今度は秀吉だ

@erawan

第1話 転生

 最初は鶴松で、前回は秀頼に転生し、今回の話は秀吉。

 これは、スナック菓子をつまみ食いするような小説です。コーラとか飲みながら、太平記というポテトチップスを食べる感じです。





「これがおれの顔か……」


 見たくはないが、何度も確認をしてしまう。唇がしぼんで、まるでじいさんの顔ではないか。のどの渇きを覚え、やって来た川のふちで水面をのぞいて、しげしげと眺めての感想だった。

 フリーターのおれが再び転生した先の男は、五体満足どころか、精力を持て余しているような若い身体の持ち主なのに、なんだこの顔は。これからこの顔とずっと付き合って行くのかと思うと、がっくり来てしまった。せめてこの口だけでもなんとかならなかったものか……

 おれは昨夜の憂鬱な出来事を思い出していた。




「やだあっ!」


 道端で連れだって居た二人組の女郎が放った言葉だ。藁で編んだ筵を丸めて持っている片方が、


「この男どう?」


 と隣の仲間に聞いた返事が、即座に「やだあっ!」であった。

 女郎にもそっぽを向かれては、男として立つ瀬がない。



「トキ」

「なあに」

「これは無いよ」

「…………」


 トキとは、おれをこの戦国の世に転生させてくれた、宇宙の時を超越した存在である。前回は秀頼に転生を頼んだ。そして豊臣の天下を実現して、行きがけの駄賃とばかりインゴットを少々頂いての帰還だった。ところがすぐにまた戦後時代に行きたくなってしまった。今回は思い切って秀吉だったのだが、その結果がこれだ。

 秀頼はなかなかの男前だったのだが、秀吉は……


「多少は覚悟をしていたけど、ここまでとは。もう少しまともだと思っていたよ」

「本当だから仕方ないわね」


 トキはつれなく言った。

 秀吉の若い頃に転生を頼んだが、こんなにひどい顔だとは思わなかった。

 多少の事は覚悟していたが、あまりにも違い過ぎた。いまさら言っても無駄なんだが……





 今回転生先のおれ、つまり将来の秀吉は、愛知郡の中村という村を飛び出した。コソ泥やかっぱらいをして糊口をしのぐ日々から、野武士の群れに入った。その当時の秀吉に転生したのだ。

 もぐりこんだ盗賊集団は、尾張の蜂須賀村辺りを本拠地としていた。運が良ければ諸大名に雇われたりする者も居る乱波で、偵察、諜報、放火、流言、暗殺など、依頼されればなんでもやった。追いはぎなどは日常の世界だ。

 体力だけは自信が有るおれはすばしっこく何でもやった。


「お前はなかなかいい度胸をしているではないか」


 頭目の蜂須賀小六が言ってきた。


「野武士にして置くには惜しい奴だが」

「おれは大名になる」

「なに、大名だと!」


 小六は豪快に笑い出した。


「おい、聞いたか、この小僧が大名になるんだとよ」


 小六はまた愉快そうに笑い、続けて言った。


「では、おれとどっちが早く大名になるか競争しようではないか。はっはっはっ!」


 ところが頭目だけではない。仲間内でもおれは一目置かれるようになっていく。どうも周りの連中のやる事を見ていると、要領が悪いのだ。大声を出して獲物の後を追い掛けて行く。


「あほか」


 それでおれが采配を振るう。獲物とする奴らの動いていく速度と方角を見定めて、先回りをするんだ。これでうまく行く事が多く、次第に頼られる存在になっていった。


 三年ほどして、今度は今川家に奉公口を求める。野武士などはいつまで続けていてもらちが明かない。止める事にしたのだ。やはり早く本物の武士になりたい。

 今川領は今の静岡県西部から中部に掛けての領地で、のんびり歩いても端から端まで一週間ほどの距離だ。領内をうろついていると、運よく馬に乗った侍と出会った。これが今川家に仕える重臣で松下加兵衛であった。もちろんそんな事は分からない。それらしい武士を見かけたので、とっさに飛び出したのだ。


「お願いで御座います」


 おれは地面に片膝をつき、丁寧にお辞儀をした。これがきっかけで侍になれるはず。楽天的なおれはすぐそう思った。

 だが、その侍は、


「そこを退かれよ」


 そう言っただけで通り過ぎてしまう。

 もちろんおれは後を付けて行く。馬は走らせている訳では無いから、十分付いて行ける。何処までも付いて行くと、供の者が、


「あの者はまだ後を付けて参ります」


 振り返った侍は、


「その方の望みは何なのだ?」

「ぜひそれがしを家臣に」


 馬上の侍は先ほどとは違い、おれの風体をしげしげと眺めると、


「……家臣は無理だがな、まあそんなに言うのならついて参れ」


 こうしておれは松下家の下働きとして仕える事になった。松下家は今川領内の久能城主であった。だがここでもおれの働きぶりは気に入られて、草履取から供侍にまでなれた。やっとこれで本物の侍だ。もう二十歳を過ぎている。

 この頃松下家には妙齢のお嬢さんが居た。おれも何度かその姿を見つめる事があり、それを見た同僚が笑って、


「よせよせ、お前の顔を見て見ろ」


 人の一番傷つくことを平気で言う神経には腹が立つが、まあ確かにそれは真理だ。だがな、今に見ておれ、いつかは大名になって見返してやる。

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