辰砂ジンジャー辛苦味 4

「……よし、そろそろ休憩入れ」

「おー、休憩、休憩ー」


 放課後、パルクールクラブにて二回目の休憩。

私は流れる汗をタオルで拭い、ペットボトルの水を勢いよく飲む。


「メェちゃん、魔力の使い方だいぶうまくなったなぁ!」

「ありがとうございます、シシさん」


 同じく滝のような汗を流しっぱなしのシシさんは、ミコトさんからタオルを投げつけられている。

やいのやいのと文句を言っているシシさんと、笑みを浮かべながらはんなりとそれを躱すミコトさんの攻防を横目に、私は右手を握ったり開いたりしてみた。


 たしかに、彼の言う通り魔力と呼ばれている力の出し入れはスムーズになったと思う。

まだ思い通りにいかないことも多いけれど、多少のコントロールも。

それはきっと、夏休み中ずっとダンジョンに付き合って、さらには指導までしてくれたネアのおかげ。

私の視線を受け、少し離れたところにいたネアが近寄って来る。


「どうした、メグ」


 片手にスポーツドリンクを、もう片手に白いタオルを握りしめながら近寄ってきた彼に、私ははにかむ。


「ううん。恵まれてるなぁ、って」

「……? そうか」


 話の内容が掴めないのか、きょとんとした顔で首を傾げる彼に、笑みが零れる。


(私のこの気持ちは、私だけのもの)


 そう言ってくれた姉の顔が脳裏に浮かぶ。

未だ不思議そうな顔をしているネアに、心臓の辺りがふわふわと落ち着かなくなって、ぎゅ、と胸元の服を握り込む。


「あー! なんかメェちゃんとネア、いい雰囲気出してるんだけどー!」

「このあほ! おちょくられるんが嫌な人もおるやろ!」


 その様子を目にしたシシさんは、少し大きめの声で私たちを指さす。

その背後から、ミコトさんが彼の頭を力いっぱい叩いていた。


「や、そんなんじゃないです!」

「えぇー? ほんとにー?」

「ほんとですって!」


 ミコトさんに力いっぱい叩かれたにもかかわらず、けろりとした顔で彼はにやにやと笑みを深めている。

お手上げ、と言いたげにミコトさんが両手を上げて首を振っている。あ、溜息吐いた。


「諦めないでください、ミコトさん!」

「や、無理やな。かんにんえ」


 そもそも肉体言語が通じる人なら、今頃ミコトさんに殴られたり蹴られたりすることもないのか。

脳が一定の理解におよび、乾いた笑い声を吐き出した。


「よー、ネアー。お前、メェちゃんのことどう思ってんの?」

「うん? メグのことか?」

「あ、ちょ、シシさん!」

「ふっふっふー。だーいじょうぶ。おにーさんに任せなさーい」

「あぁ、もー! いい加減怒りますよ!」


 頬が膨らむ。

羞恥で顔が赤くなるのを感じ、シシさんに文句を言うが、どこ吹く風。

彼はネアと肩を組んで室外へと出て行ってしまう。


「ちょっと、もう……!」


 深くため息。

バクバク鳴り出す心臓がそれで収まるわけもなく。


「シシはあないなやつさかい。立てる?」

「ありがとうございます……」


 ミコトさんに差し出された手を取って、少しだけ震える足に鞭を打つ。

す、と立ち上がった視界の先、閉じられていた扉が開いた。


「ええっと……」

「どないした?」


 戻ってきたのは変わらずシシさんとネアのふたり。

だが、ほんの少し外に出ていた間に何があったのか。

意気揚々と出て行ったシシさんは、老人のようによぼよぼと戻ってきた途端、ぱたりと床に倒れ伏す。

ネアは普段通りで、むしろなぜシシさんがこうなっているのか、理解できていないようだった。


「ピュアっピュアな純粋さに当てられた……」

「馬に蹴られたんやな」


 あほ……。とため息とともに投げかけられる言葉は、シシさんの背中にグサグサ刺さっているようで、呻き声が聞こえる。

一方私たちは。


「え、馬? いたの?」

「いや、馬はいなかったと思うが……」


 話の内容がよくつかめなかった。

首を傾げ合っている私たちに、シシさんがサムズアップをする。


「メェちゃん……。俺は応援しているからな!」

「え、ちょっと待ってください、何を話したんですか?! 待ってそこで気絶しないでちょっとシシさーん! 気になるところで話を切らないで!」


 茶番か本気か。

彼は「床、冷たい……」と呟きながら、かく、とその意識を落とす素振りを見せる。

しかしその茶番も、ミコトさんに蹴られて終わった。


「いてぇ!」

「あほなことしてるさかい、つい」


 悪びれないミコトさん。

彼は首に下がったロケットペンダントを取り出す。

ふと、ダンジョンに置いてきてしまった遺品を思い出してしまい、ほんの少し感傷に浸る。

その間に彼は、薄く白色に、見ようによってはとてつもなく白に近い水色に輝く小石を取り出していた。


「ほーれ、治癒の魔石やでー」

「わー、治癒の魔石だー。つめてぇ! 氷の魔石だろ?! 治癒じゃないだろ!?」

「痛いとこ冷やしたろ思て……」


 よよ、となよ竹のかぐや張りに泣き崩れるミコトさん。

実際に涙は流れていない。

しかし私は、明らかにウソ泣きの演技をかましているミコトさんよりも、それに騙されたのかオロオロしだすシシさんよりも、特段気になる言葉が出てきたことに意識が集中していた。


「魔石……?」

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