魔法使いのダークチェリー 20

 ヒグラシの鳴き声に耳を澄ませ、閉じていた目を開ける。

随分と長く、そしてあっという間の夏休みだった。


 取材申し込みの人たちにブーブー文句を言われながらも、何とか帰ってもらった今、私は名残惜しく、ネアのバイクに触れたことを思い出す。

慣れた振動が、手から体の芯に伝わって来る様も、しばらく体感できないと、途端に寂しくもなるものだ。


「……また、バイク乗せてくれる?」

「ああ、休みが合う時にでもツーリングに行こうか」


 そんな約束をしたネアは、残暑とヒグラシに導かれ、バイクで駆けていった。


(……なんか、静かだ)


 部屋の外からは、姉が夕飯を作っている音が響いている。

でも、音という音はそれだけで。

何だかんだで賑やかだった日々が、途端恋しくなる。


 私は思わず携帯を取り上げる。

電話帳から陽夏の番号を探し、かける。

 何度かのコールの末、通話口に出てきたのは、おかけになった電話番号をお呼びしましたが~から始まる機械音。

私はそっと、その通話を切った。


(……本当に、探索者試験以降会えなくなったな、陽夏……)


 明日は学校。

だから会えるだろうと期待を持ちつつ、どこか不安を抱えている。


(学校で会ったら、こんなことがあったよって話をしよう)


 結衣ちゃんと再会したこととか。

ダンジョンで起こったこととか。

雄大兄ちゃんが。


(雄大兄ちゃんは、まだ、起きない)


 日課となってしまった雄大兄ちゃんへの見舞いを済ませてきたが、彼は今日も眠っている。

ただ、穏やかな表情を浮かべて。


(一年って、長いよね)


 大体一年くらいまでにはほとんどの人が起きている。

その言葉を信じるのなら、来年の夏にはすでに起きているはずだ。

そうは思っても。


(仲直りを決意して一年は、長いよ)


 決心が鈍ってしまいそう。

とはいえ、もはやそのくらい長いと決心云々以前に、どうして嫌っていたかも忘れてしまいそうだ。


(それから、ネアの……)


 私のこの気持ちを、陽夏に聞いてもらいたい。

それで、そうしたら、陽夏は励ましてくれるかな。

それとも笑ってしまうかな。

笑って、とうとう春がきたか、なんて言ってくれるかな。


 悶々と反応を考えていたら、扉の向こうから姉の呼ぶ声。


「ご飯できたわよー」

「はーい」


 最近、差し入れしてくれる集荷のお兄さんは来なくなった。

代わりに、集荷のお姉さんが来るようになったらしく、彼女が帰ったあとはいつも香水の残り香が漂っている。

集荷のお姉さんってどんな人? と姉に聞いても、いい人よ。の回答ばかりで人物像が掴めない。


「わ、美味しそう」

「今日は張り切っちゃった。恵美は明日から頑張らないといけないからね」

「あー、明日から学校だぁ……。陽夏に会えるのは嬉しいけど、勉強だるいよー」


 ほかほかと湯気を立てる料理を目の前に、姉は私に声をかける。


「先に手を洗ってらっしゃい」

「わかったー」


 姉の言うとおりに洗面台へと足を向ける。

そして、何気なくいつも使っている洗面台の鏡を見て愕然とした。


 いつも見ている顔面、うん、今日も親譲りの二重瞼。

違う、そこじゃない。

いつも姉に整えてもらっている髪の毛、セミロング。

健康的な髪色の中に、一筋、二筋、白いライン。


 まさか、そんな。

私はあり得ない気持ちで顔を覆う。

指の隙間から鏡を除いても、そのラインは変わらずそこにある。


「これは……。まさか、若白髪?」


 なんてことだ。

私にはこの白髪が、不吉の予兆のようにも思えるくらいショックだったらしい。


「白髪ごときで、不吉だなんて……。あるかも」


 やっぱり、結構ショック受けてる。

私は漫然とした不安を抱えながら、明日のためにまとめた荷物を思い出す。

ちゃんと物は揃えたし、万が一遅刻ギリギリに起きても引っ掴んで駆けていける位置に置いてある。ちゃんと覚えている。

なのに不安は晴れない。


「なんとかなる、って、思えたらいいんだけどなぁ……」


 何とも言えない不安。

私はその思いを断ち切るように、白髪を引っこ抜くのだった。


「あ、根元黒い」




______________________________________


 『魔法使いのダークチェリー』、これにて完結でございます。

実はタイトルから微細な下ネタを挟み込んでおりまして、ご不快に思われる方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。


さて、次回

???『ライオンじゃなくてシシトウですぅ』


次章もお読みいただけると嬉しいです!


※次章更新は翌日、続けて行わせていただきます。

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