第3話 女剣士ポーラ

 俺はもう一度自分の置かれた状況を整理してみた。


 まず、ここ。ここはどう見ても俺の居た場所とは全く違う。辺り一面何も無い平原だし、第一スライムなんてモンスターがいる訳が無い。絶対、日本とは、いや地球とは違う世界。異世界だ。


 そして、俺の体。どう見ても女の体だ。有り得ねぇよ。しかもこの胸。胸のサイズの測り方なんて知らないが、百センチはあるんじゃないのか。これ……。


 更によく見ると、今着ている服。これは、正しく俺が今日着ていた服。ただ、ボロボロに破けまくっている。この世界に飛ばされた時に破れたのだろう。


 これらの事から推測するに、小説とかでよくある異世界召喚という奴だ。冗談じゃない。誰だよ。俺をこんな世界に召喚した奴。しかも、何で女にした……。


 はぁ、とにかく人の住んでいる所を探そう。またモンスターが出てくるかもしれない。襲われでもしたら、間違いなく殺されてしまう。よし、今からの目標は村なり街なりを探して、ここが何処なのか聞く。それから先の事を考えよう。


 俺は、広い平原を宛もなく歩いていると、人が手を加えたような道を見つけた。舗装されている訳ではないが、草は生えておらず、よく見れば自転車のタイヤ位の幅の跡もある。


「この道を辿れば人のいる所に着くはずだ」


 俺は、この道を辿って一時間位進んで行った。すると建物がいくつか見えてきた。規模的には街というより村か。助かった。運よくモンスターにも遭う事は無かった。俺は村の入り口に辿り付き、村の中へ入ると、一軒の家の前におじさんが立っている姿を見つけた。


「すみません」

 

 おじさんに声を掛ける。あ、今思えば異世界なら言葉が通じないかも。ヤバい。もし、言葉が通じていなかったら、どっからどう見ても怪しい人間。警戒されるんじゃないのか? だが、俺の心配は無駄だった。


「おや、どうしたかね?」


 お、言葉が通じた。良かった。心配して損したぜ。どうやら、俺の服がボロボロだからなのか、俺の様子を見て只事じゃないと思ってくれたみたいだ。


「あの、ここは何処でしょうか?俺、気が付いたらここの外の平原で倒れていたみたいで」

「平原で倒れていた?大丈夫かい?モンスターに襲われたんだなきっと」


 おじさんが俺の事をジロジロ見ている。何かちょっと目つきが……。


「ここはアンファ村だ。あんた、旅人かい? この村じゃ見ない顔だね。見たところ服もボロボロだし……」


 ゴクリ


 うん? 今、おじさん、唾を飲み込んだ?


「なあ、あんた。取り敢えず休んだ方がいいだろう。うん。休んだ方がいい。あそこに宿屋があるから、俺が一緒に行ってあげるよ」

「え、いや、俺お金とか持ってないし……」

「大丈夫。俺がお金を出してあげる。さあ、部屋に行って、ゆっくり話をしようじゃないか!」


 ゴクリ


 また、唾を飲み込む音が聞こえた。ていうか、このおじさん、いやもう気持ち悪いからおっさんでいいや。さっきから鼻息が荒くなってやがる。


 いや、まさか。


 まさかね。


 俺に欲情しているの?


 ちょっと、気持ち悪いんだけど。


 おじさんが俺の腕を掴んで、宿屋へ向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと止めてくれ」

「いいから、いいから。俺に全部任せておけば大丈夫。すぐ終わるから」


 いや、何がすぐ終わるんだよ! 俺は手を振りほどこうとするが、おっさんの力が異常に強くて、全然振りほどけない。


「いや、止めてくれ。頼むから、手を離してくれ」

「大丈夫、大丈夫だって。俺に任せて」


 ダメだ。このおっさん。完全に息まで荒くなっている。


 え、俺、異世界に来ていきなり見ず知らずのおっさんに犯されるの?


 嘘だろ、誰か、誰でもいい。助けてくれ。


 心の底から助けを求めるが、他に外を歩いている人が全く居ない。俺は必死に手を振りほどこうと暴れるが、ズルズルと引きずられて、遂に宿屋の前まで来てしまった。


 くそ。誰か、本当に誰でもいい。助けてくれ。


「誰か、この人止めてくれ」

「さあ、着いたよ。じゃあ、部屋を取ろうな」


 嫌だ、誰か!


 その時、宿屋から女の子が出てきた。恰好から察するに剣士みたいだ。


「あ!」


 俺はその女の子に助けを求めようと声を出すと、女の子が俺とおっさんを交互に見て、おっさんの前に立ち止まった。


「ねえ、何しているの?」

「あん? 冒険者の姉ちゃんには関係ないだろ」


 おっさん。態度が急にチンピラみたいになってんだけど。


「その子をどうするつもり? 嫌がっているじゃない」

「だ、か、ら! 姉ちゃんには関係ないだろ。あっちに行ってろ。俺はこの姉ちゃんに部屋を取って上げるんだよ」

「ねえ、いいの?」


 女剣士が俺に質問してくる。良い訳あるか!


「助けてくれ」

「この子、こんな事言っているのだけど?」

「五月蝿い。お前には関係無い!」


 宿屋の入り口で大声を上げたからか、宿屋の亭主が外に出てきた。


「おいおい、人の店の前で一体何の騒ぎだい? うん? エスト、何やってんだお前?」

「あ、この子に部屋を取ってやろうと思ってだな」

「その子が頼んだのか? お前、息が荒いみたいだが」

「いや、頼まれてはない。頼まれていないが、こんな格好した女の子を放置出来ないだろ」

「で、部屋を取った後、どうするつもりだ?」

「いや、部屋で話を聞いてやろうと……」

「お前、嫁さんは知っているのか」

「あ、いや、それは……。帰る、帰ればいいんだろう!」


 おっさんが漸く俺の手を離し、自分の家に帰ってくれた。


 助かった……。


「ありがとうございます。助かりました」


 俺は、女剣士と宿屋の主人に心の底から礼を言う。


「何、気にするな。俺はここの主人をやっているグルターだ。あいつには困ったものだ。村の品位が落ちるじゃねぇか。まあ、嬢ちゃんが魅力的な恰好だから、発情しちまったんだな。悪かったな。村の者が迷惑かけた」

「あ、いや、何かすみません」

「いやいや、まあ、何も無くて良かったよ。じゃあ、俺は戻るから」


 グルターはそのまま宿屋に戻っていき、俺と女剣士の二人だけになった。


「あなた、大丈夫? その恰好は一体?」


 女剣士が俺の事を心配してくれているみたいだ。まあ、男に部屋に連れ込まれそうになっていた所に出くわした手前、事情を聞いてみようと思ったんだろう。


「あ、私はポーラ。冒険者よ。あなたは?」

「俺は、飛鳥、渚飛鳥です」


 ポーラは、俺の話をゆっくり聞こうと自分の取っている部屋に俺を招待してくれた。

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