辰砂ジンジャー辛苦味 2

 未だニマニマ笑いが止まらない陽夏と、疲れて机に突っ伏す私。

先ほどまでの立場が完全に逆転した。


「いやぁ、とうとうメグにも春が来たなぁ」

「言うと思ったよ」

「お? なになにぃ、予想していた感じー?」

「していた感じ。絶対陽夏ならそう言ってくれるって思ってた」

「照れるしー」


 然程照れていない風に照れると言って、たはーと笑う陽夏。


「まぁ、ウチ応援してるし。聞いた話、メグならいけるっしょ。完全脈ナシって感じでもないしー」

「うーん……。いや、どこに脈があるの」

「手首とか?」

「そりゃ手首ならあるよ。じゃなくて、初恋の女の子が付けたニックネームを今も使っているくらい、初恋の子を大事にしているんだよ?」

「ありゃ」

「言ってみれば、一途だよ?」

「一途な男はいい男じゃね?」

「いい男だろうけど、割り込む隙間ないでしょー」


 あー、と言いながら再び上げていた顔を机に突っ伏す。


「……私によくしてくれるのだって、絶対おねえちゃんの妹だからだもんね」

「そうなん?」

「なんか、おねえちゃんに高校時代絞められたんだって」

「ウケる」


 うけけ、なんて笑い声を上げる陽夏の顔をじっとり見る。


「……あれ?」

「どしたん?」

「いや、陽夏、日焼け薄くなった?」


 室内灯のせいかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

私の指摘に、陽夏はぱっと頬を抑える。


「あー……。ほとんど水泳行かないでダンジョン潜ってたからかね?」

「ダンジョンって日光遮るんだね」


 日焼けを気にする女の人たちに、ダンジョンデートって流行りそう。

そんなことを言えば、かもしれんね。なんて、陽夏は曖昧な言葉を出す。


「てか、そう言うメグも、なんか瘦せた?」

「うそ、ほんと?」

「マジマジ。夏休み前よりも引き締まってるってーか……。筋肉増えた?」

「パルクールクラブに通ってたからかも。あと、ほぼ毎日のダンジョン通い?」


 私は陽夏と視線を合わせる。

彼女も、なんとなく私の言いたいことを察してくれたようだ。


「ダンジョン、ダイエットにいいかもしれない」

「探索者資格持ち向けにダイエットキャンプ売り出したら、儲けれそうじゃんね」


 既にそういった商売はあるのかもしれない。

しかし、自分たちで発見したことというプレミアが、私を感動させた。


「夏休みの自由研究でも良かったかもしれない」

「自由研究って宿題にあったな。メグ何やった?」

「朝顔の観察日記」

「小学生か」


 そう言う陽夏は何をやったのとむくれながら問えば、彼女は若干やつれたように瞳に影を落とす。


「魔法使い技能における適正属性と、適正外属性の発動条件、及びその魔力の増減差をグラフと論文にして出したよ……」

「エグい。え、論文って大学生くらいから書くものじゃないの?」

「ウチもそう思ったんだけどさ……。せっかく期間を延ばすんだからって言って、あの糞親父がそれをやれって……。そうすれば研究と訓練が一緒にできるからって……」

「どうやったよ……。魔力量って、何かで計測できた?」

「計測器があれば楽なんよ……。ないから、ウチが身体が防衛反応を起こしてぶっ倒れるまで水魔法の魔力を使い果たして、そこまでに使えた回数を百として、同じように色々やってみてぶっ倒れてを繰り返して……」

「え、うわ、ほんと、おつかれさまとしか」


 疲れた笑みを浮かべる彼女は、まあ、いいこともあったんだけど。とこれまた疲れた調子でため息を吐きながら言った。


「いいこと?」

「多分だけど、魔力量増えた」

「え?!」


 思わず立ち上がると、教室内の注目を一手に浴びる。

慌てて座り直すと、やがてその注目は捌けていった。


「筋肉痛と同じ要領らしいぜ。とにかく限界まで使って回復させてを繰り返すと伸びることがあるんだってよ」

「どうやって知ったの?」

「一通りメニューをやり終えたら、もう一度限界まで水魔法ぶっ放させられたんだけどさ。その回数が増えた」


 それもレポートに書いてっから、興味あったらあとで見て。

疲れた陽夏の様子を裏付ける出来事。

私は彼女の努力を見た。


「……あーっ! だけど悔しいなぁ!」


 陽夏は突然体を起こす。

突拍子もないことはいつものことだけれど、それに悔しいと付いたのは、覚えている限りでは初めてのことかもしれない。


「どうしたの?」


 突然の大声に肩を竦めてしまうのは一度や二度ではないが、毎度の如くこれにはびくっとしてしまう。

私は肩を竦め、陽夏の様子を窺った。

すると彼女は、先ほども見せてくれた杖の写真を開いて机に置く。


「これに付ける魔石がさ! 一度ダンジョンでドロップしたことがあったんよ!」

「それはおめでとう」

「ありがと! だけどな、あんの糞親父。闇属性の魔石だからウチの属性には合わないっつって、没収しやがった」

「ええ?! そんなの許されるの?」

「協会長だしね。下手に変な属性を付けると、本来使えるはずの属性の威力が弱まるって、それはまあ分かるわ。ウチに三属性身に着けさせようとした魂胆は分からんけど」


 陽夏は机に顔を突っ伏す。


「だけどさー、せめて本人に一言言ってから売り払えっての! 勝手に闇属性魔石を採取する依頼を受けさせられて、勝手に依頼完了させてんのはひどくね?!」


 顔を突っ伏したまま叫ぶことで、くぐもった声が聞こえるが、辺りに迷惑なほど響かない。

陽夏なりの配慮なのだと思う。


「……だから、夏休み中にこの杖をデコることができませんでしたーちゃんちゃん。……って納得できるかっ!」

「陽夏、今日は忙しい日なんだね……」

「やめいメグ。ウチをそんな憐れんだ目で見ないで……」


 陽夏はおいおい泣き真似をする。

そんな彼女の肩に、私はそっと手を置いた。

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