第6話 謎の三十一人め3



 綺夢が殺されていた。

 しかも被害者だった。

 そうなると、これまで考えていたシナリオは完全に狂ってしまう。今夜の裁判で終わらせるというシナリオがだ。


「処分者は三条綺夢でかまいませんか?」


 くりかえすアナウンスに、沢井が木村のもとへ走る。


「どうしますか? 木村さん」

「ちょっと待ってくれ。ほかに怪しいやつはいたかな?」

「だってもう、ほかは全員、アリバイがある」

「やっぱり三十一人だったのか? だとすると、グールは顔も名前も知られずに逃げ続けてる人物だ」


 木村は自分で結論し、おもてをあげた。


「ここにいる人たち以外に逃げまわってるやつがいるだろう? そいつを処分してくれ」


 が、これにもアナウンスは非情な返答をする。

「処分を確定するにはフルネームが必要です。そうでなければ人物を特定できませんから」


 沢井が天井にこぶしをつきあげ、ぬしのいなくなった青居の椅子をけりたおした。

「なんだよ、それ! クソッ!」


 沢井の裏の顔が見えた気がした。彼は一見すると好青年だ。が、しかし、ときどき強引だったり、暴走しそうな気配があった。やはり、そういう一面を持っているのだと、あらためて感じさせる。


 沢井は血走った目で周囲を見まわす。とにかく今夜の処分者を決めなければとあせっているのだろう。誰をそれにしようか、という目だ。


 みんながジリジリとあとずさる。そのときだ。


「あの……うちのグループ、さっきからずっと、内宮うちみやさんがいないんですが」


 それは三日めの朝にアリバイが確定したF班のリーダーだ。リーダーと言ってもおとなしくて従順そうだから、沢井が勝手に決めたにすぎない。四十はすぎてるだろうショートカットの女性である。名札を見ると、江上えがみ奏子そうことある。


「内宮さんって、どんな人だったっけ?」

「二十代の女の人です。美容師をしてるとかって話だったかな。その……今朝急に月のものが始まってしまって、だるいからって、一人さきに部屋に帰って休んでるんです。夕食には来るって言ってたけど、来ないんですよ」


 F班は六人だ。ホールの椅子のならびは班ごとになっているわけではないから、個別でいられると、ほかの班の人間にはちょっとわからない。


「女が一人で危ないだろ」

「すいません。なかにいるときは鍵かけるって言ってたので」


 来ると言ったのに来ないのは、単に体調が悪いせいか。それとも別の理由があるのか……?


「たしかめよう」


 沢井が言って、一階にある六人部屋へ走る。ぞろぞろとほとんどの人がついていった。


「いったい、どうしちゃったんだろうね」と、優花がささやく。不安そうな顔だ。


「うん……」


 詩織も不安だった。何か悪いことが起こってなければいいのだが。


 しかし、その願いはむなしかった。六人部屋のドアを、沢井がノックしても返事がない。沢井はドアノブに手をかけた。すんなりとひらく。鍵がかかっていない。


 その段階でイヤな予感しかしなかったのだが、ひらかれた扉の内には惨状が待っていた。シーツが血みどろになり、女がベッドの上で食い殺されている。両手両足を大の字にひろげ、どこか、あぜんとしたような顔のまま、女は胸部を食い裂かれていた。両の乳房がない。


 キャーキャーと悲鳴があがり、優花や何人かの女は廊下にすわりこんだ。詩織も立っていられないほどのめまいをおぼえる。


「鍵をかけ忘れてたのか? それにしても、グールは夜にしか人を襲わないんじゃないのか? これはルール違反だぞ!」


 沢井が怒り狂って天井を見あげる。


「グールがいつタンパク質を補充するのかは、我々にも予測がつきません。本能的な行動ですから」


 つまり、グールが夜に行動するというのは、こっちの思いこみか。

 だとしても、夜にしか襲撃されないと思っていたものが、昼間にも可能性があるとなれば、危険度はいっきに高まる。


「くっ……クソッ! 誰がグールなんだよ! どいつがなんだ!」


 沢井が怒鳴りだす。

 まるで人格が変わったみたいだ。誰彼なく、胸ぐらをつかんでひっぱりまわそうとするので、神崎や橋田が両側からひきとめる。


「離せよ! せっかくうまくいってたのに、なんでこうなるんだ! クソーッ!」


 暴れようが恐ろしかったのか、さっきの江上が恐る恐る口を出した。


「……そう言えば、夕食の前、湯沢さんが彼女のようすを見に行きました」


 名指しされたのは、F班の男だ。いびきをかいて寝ていたおじさんである。薄くなりかけた頭をやたらとなでつけながら、男は首をふった。


「ち、違う。おれはなんにもしてない。ドアの外からノックしただけ。そのときは鍵がかかってたんだ」


「それはおかしいんじゃない」と言ったのは、アリスだ。あいかわらず、男たちにかこまれている。


「鍵がかかってたんなら、グールに襲われてないよ。知ってる人の声なら、あけたと思う。それも同じ班の人なら」


 たしかに、この状態で一人で休養している女が、そうかんたんに鍵をあけるはずがない。それも、グールがだと仮定したら、内宮にしてみれば、まったく知らない人物だ。聞きおぼえのない声で呼ばれても、絶対にあけない。可能性があるとしたら、同じ班の人間が「夕食だから迎えにきました」と言えば……。


 沢井は断定した。

「あんたがグールだな?」

「違う! 違う!」


 男は否定するが、聞く耳持たない。


「木村さん。今夜の処分者はコイツでいいよな?」

「それしかないだろうな」


 ヒイッと声をあげて、男が走りだす。

 その背中を見ながら、沢井がみんなに賛同を求めた。


「多数決だ。湯沢ゆざわ直樹なおきを処分してもいいと思う者?」


 おそらく、半数は手をあげたのだろう。詩織は目を閉じていたが。


 次の瞬間、悲鳴が響いた。ギャッという声が、だんだん高くなっていく。


 詩織は目をあけた。

 天井からロープがたれさがり、湯沢の首にまきついている。湯沢は足をバタつかせ、両手で縄をつかんで抵抗していた。


 だが、その体がじょじょにひきあげられていく。同時に縄の輪がキュッとしまった。


 ケイレンしていた足が、やがて、ダラリと弛緩しかんした。つるされた体がブラブラゆれる……。

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