜。

恐らく、第15位階の竜であろう。

 「お、きたきた。彼女が君に決闘を申し込んできたんだ」

と、15位階の竜に私を紹介した。

 私の事を紹介し終えると、紹介された竜は

私に自己紹介してきた。

 「上位竜第15位階 光線竜マリーディアだ。よろしく!」

 「よろしくお願いします」と私は返した。

 マリーディアは短髪で赤みがかった髪の色をしている、細身の女だった。

 するとミトラが咳払いして話し出した。

「さて、君達はこれから決闘を行うが、準備はいいか?」

 「大丈夫」

 「問題ない」

 「よし、じゃあ10メートルくらい離れて貰いまして…」

 私とマリーディアは10メートル離れて向き合った。

 「よ〜い、始め!!!!!!!」


〜第七章 上位竜に〜


 ミトラの開始の合図と同時に、マリーディアは、手をこちらの方に突き出して、その周りに光の球をいくつか浮かべた。

 「熱光線[フレイムビーム]」

とマリーディアが唱えると同時に、光の球が私に向かって飛んできた。

 私は転移結界[テレポータル]を使い、場所を移動する。

 場所を移動した理由は二つ。

一つ目は相手の熱光線[フレイムビーム]を避けるため。

二つ目は………

「何!?こんな近くに!」

マリーディアとの距離を詰めるため。

 移動した場所はマリーディアの真後ろ。

 間合いに入った後は刀で一振り。

「クッ!」

斬った!手応えあり!

