8話 初陣
大河ドラマや歴史ものの映画も観てきたし、歴史的な造詣の深いシミュレーションゲームにもある程度は触れてきた。
だから「戦争というものは、だいたいこういうものだ」という意識が頭のどこかにあったのかもしれない。
歩兵と歩兵がぶつかり合い、槍で敵を叩きつけ、馬が走って敵の陣形を崩す。そして、圧力でもって押し切る。
今更グロ耐性が無いとか、人を殺すのが怖いとか、そういうまどろっこしいことを言うつもりは全くない。
まぁ、曹昂の記憶の中には、戦場で敵兵を殺したなんて経験もあるわけだ。それがあるからか、基本的に戦場に抵抗はない。
ただ軍を統率する立場になって初めて見えるものもある。これが、本物の戦場なのかと。
「……砂埃で何も見えん。何も分からん」
考えてみればわかるが、これはゲームじゃない。衛星中継のような、空中から戦場を見通せる術があるわけでもない。
ただただ広範囲にわたって砂埃が舞い、あちこちで兵の喧騒と馬の足音が聞こえてくるだけだ。あとは銅鑼とか太鼓の音。
騎馬隊をどこにどう動かすのか、どこの戦線を押し上げ、どこに援軍を差し向ければいいのか。分かるわけがないこんなもん。
特に俺が居るのは軍の最後方だから、本当に何が起きてるのかが分からない。ちなみに、于禁は前の方に行って全軍の指揮を執ってます。
歴史上の人物にさ、コイツは戦が下手とか馬鹿とか評価したくなることあるけどさ、実際に現場を見てみるとマジで恥ずかしくなるわ。
よくもまぁネットで偉そうなことが言えたもんだよ。人の立場になってものを考えるって大事。
「既に敵の主力部隊は、私たちがここに来るより以前に曹仁将軍が破っていたみたいですね」
「不其。何でお前が、俺の馬車に同席してるんだ」
「私は巫女であり易者ですよ? 戦の趨勢を占うために、総帥の側に居るのは当然のこと」
現代に生きていた俺からすると、占いとかいうものはもはや詐欺に近いイメージがある。科学と統計こそが正義だと思ってる節もある。
しかしこの時代は違う。「易」と呼ばれる、いわゆる占いの学問は生活にとって欠かすことが出来ないものとされている。
例えば中華の史上初の統一を成し遂げた「始皇帝」は「焚書坑儒」と言われる、思想や知識人への大々的な弾圧を行った。
しかしそんな始皇帝でも「医学」「易」「農業」に関する書物だけは焼き払うことが出来なかった。
それはなぜか。この三つが生活に欠かせないものであり、排除してはならないと考えていたからだろう。
戦争は命を資本としたビジネスであり、決して失敗は許されない。だからこそ運勢というのは非常に重視されていた。
日本の戦国時代でも群雄に従う「軍師」は、必ず占いに長けた者でなくてはならなかったほどだ。
「于禁将軍からの伝令に御座います! 敵部隊の掃討を終え、曹仁将軍は追撃に移りました! 捕らえた敵将の処遇は如何しましょう!」
「連れてこい」
「御意!」
「どうなさるおつもりで?」
「話を聞いた後に殺す」
「……以前の曹昂様とは、まるで別人ですね。それが悪いとは申しませんが」
記憶の中の曹昂は、まぁ、言っちゃ悪いが「良い人」だった。善良で、素直で、真っ当で、曹操の自慢の息子という優等生だった。
恐らくその曹昂のままであったら、この反乱を起こした領主達を皆殺しにしようとはしなかったはずだ。しても、胸を痛めていただろう。
ただ、それじゃあ「乱世」を生きる群雄にはなれないだろう。勝手ながら俺はそう思っている。
恩情で人が従うのは物語の中だけ。人間を統治するには恐怖こそが最適であると、マキャベリや孫子も似たことを言ってるし。
そんなことを考えていると、于禁に連れられて数十人の男達が引き立てられた。
皆それぞれが傷を負い、全身を縄で縛られている。
「何故、背いた」
「我らの土地を他所者に与え、戦ばかりで民を顧みなかったからだ」
「それならもっと早くに兵を挙げれたはずだ。どうして今なんだ。裏に誰かいるんだろう? 今が好機だ、曹昂は容易く倒せると唆した者が」
「……」
「この曹昂を、あまり軽く見ない方が良い。それをお前らの首で天下に示す。獄に繋いでおけ」
兵に蹴り上げられながら、男達はぞろぞろと収監車へと連れていかれた。
それを見届けてから、于禁を手招きで呼ぶ。白銀の鎧が砂埃にまみれていた。
「将軍、見事な手際だった。貴方が居なければ今の自分はなかっただろう」
「勿体なきお言葉。これは、先だって敵の集結を阻んだ曹仁将軍の功績です。私はただ掃除を行ったのみ」
「それでも礼を言いたいんだ。それと、反乱へ加担した者は女子供問わず例外なく首を斬れ。父亡き隙に付け込もうとする輩をここで断ちたい」
「それは私も賛成です。朝廷への反乱は三族皆殺しにすべきという法もありますので」
「ただ、その処罰を決定するのは陛下だ。証拠が欲しい。将軍にはその手続きを進めていただきたい」
「承知しました」
「父の時と変わらず曹昂を支持する者には手出しはしない。それが分かるように出来ればいいんだけどな」
于禁は歴史にもある通り、極めて厳格な気質らしい。軍人として、これほど得難い存在もないだろう。
とりあえず混乱が収まるまでは、于禁に兗州を任せよう。どこか不安そうな不其を横目に、俺は軍の帰還を命じた。
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