第2話 桶狭間
ある日の事、おれは街道をやって来る一団を目にした。
二十人ばかりで、半分は女だ。その華やかな行列を守っているのは簡単な具足を付けた十人ほどの侍で、真ん中に輿。
「ん?」
これはどこぞの大名家中のもの達であろうか。ところがその輿が目の前を通り過ぎようとした時、おれは思わず飛び出していた。
「申し上げます。この先に野武士の群れが潜んでおりますゆえ――」
「何者!」
ばらばらと駆けつけた侍に取り囲まれてしまった。
野武士だのなんだのは、もちろん口から出まかせだ。おれの反射神経が「やれっ」と指令を発しただけだ。この輿にはきっと綺麗な姫さまが乗っていらっしゃるに違いない。
「いえ、私は今川家の家臣の者で御座いますが、この先にあやしい奴らを見かけたので、念のためお知らせしようと……」
その時、輿の幕がそっと手でよけられると、少女とおぼしき者の顔が見え、きれいな声が、
「どうしたのですか?」
「は、この者が……」
だが結局おれには明確な話しも情報もなく、追い払われる。
「ふざけた奴だ。又このような真似をしたら唯では済まさんぞ」
やがて行列は何事もなく通り過ぎて行く。しかし、おれの脳裏にはその少女の面影がくっきりと残った。
「綺麗な姫君さまだったのう!」
この騒動を近くで見ていた者に言ってみた。
「清州の皆さまじゃ」
「清州と言うと――」
「織田家でな、妹君の市姫さまと言われるお方だ」
おれが今川家を飛び出して、再び放浪するのは、そのすぐ後だった。もちろん清州を目指す。
「お願いいたします!」
押しの一手で織田家の門を叩いた。
やがて毎日大声で頼むおれに根負けした門番が、報告してくれたようだ。
「その方今川家に奉公していたとの事だが、どの程度の内情を知っておるのだ?」
敵の情報を知っている者を取り立てる事はよくある。さほど特別な事ではない。利用価値が有ればそれ幸いだ。結局まんまと織田家の足軽になった。これで市姫さまの近くに仕えることが出来た。
奉公が決まると、すぐに弓衆の浅野又右衛門の長屋に住むことになる。
そこでおれはねねという娘と出会った。ここでは藤吉郎と名乗る事になっていたので、
「藤吉郎と申します」
「藤吉郎さんね、よろしく」
娘はおれの顔を見ても笑顔を変えなかった。女性の目は意外に正直で、口とは裏腹な、その者の内面をさらけ出してしまうものである。この娘の目には親愛の情といったものが感じられて、おれは好感を持った。市姫さまのような高貴な方に対するあこがれとは違う感情だった。
それから半年後の永禄三年五月十九日、早朝であった。城内は唯ならぬ騒動で幕が開いた。二万五千もの大軍を率いて今川義元が上洛の途に就き、織田軍の砦を落としながら、鳴海方面に布陣していた織田軍を打ち破ったのだ。その後は田楽桶狭間に集結しているとの情報を入手した信長は、たった五騎で駆け出した。
今川の大軍に対して、信長の後を追って行く織田側は二千とか三千だったとか言われている。約十倍と圧倒的な差だが、今川方は狭い道や兵站やらの都合等で、軍勢は伸び切っているだろう。義元を直接守る兵力と、本陣を突くと思われる信長が引き連れていた兵との差はそんなにないはずだ。
もちろん急襲された側が混乱すれば、襲撃する側に利がある。
「この戦は勝ち戦だ!」
結果を知っているおれは周囲に触れ回った。
「今川の殿様は信長軍から首を取られるぞ!」
徹底的に怒鳴り続けた。負け戦なのではないかと感じている者達を、叱咤激励して回ったのだ。
