辰砂ジンジャー辛苦味 5

「せや、魔石や。なんや、メグは魔石に興味があるん?」


 けろりとウソ泣きを辞めて立ち上がるミコトさんに、「お前だましたな!」とシシさんが怒っている。

シシさんの怒りを気にもせず、彼は私に魔石と呼ばれた石を見せてくれた。


「これは氷の魔石や。小さいさかい、できることはたかが知れてるけどな」


 白に限りなく近い薄い水色。

小指くらいの大きさのそれは、周囲に冷気を発している。


「それって、どこで手に入れました?」


 問いかけに、ミコトさんが考え込むように口元に指を当てる。


「なんで知りたいん?」


 どこまで話してもいいものか。

私は少し、悩みながら言葉を紡ぐ。

陽夏の杖を飾る魔石を探していると、たどたどしく話す度、彼の表情に企みの色が浮かんでくる。


「……ということなんですけど」

「なーるほど、なるほどなぁ。……うん、分かった」


 何が分かったのか。

彼の中で自己完結した話を、私はドキドキしながら待つしかできない。

提案をしようとする彼の唇は、にんまりと愉悦に歪んでいる。


「せやったら、わしからメグに依頼を出すで。それができたら魔石を融通してもええ」

「依頼……?」


 どんな依頼なのか。

詳細を聞こうと乗り出す身体を、背後から引き留める人物がいた。

ネアだ。


「おい、なにをメグにさせようとしているんだ」

「おお、こわ」


 お道化たように肩を竦めるミコトさんを睨むネアは、私の肩を放そうとしない。

それを見たミコトさんは、名案を思い付いた、と言わんばかりにわざとらしく声を張る。


「ちょいしたお使いや。不安なら、ネアも一緒に着いて行けばええよ」

「お使い?」

「おい、知っていると思うが、メグは高校生で行けるところは限られているからな」

「いけるいける。高校生でも行ける範囲のお使いやさかい」


 過保護やねぇ、と揶揄われるネアの頬に朱が差す。

ようやく解放された肩に若干の寂しさを覚えつつ、私はミコトさんに向き直る。


「で、何を取って来いと?」


 話を切り出したのはネア。

彼は威圧をほんの少し孕んでミコトさんを睨みつけている。


「ネア、どうしてミコトさんを睨むの」

「こいつが気味悪い笑顔を浮かべているときは、大抵ろくでもないことを考えている時だ。メグも気を付けろ」

「ご挨拶やねぇ。ま、さっきも言うたとおり、高校生でもできるお使いやで」


 そう言いながら、ミコトさんは一枚の写真を携帯画面から見せてくる。

覗き込むと、そこには目の覚めるような赤色をした石の姿。

ごつごつと凹凸のあるそれは、どこかで見たような形をしている。

むしろ、毎年見ているような気もする。


「この形、ショウガですか?」

「大正解。こら辰砂ジンジャーっちゅう宝石やで」

「宝石、これが……」


 ショウガと判明してからは最早ショウガにしか見えなくなったそれを、彼は宝石だと宣った。

他の宝石のように透明感はない。

けれど、マットな口紅のように、べったり深紅に染まったそれは、存在感がある。


「ボス部屋は一回通らなあかんけど、そこまで深い階層ちゃう。どや? やってくれる?」

「……あの、質問いいですか?」

「ええで。何聞きたい?」

「私に頼む理由って何かなって。手に入れたいなら、協会の方に依頼を出したほうが確実のような気がして」


 質問に、彼は眉を下げて答えてくれる。


「一番は高いからやな。もちろん、メグへの依頼料をケチりたいって言う話しちゃうくて。協会は純粋な依頼料に加えて手数料、仲介料入ってくるさかい、確実に手に入りやすなる分、割高になりがちなんよ」


 それに。

彼はネアの方へと視線を向ける。


「メグとネアが行ってくれたら、目的の半分以上は達成したもおんなじやさかいね」


 にんまり笑顔が復活する。

目的の半分以上が達成?

私は彼の表情に、陽夏や結衣ちゃん、シシさんの表情を重ねた。


「ミコトさんまで何を言うんですか!」


 落ち着いた顔の温度が、また上昇するのを感じ取った。

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