辰砂ジンジャー辛苦味
辰砂ジンジャー辛苦味 1
見慣れた光景。
されど久しぶりにも感じるその光景。
均一に並べられた机、椅子。
黒板を目の前にして次々と揃っていくクラスメートたち。
珍しく遅れてやって来た陽夏と会話をしようと席を立ちあがってすぐに担任教師、安井先生が入ってきた。
新学期の、はじまりである。
「陽夏、久しぶり!」
「おー、おひさぁ……。メグの元気さが眩しいぜぃ」
「なんかすごい疲れてるんだけど、大丈夫?」
「おー……実はなぁ……」
疲れた様子の陽夏が語るのは、探索者試験に合格した後のこと。
魔法使い協会にて指定の講習を受けなくてはならなくなった彼女は、指示通りに予定を合わせて講習を受けに行ったらしい。
そして、そこで行われたのは。
「ダンジョンブートキャンプ?」
「って名前の強化合宿な。週五回の夏休み一杯まで」
「うわぁ……」
陽夏はそこで、魔力の使い方、コントロールの仕方を徹底的に叩き込まれたのだという。
それはもう、二度と魔力枯渇になんて陥りたくないと思わされるほどに徹底的に。
「本当は一週間くらいで終わる講習なんだとよ。……だけど、あの糞親父」
「糞親父? ……父親?」
「あー、うん。現会長な。あいつ、何の嫌がらせか期間延ばしやがった」
「うっわぁ……。職権乱用?」
「さー? でもめちゃくちゃ疲れた……」
「お疲れ様……」
陽夏はうがー、と頭を掻きむしるようにして叫ぶ。
「結局夏休みはメグとダンジョン攻略行けなかったしさー! 夏休みの意味!」
「どうどう、落ち着いて」
「しかも適性は水魔法だっつってんのに! 別の属性魔法まで叩き込まれたんだけど?! 感覚から何から分かるかってんだよ!」
「え、ちょっと待って? 魔法使いって適正魔法以外も使えるの?」
「あのな、普通無理。やるとしたら一から学び直さんといかんのよ……。バスケットボールの選手が、野球をやれっていきなり言われる感覚ッて言や分かる?」
「あー、なんとなく」
机に突っ伏したまま、陽夏は気だるげに顔を上げる。
そして携帯から一枚の写真を見せられた。
「あ、陽夏の使っている杖? また色変わったね」
そこには見覚えのある形状の杖。
水色のグラデーションに染まったその杖には、巻き付くように描かれたツタと、まるでそのツタを燃やそうと這っている、炎のような赤い筋が描かれていた。
「……もしかして、火魔法?」
「の、極みバージョン。糞親父は火炎魔法って呼んでた」
「強そう」
「小並感」
大きなため息を吐きながら、椅子に凭れるようにして上体を仰け反らせる彼女は、「しかもさー」と相も変わらずだるそうに続ける。
「杖に表現されているものは魔法として表現できるはずだって言ってさ、植物属性の魔法までやれって言うんよ」
「さ、三属性?! ……できたの?」
陽夏はにやりと口角を上げる。
まさか。唾を飲みこみ、彼女の言葉を待つ。
「ぜーんぜん!」
緊張の一瞬をぶち壊すように、陽夏は両手を上げてあっけらかんと言う。
私はがくっとずっこける。
「いや、そもそもシングルタスクで手一杯なのに二つ目やれ、三つ目やれって言われても無理ありすぎっしょ」
「それはそうだけど。さっきのタメは一体……」
「メグが真剣な顔してて面白かったから」
真面目な顔をして言い放つ彼女に、緊張が抜けていった。
「すっごい久しぶりに陽夏に揶揄われた気がするんだけど」
「奇遇ー。ウチも久しぶりにメグを揶揄えたって思うー」
ケラケラ笑う彼女に、力が抜けていくと同時に怒る気も無くなっていく。
口ではもう、と言いながらも、一緒になって笑ってしまうのが懐かしい。
「メグはどうだったよ、夏休み」
「実はね」
夏休みに起こったことを陽夏に語っていく。
陽夏はひとつひとつに相槌を打ったり、リアクションを取ってくれたりした。
「いや、秘密の流出はまずいっしょ」
「はい、反省してます」
「メグたちに大事なくてよかったよ」
安心したように息を吐く彼女の優しい目は、しばらくするとにんまりと悪戯っ子のように曲がっていく。
三日月形の目をした彼女に、危険センサーが作動する。
これは、しばらく離してもらえなくなる危険がある。と。
「それでぇ? メグはネアって人とどの辺りまで関係が進んだん?」
やっぱり。
私は陽夏に、師匠と弟子の関係だということ、けして男女の関係ではないということを懇々と話す。
こっそりと、早めに離脱すればよかったかな、なんてことを思いながら。
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