 彼女の脇腹から血が出ている。

そこまで傷は深くはないが、血の出ている量が多い。

 「はぁ………はぁ………」

相手も息絶え絶えになっている。

 すると突然彼女は反撃の用意をした。

光の球が私の周りを半球状に囲んでいる。

 「まさか………結界の竜が………自分から近接戦闘をしてくるとは…………思わなかった。

腰の刀は……あくまでも防御用だと………」

 彼女はそう言うと、目をキッと見開いて叫んだ。

「ここまで………やられたんだ。いきなりだがもう私の全力を出す!波動光線[ウェイブビーム]!!!結界すら貫通する…この攻撃をくらえ!!」

 すると私の周りにあった光の球が全て赤紫色に輝き出した。

 感覚だが、球の内部の魔力量が増加している。

 私は、転移結界[テレポータル]を使い、球の囲いの外に出た。

すると球は私を追ってきた。

 すぐさま翼を広げて、空に逃げた。

が、光線は私の事をどこまでも追いかけてくる。

 こうなったら勝つ方法は……………

私は思いっきり上昇した。

 追いかけて来ていた光線も上昇する。

 地面にいるマリーディア達が見えなくなるほど上昇したところで、転移結界[テレポータル]を使う。

 もしあの光線全てが波動光線[ウェイブビーム]ならば、魔力は相当使われているはずだ。

 しかし、確かにこの攻撃ならば、何物をも貫通し標的に命中するまで、絶対に追跡をやめないだろう。

 彼女はそれを最終手段として使うほどそれほどまでに波動光線[ウェイブビーム]に期待している。

 そして、その波動光線[ウェイブビーム]を何発も打てば必ず魔力切れを起こしているはずだ。

 転移結界[テレポータル]で出た先は、やはりマリーディアのすぐ後ろ。

 波動光線[ウェイブビーム]ははるか上空に残っており、今頃私を追いかけて地上に向かって来ているだろう。

 勢いをつけてハクは刀を抜き、マリーディアの背中を斬った。

 「ガハッ」とマリーディアは倒れた。

 ミトラの10カウントが始まるが、私はその間、波動光線[ウェイブビーム]からひたすら逃げ続けなければならない。

 一つ命中してスピードが落ちれば、ドミノ倒しの様に私に次々と命中するだろう。

 それで気を失うようなら元も子もない。

 私は必死に逃げ回っていると、ミトラが「おーい、10数え終えたぞ。こっちに来ーい」と叫んだ。

 ミトラならなんとかしてくれるはずだ。

 私は急いでミトラのところに戻った。

するとミトラは、「よし、これで晴れて上位竜だな。それで波動光線[ウェイブビーム]だけど、弾に当たるかマリーディアが解除するかしかどうにかする方法ないんだよね」

 煮湯を飲まされたような気持ちだった。

 「君の場合、治癒結界使えるみたいだし、それでなんとかしてもろて」

 「……………………………」

 結局、私はその直後に全弾被弾して満身創痍になり、気を失った。





 目を覚ますとミトラがすぐそばにいた。

ミトラのさらに隣にはマリーディアが寝ていた。

 「おっ!目が覚めたか!」

ミトラはこちらに気づくと、私に言った。

 「それにしてもなかなか面白い戦い方をするなぁ。結界竜が攻撃用に刀を使うとは驚きだ」

 結界竜にしてはかなり珍しい戦い方らしいが、私はこれで数百年やってきている。今更戦法を変えるつもりもなかった。

 「まるで"鬼"のようだなぁ」

と放ったミトラの一言に、私はとある刀鍛冶を思い出していた。

 昨日からそうだ。

ミトラは私に対し、あの刀鍛冶と同じような対応をしてくれている。

他人を容姿だけで判断せず、ちゃんと話を聞いてくれる。

そんな人(竜)にこそ、私は心を開けるのだろう。

 すると、「うぅ〜ん」と呻き声をあげながらマリーディアが目覚めた。

 斬撃の傷口が塞がっている。

 「ミトラ、どうやって傷口を塞いだんだ?」

 「ああ、俺は少しだけ結界系の魔法使えるんだよ。治癒結界を使って微力ながら治療していた」

 たまに、2種類の魔法が使える竜は出てくるが、彼もそうだったとは。

 そして私は分かった。

ミトラも私と同じようにイレギュラーであることが。

もっとも、ミトラと私では全然違うが、それでもミトラは周りから多少は奇異の目で見られたに違いない。

彼はそれを乗り越えて上位竜になったのだ。

 私はミトラを心から尊敬した。

彼に恋心を密かに抱いたのは秘密だ。


 「そうか、あたし負けたんだ………また中位竜に逆戻りか……上位竜の間は楽しかったのになぁ。でも、またいつか戻ってくるから」

というマリーディアの強気の発言に私達は頷き、彼女を見送った。



〜エピローグ 二人〜


 その後、ミトラから

「今度、他の上位竜の奴らと顔合わせをする。君も出来るだけ上の位階を狙っていけよ」と激励(?)の言葉をもらった。

 もちろん上位竜になるだけで終わるわけにはいかない。

 私の目標は魂になる事だ。

こんなところで止まる訳にはいかない。

 ちなみにミトラは、第10位階だったようだが、この後第8位階に上がったようだ。

ミトラが魂に入って凄いという気持ちもあるが、やはり私の目標を追いかけたいという気持ちもある。


 一つ、予備知識として位階入れ替えの決闘について説明しておく。

 普通の位階入れ替えの決闘は、位階は1つ飛ばしでも2つ飛ばしでも構わない。第十一位階の奴が第八位階になれるかは強さ次第だがルール上は可能だ。

 だが、魂だけは違う。

魂は勝ち抜き戦だ。

魂の中で2つ上の位階になるには、1つ上の位階を倒してからではないといけない。

 同じ日に連続で戦う必要はないが、一気に第二位階になる事などはできない。

 第八位階の奴が第二位階になるには、第七位階になった後に第六位階になり、第六位階になったら第五位階………と繰り返す必要がある。

 そう、ミトラの恐ろしさを思い知ったか?

 彼は魂に入った後、ノンストップで勝ち進み、第二位階の座に就いたのだ。

 私も彼を追いかけたはいいが、到底追いつけそうにない。

 私も成長しているが、彼もまた成長しているのだ。

 だが、私が追うべき背中は変わらない。

いつまでも、いつまでもミトラを追いかけるまでだ。



サイド:ミトラスフィア


 以上がハクの話だ。(最後、俺の話になってたけど…)

 親に虐待され、仲間だったはずの中位竜たちからも一度見捨てられた可哀想な竜の話。

 その事もあって、彼女は未だに自分の気持ちを押し殺したりする。(最近、マシになってはきているが)

 だが、彼女はその実力を持って、強さを証明し、第七位階にまでなった。

今では、彼女に歯向く竜はほとんどいない。

 ハクが劇的に変われたのは、ハクが幼い頃に出会ったと言う刀鍛冶のおかげだろう。

 彼がいたからハクは剣士という戦い方に出会えたし、彼がいたからハクは自分を好きになる事ができたのだ。

 俺は彼に会ったことはないが、心の中でハクの事について感謝している。


 ハクによると現在、彼の子孫がいるらしい。

また今度ハクと一緒に訪れて、刀鍛冶の取材をしたり、遺品について調べるのもいいかもしれない。

…………いや、やめておこう。

 ハク本人が行くならまだしも、全く関係ない俺が行くべきではない。

 なんたって俺は学者でもジャーナリストでもなんでもない、ただの竜だからな。

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