第13話 原田宗時(左馬之助)

 政宗はエスパーニャ国使節の協力によってガレオン船を建造したのだが、この造船には大阪から派遣された船大工も参加している。

 当時スペインは世界最大の植民地帝国であった。ガレオン船の建造技術を国家の最高機密としており、造船技術を外国に漏洩した者を死刑に処すと脅すほど、当時の造船技術は極秘だった。


 最初の慶長遣欧使節団はスペイン国王フェリペ三世やローマ教皇・パウロ五世に謁見。最終的にはフィリピンのマニラに到着するなどの行程であったが、その先遣隊の武士の中に原田宗時という者が居た。




 史実で原田宗時は伊達氏の家臣。叔父の戦死で原田家の当主となる。その後、わずか十八歳にして原田城主を継いだ。

 各所の戦いにおいて顕著な戦功をあげ、伊達輝宗やその子・政宗の厚い信頼を受けたという。

 しかし秀吉による朝鮮出兵では、政宗に従って渡海するが、釜山にて風土病を患い病死した、享年29歳だった。




 原田宗時、通称は左馬之助。政宗とは二歳違いで剛直な性格にして勇武の士であった。


 その宗時が慶長遣欧使節団に同行していた時だ、メキシコシティに入った所で、一行の前に武装をした盗人集団が現れた。いきなり蛮刀を突きつけてくる。言葉は分からないが、どう見ても友好的な雰囲気ではない。だが、盗っ人どもにとっては相手が悪かった。使節団の一行は、戦国乱世真っ最中の日本からやって来ている。常日頃から敵か味方か、殺すか殺されるかの世界に生きているのだ。今時のやわな日本人ではないのだ。刃物を突きつけられたら、やるしかない。


「曲者!」


 言うが早いか、宗時は抜く手もみせず先頭の男を切り倒す。賊は一瞬驚くが、それでも蛮刀を振り回す。果敢に掛かって来る次の男達二人も、左右になで斬りとしてしまった。


 しかしこれが現地では大問題になる。盗っ人達を無礼討ちにした宗時だが、事情を上手く話せず、司法の裁きを受けることになる。刀を取り上げられ、逮捕され拘留されてしまう。

 もちろん調べが進んだ結果、誤解は解けた。宗時は釈放されたのだが、誰が見ていたのか、その剣さばきの素早さが巷で話題となる。若く凛々しい侍ムネトキ、サマノスケと地元の女性たちから大人気となって、メキシコの有名人ともなってしまう。実際の年齢は四十八歳であったが、髭も伸ばしていなかったから、若く見られたのだろう。


 人は自分の見たいものを見るという習性がある。例えばネジの頭が二つならんで、真ん中に縦の線がある物を見た時、よくある例だが、人の顔に見てしまう。

 女性が剣さばきの優れた男をみれば、若くてイケメンに違いないと思い込んでしまうのだ。話題となっている異国の美男子を見たいと思う願望から、頭の中で勝手にそう変換してしまうのである。はっきり言って錯覚なのだ。実際の年齢や顔の美醜など関係ない。それは日本だろうがメキシコだろうが変わりない。宗時はまさにメキシコの女性たちの間で、美男剣士の地位を確立してしまったのだった。



「左馬之助、また女子が覗いておるぞ」

「…………」


 宿舎の部屋の中からも、若い女子の影がちらほら見え隠れしているのが見える。遠方からわざわざ見に来ているらしい。


 左馬之助は女子に奥手な男だったので、この歳まで独り身を通していた。さらに次男坊でもあり、家を継ぐ煩わしさもない。実際にはある事情から家長という事になりかけていたのだが、そこで使節団の話が出た。左馬之助は何故か渡りに船と、自ら積極的に名乗り出ていたのだ。新天地に乗り出し、この目で海外を見てやろうと。

 だがその新天地メキシコで思わぬ人気者となってしまった左馬之助だ。スペイン人男性と先住民女性との混血であるクリオーリョの、マリア・パオラという名の女性と知り合う事になる。二人の出会いは、左馬之助にとって一度目の航海であったが、妻に迎えたのは二年後、二度目の訪問時であった。使節団の皆が羨む美人だったが、非常に賢く控えめで、日本人にも受け入れられる良妻賢母であった。





