第2話 竹取の翁

 その老人は、いつもどおり、裏の竹藪へと仕事に出かけた。

 70を超えた年齢ではあるが、まだまだ現役、その腕は若い者には負けないとの自負がある。

 この仕事を始めて60年。

 材料の竹を伐採し、乾かし加工し、竹籠なんかを作って売るのがその老人の仕事だった。

 製品の評判はいい。

 休みなく働いて、なんとか妻と不自由なく暮らしていける程度だが、穏やかな日々だ。

 竹藪の近くに居を構えたため、村の外れ、のさらに外。

 近所に住むが故の煩わしい喧噪もなく、かといって、村から弾かれるような類いでもない。いやむしろ、腕の良い職人であり、人生の先達として尊敬され頼られている。

 公私ともに充実した、そんな日々に文句などあろうはずもなかった。


 たった1つ残念なことと言えば、10歳も離れた妻との間に子宝を賜らなかったことか。それでも、竹のじいさまばあさまと、村の子供たちがやってきては、竹作りを教えろとせがんでくる。

 もう何十年にもわたり、竹で作った玩具が村の子供たちの手で作られているのは、密かな儂の自慢じゃ。



 そして。

 今日も今日とて材料の竹を取りに竹藪へ。


 竹は青々と茂り、太陽を遮り、昼なお暗い世界を作り出す。

 サワサワと風に揺られて葉が立てるざわめきは、噂に聞く波の音にも似るのだと、儂の作った竹籠を仕入れに来る商人から聞かされた。

 始めて訪れる者にとっては不気味なそれらも、儂にとっては通い慣れた道。まさに日常。


 今日は少し奥の竹も間引いておこう。


 そう思い、少々足を藪の先にまで伸ばした、その儂の目に飛び込んできたのは・・・


 「なんじゃ、あれは!」



 ************************


 ビービービー


 何よ、うっさいわねぇ。


 警報音に、私は寝ていた意識を強制的に浮上させられる。

 室内に響く警報音。

 だけでなく、室内を照らす明かりが赤と白のフラッシュを繰り返している。

 何よこれ?

 てか、ここはどこ?

 窮屈を感じて、私は身じろぎをした。 


 ん?


 あ、あーーーーー!


 そうだ。そうだった!


 私は流刑に処せられたんだ。

 魔力を吸い取られ、赤ちゃんサイズに、いいや、それ以下のたった10センチ程度のサイズにされてしまったんだ。

 そして、ロケットに乗せられて、辺境の星へとワープさせられて・・・・


 多分、宇宙の旅の間は、コールドスリープ状態だったはず。

 で、目が覚めたってことは、到着、したの?

 今意識があるってことは間違いない、着陸は成功したのね。着陸だけは。

 でも何よ、いきなりピンチ?

 警報音が鳴り止まない。


 「一体何がどうなっているのよ。外はどうなってるの?」

 私が思わず叫んだら、それにAIが反応したのか、警報が鳴り止み、と、同時に外を映すモニターが目の前に起動した。


 え、ええええーーーーー!


 早速ですかぁーーーー?


 モニター越しに映るのは、おそるおそるこっちへと歩み寄る原住民らしき者。

 あーよかった。

 服は着てる、よね?

 そのぐらいの文化程度はあるってことよね?

 て、ちょっとちょっと、ちょっと待ってぇ!

 なんで突然刃物を振りかぶってるのさ!!

 ぼ、防御?反撃?なんでもいいよ、助けてAI!

 第一種接近遭遇、原住民との接触即攻撃ってなんて野蛮なところに放り込むのよーーーー!!


 ピカッ!!


 私の叫びに合わせたか、どうやら目くらましのライトを使ったよう。

 うん知ってた。

 AIが攻撃を許容するのは最終手段。

 せいぜいが、目くらまししかしてくれないよね。


 原住民は光に驚いて、目を覆いながら尻餅をついたよ。

 こっちをガン見してるけど、ポカンと開けた口は、そのまんまポカンってことだよね?

 「ドアを開けて。」

 ウィーン。

 少々暗いからライトはつけておいてね。

 そうして、ロケット自体がぼんやり光ったまま、斜めに入り口が開いたわ。


 尻餅をついたその原住民だけど、腰が抜けてたわけではなさそうで、持っていた刃物を片手に、へっぴり腰でゆっくり近づいて来る。


 これは、雄、よね?