なにしろ今川義元本陣付近の局地戦を考えれば、織田軍と義元本陣の兵力差は、多く見ても向こうはせいぜい倍くらい。もちろんそんな事を考えるのはおれだけだ。織田方の殆どの者は今川軍はとにかく大軍だと、それしか考えていない。当然今川方が圧倒的に勝っており、絶対この戦さは負ける。そう思ってるいる者ばかりだろう。
「勝ちだ、勝ちだ、今川義元を討ち取るぞ、味方は大勝利だ!」
おれは声を限りに叫んで走り回った。
結局、織田方の誰もが勝つはず無いと思われたこの戦に、信長は寡兵で勝利したのだ。
二万五千もの大軍を率いる今川義元を打ち取ると言う大勝利だ。清須城に籠城をと言う家臣達を排して、敢然と討って出た信長の勝利だった。
今川義元は尾張を攻めた。相手はもちろん織田信秀の死で家督を受け継いだ信長ですが、当時はまだ名もなき一国の領主。義元はじわりじわりと子羊に近づいて行くオオカミだったんでしょう。
そして、千五百六十年(永禄三年)五月十九日、ついに今川義元が動いた。桶狭間の戦いと呼ばれる歴史的合戦となります。
今川軍が二万五千というのは、大軍と呼ぶにはなんだか少ないように感じてしまいますが、どうなんでしょうか。ただ今川領の総石高を元に計算すると、二万五千でも多すぎると異論を唱える論者もいるようです。
今川方は徐々に土豪らが加わる遠征で、二万五千の中に荷駄兵などが多分に含まれていた。したがって双方の戦闘力に各段の差は無く、まず信長軍は前方に展開していた今川前衛軍を打ち破り、本陣に攻め込む乱戦となると、義元は300人の旗本に守られ逃げたという。やはり勝ち戦さとの過信が招いた結果だったのだろう。
「藤吉郎殿」
「ん?」
「上様がお呼びです」
なんと信長様から声が掛かったのだ。
「その方か藤吉郎と申す者は」
「はっ」
「なにゆえこの度の戦は勝つと触れ回ったのだ?」
どうやら俺が「勝つぞ勝つぞ」と大声で喚き散らしていたのを側近の誰かが聞いて、それが上様の耳にも入ったようだった。何しろ義元殿の首級を上げるという事まで言っていたのだからな。
だけど問い掛ける信長に対して、転生だとか未来だとか、そんな世迷い事を言っても通じないだろう。もちろん結果を知っていたなんて言えない。信長の機嫌を損ねたりして、下手すればこっちの首が飛びかねない。
さあ、どう答えるか……。ここは腹を括るしかない。おれは乾いた喉から声を絞り出した。
「今回の戦は、地の利、天の利、人の利が御座いました」
「…………」
信長はその先を早く言えというような目をしている。おれはそう見た。
「今川勢で御座いますが、聞き及んでいるような大軍で狭い道を歩き続けていれば、兵站は伸び切って薄くなりましょう。これが地の利で御座います。天候も雨になり、急襲には都合の良い、見通しの暗いまるで夕刻のような天候でした。これが天の利。後は何よりも上様がお持ちでいらっしゃる、固い必勝の御決意で御座います。これが人の利です。ですから、この度の戦さは大勝利だと叫んだので御座います」
黙って聞いていた信長は、ひとしきり機嫌よく笑うと、
「ところでその方は今川の元家臣であったと聞くがそうか?」
「はい」
「よし、これからは儂の草履取りになれ」
「ははっ!」
翌年の三月、清洲城に三河の松平元康がやって来た。勿論後の家康である。信長はこの元康を討つよりもと同盟を選んだのだ。
今川の一将であった元康は、義元の上洛に加わっていたのだが、別働隊の先鋒として戦っていた為難を逃れた。今川氏から自立して松平氏の旧領回復を目指す事となった元康、桶狭間以降は自分の居城岡崎に拠って粛と城をかためていた。将来の家康は二十歳、信長との会見を終えて出て来た時に、草履を揃えたのが藤吉郎、後の秀吉であった。
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