「宗時」

「はい」


 大阪城の一室である。日本に一時帰国している左馬之助を前に、おれ秀吉は海外の事情を話して聞かせていた。


「いずれスペインは没落してオランダが出て来る」

「…………」

「オランダの次は再びイギリスの時代が来るのだが、それは未だ先の話だ」


 宗時にはどんどん海外に目を向けてもらいたい。政宗は国内で宗時は海外だ。


「宗時」

「はい」

「寛容だよ」

「…………」

「政治は民の多様な価値観の違いを感じ、受け入れる事が出来れば上手く行く」

「…………」

「それは日本でも海外でも同じだ。異民族との交流は相手を思いやる必要がある。ローマ帝国が繁栄したのも、統治した国に対して寛容の精神が有ったからだ。時代が下りローマの財政状況が悪くなると、それまでの寛容さが無くなり、衰退して行く事になる」


 宗時は神妙な顔をして、おれの話を聞いている。


「では、オランダと日本を合体させてしまえばどうでしょうか」

「…………!」


 さすがのおれも直ぐには理解出来ずに、宗時の顔を見ていた。

 宗時はオランダがそんなに発展するのなら、日本国と合体させてしまえば、貿易障壁も無くなり、世界にどんどん出て行けるではないかと言うのだ。グローバルもグローバル。とんでもない先進的な考えだ。

 左馬之助を可能性のある者だとは見ていたが、そこまでとは思わなかった。だが少し危険な匂いを感じさせる男でもあった。


 使節団には海外貿易に参画しようと、堺の伊丹宗味ら上方の人びとを中心に全国の有力商人たちが多数乗り込んでいた。積み荷は行李数百個に及んだとされ、彼らは到着したメキシコで物の売り買いを行った。

 その商人達も思い付かないような、左馬之助のアイデアである。だがそのあまりにも激しい先進性が周囲に受け入れられるわけもなく、遂に大問題に発展してしまう事になる。


 おれ秀吉の年齢は既に五十代後半となり、殆ど出番は無くなる。六十一歳で亡くなったのだからな。おれは遂に将軍の座を政宗に譲る事にした。

 ところがその後も宗時の外交手腕は見事に発揮されて、日本国内外での名声を高めていくのだが、やはりここで問題が起きてしまう。宗時はとんでもない発想をしたのだ。


「マリアさん、私はスペインとポルトガルを攻略しようと思います」

「――――!」


 スペインと敵対関係にあるオランダとイギリス、その両国と手を組み、スペインに戦争を仕掛けようと言うのだ。オランダとスペインは宗教対立の問題から、一触即発の状態にある。そのスペインかポルトガルに、日本の旗を立てようと言うのだった。

 宗時はアジアに拠点を構えているオランダの出先機関と、盛んに連絡を取り始めた。


 そのような動きを見せている宗時を、政治的野心有りと政宗が疑い始めたのだ。宗時はおれに取って代わろうとしている。そう政宗から思われ始めたのだった。



 権力と才能に溺れると独りよがりになりやすい。ヒットラーも将軍達を信用していなかった。砂漠の狐と呼ばれて有名なロンメル将軍も、反乱を疑われる。ヒットラー暗殺計画に加担していると疑われたのだ。ロンメルを慕う配下の兵達から決起を促されるが、その者達を静かに諭して、ヒットラーから送られた小瓶入の毒薬を自ら飲み命を絶つ。国民に人気があるロンメルを反逆者ではなく、英雄の戦死としたかったヒットラーの思惑だった。



 おれは宗時を呼んで話し始めた。


「宗時」

「はい」

「有能なモンゴル兵は、戦利品を敵に投げながら戦場を離脱したと言うではないか」

「…………」


 おれは宗時が心配だったのだ。このままでは破滅する。若くして成功した者が陥りやすい場面に来ているのだろう。


 だがやはりと言うか、政宗との確執は、やがて抜き差しならないところまで進んでしまう。

 ついに宗時は自宅謹慎を命じられることになる。将軍政宗の理解が得られない以上、海外への侵攻などあり得ない話となってしまう。


「左馬之助さま、逃げましょう」


 妻に悩みを打ち明け、おれ秀吉の言葉を話して聞かせた左馬之助は、マリアの勧めを受ける。遂に二人で二度と帰らない日本脱出を決意したのだった。

 やがてマリアの故郷であるメキシコに渡航して居を構えた二人は、当時周囲から差別を受けていたクリオーリョの地位の向上を目指して活躍を始める。妻と共に独立運動に身を投じ、様々な成果を上げて生涯を終えたと伝わっている。

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