 強そうには見えないわね。

 いざとなったら、残された魔力だけでなんとか逃げれそう、そう思った私は、その原住民を見上げて、できるだけ穏やかに微笑んだ。

 あ、大丈夫かな?

 種族によっては威嚇の表情に見えるって聞いたことがあるんだけど。



 「これは、たまげたぁ。」


 私と目が合ってしばらくフリーズしていたその原住民が、そんな風に私を見て言った。

 うん、分かる。翻訳装置は仕事をしているようだ。


 「まさか金の竹からこんなめんこい金のお子が出てくるとはなぁ。長生きはするもんじゃて。」

 そう言うと、原住民は刃物をベルトにはさみおそるおそる私へと手を差し出した。


 「ほおれ、こわくないぞぉ。誰がこんなめんこい子を捨てたのかのぉ。にしても金の竹の中に捨てるとは、いったいどんな人が・・・いやいや、こんな幼子を捨てるような親じゃ。ろくなもんではなかろうて。それとも何か?ひょっとして子のない儂らを哀れんだ神が使わしてくれた神子じゃろうか。ほんにめんこく、ほんに小さい。こんな小さい子が腹から出て生きているとは、それこそ奇蹟じゃ。きっと神が儂らに賜った子なのじゃろう。」

 いや、長いし。

 ずっと笑ってるの、結構疲れるんだよね。

 でもまぁ、そのなっがぁい独り言のお陰で、この原住民が私を害することはなさそうってことは分かったわ。情報をゲットするためにもこの人にお世話になろうかしら。うん、そうしよう。


 私は抱き上げられるに任せて、その原住民に身をゆだねた。


 それは老人で、その妻も老人のようだった。

 彼はロケットに似た「竹」と呼ばれるあの植物を使って籠なんかを作り売って生活しているらしい。うん、十分に原始人。まぁそのお陰でこの10センチ程度の身体に合った竹のゆりかごをささっと作って寝床にしてくれた。

 うん、これはいいのよ。

 植物の香りも悪くない。

 だけどね、この布。

 ぼろ切れを布団替わり?

 冗談でしょ?


 話をチラッと聞くに、裕福な家ではないようだ。

 さりとて貧しいわけでもない(まじかぁ)。

 貴族とかそんな上流階級がいて、そんな人達はもうちょっとマシな暮らしをしてそうね。

 だけど、ここは人里からちょっと離れているみたいで、拠点にするには悪くない。

 下手な金持ち=貴族と絡むよりここを豊かに過ごしやすくする方がベターかしら?


 この男女、私の髪や目を見て、黄金だと騒いでいる。

 ということは、金が価値ある物、という認識でいいのかしら?

 なら残った魔力で錬金術を使って金を作り与えれば、住環境を整えられるかしら。

 私を見て神からもらった子だ、なんて、喜んでるし、ちょっとぐらいハメ外しても、神の子だからで通るでしょう。原住民、ちょろいわぁ。


 ていうか、この髪や目の色は珍しいのかしら。

 金髪と金の目は私のチャームポイントではあるけれど、ここに馴染むにはできるだけ現地人に似せた方が良いわよね。二人を見るに、髪は黒と白が混じってて、目は黒い?これは黒か白にするのが正解かしら?それとももうちょっと情報収集した方が良い?

 幸い宇宙服もピッタリ系の黄金色。なんとなく身体を金色に光らせて包んでおけば髪はいったんごまかせるわね。光を除いたときにこの地のありがちな色に髪も肌も合わせるべきね。原始人のコスプレも、まぁありか。


 私はそんな風にのんびり構えることにした。

 どうせ刑は簡単には終了しない。

 しばらくはこの星で生きなくちゃならないんだから。

 サバイバルの始まりとしては上出来よね。

 私は言葉が話せることをゆっくりとこの夫婦に教えて上げた。

 さすがは神の子、と、大喜び。

 黄金を上げるから私にいい暮らしをさせてね、ってオブラートに包んで言うと、それもまた大喜び。

 とりあえず、明日。

 宇宙船の着陸したところは結界で閉じなきゃならないし。

 文明の痕跡は隠さなきゃ、ね。

 私ってばなんて優秀な科人とがびとかしら。

 はぁ。

 適当に言って明日あそこに連れてってもらうことにして、辺境の星の初日はゆるりと終了、です。

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