魔法使いのダークチェリー 19
「それでね、歌麿ってばうっかりヨモギとトリカブトを間違えて持ってきしもたことがあって」
「へぇ、そうなんですか」
「あの時は一族騒然としたやちゃ。だってヨモギを使うたヨモギ餅の中に、トリカブト餅が混ざっとったかもしれんってなったさかいね」
「すごいですね」
「あ、もちろんそんなことは無かったちゃ! 歌麿ちゃ管理の重要性をこっぴどう叩き込まれたみたいだけどさ」
「さすがです」
接待用語のさしすせそ。
さっきから私、これしか口にしていない気がする。
目の前には先ほどまで使われていた鍋や調理器具が、シンクの中に。
視線を移動し、左を見ればとても楽しそうに歌麿さんのことを語る悦子さんが。
さすがです、とか、すごいです、とか。
そんなことを口に出しながら、私はシンクの中の洗い物を片付けていく。
講習が終わり、参加者の人たちが帰宅していった後も、なぜか悦子さんはこの場に居残っていた。
いや、何故かと言われれば歌麿さんの話を聞きたいって言っていたことに繋がるのだろうけれど、それでも。
「『洗い物くらい、静かにやらせろ』って?」
「?!」
脳内を覗き込まれたかの如く、しっかりぴったり一言一句違わず言い当てた悦子さんに、私は思わず身を引いてしまう。
彼女はからから笑いながら、「そんな顔しとった」などと宣う。
「かんに、ボク、昔っから黙れん性格みたい。もちろんTPOとかはちゃんとするけど、喋ったらだちかん理由がないところやと、つい、ね?」
こてんと首を傾げる悦子さん。あざとい。
「……本当に歌麿さんのお姉さんなんですか?」
「ん? そうだけど?」
「なんか、似てない」
いや、性格はある意味似ている。
思い込んだら猪突猛進、周りは気にしません。そんなところとか。
「あはは、よう言われる」
「歌麿さん、破門にされてから絶縁状態だって言ってましたけど、ずいぶんと好意的な話ばっかりしてますよね?」
「ええ?! あの子そんなこと言うとったんだ?」
彼女はううん、と悩んだような声を出すと、やがて思い至ったように手を叩く。
「いつもの思い込みやちゃ!」
「思い込み」
「うん。破門はされとらんし、絶縁なんてもっての外やちゃ。ただ、薬を扱うジョブちゃ与えられなんださかい、どういう道に進ませるのがいいて思うかっていう家族会議ちゃ開いたことがあるちゃ。……ああ、それでかぁ!」
突然上がる大きめな声。
肩を跳ねさせた私は、彼女の顔を恐る恐る窺う。
「どうしたんですか?」
「いやね、ある時突然、『今までお世話になりました! ワタクシ、筋肉道を広める旅に出て参ります! ご迷惑はおかけしませんので、探さないでください!』って言って本当に出て行きもて……」
「すれ違いすぎじゃないですか」
じっとりと視線を遣ると、彼女はかもね。なんて言って、寂しそうに笑った。
「もういい大人やし、自由にやらせてあげようって一致しとったんだけど……。……ねえ、お願いがあるんだ」
「なんでしょうか」
「今度歌麿を見かけたら伝言をお願い。『たまには縁側でお菓子でも食べながら、やわやわ話をしよう』って」
「……覚えていたら」
「きのどくな」
きのどく?
ネガティブな言い回しに首を傾げるけど、悦子さんの満足げに笑みを見る限り、そのような意味ではないのだろうと思う。
彼女は椅子から立ち上がり、朗らかに笑った。
「いっぱい話聞いてくれてきのどくな! それじゃあ、またどっかで!」
片手にシロップの瓶を持ち、それを振りながら彼女は出て行った。
私はしばらく、もう磨かなくてもいいグラスを磨いていた。
ピカピカになった。
備品を片付け、掃除をし、室内のチェックを終わらせて報告のために廊下に出る。
すると聞き慣れた声が困ったような言葉を紡いでいるのが聞こえてくる。
「……ですから、ここでお応えできることは何もありません」
「そう言わず、何か一言だけでも!」
「結構です。……あ、ネア」
「詳細は協会に聞いてくれ。彼女はそちらに一任している」
どうやら、姉とネアが厄介な人に絡まれているようだった。
「片付け終わったよ。……だれ?」
「ありがとう。それがね、この人たち」
「ああ、わたくし、こういう者です」
渡された名刺を見ると、彼らはダンジョンサイトのコラムニストらしい。
大方、許可を取らずに張り込んでいたってところだろう。
「協会に投げてるんだから、そっちに行けばいいのに」
「いえいえ、わたくしどもは噂のポーションの製作者にお話を伺いたく」
「時間ないです。行こ、ふたりとも」
「ちょっと! あなたにそんな権限ないですよ!」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。こんな強引な取材をする権限があなたにあるんですかー?」
小馬鹿にしたように返すと、彼の顔が一瞬で赤くなる。
やれやれと肩を竦めたネアが、私たちの前に立った。
「これ以上は本当に会長を呼ぶぞ。警察だって呼んでもいい」
彼らを見下ろすネアの姿には迫力のようなものを感じられた。
怯えたように後ずさりする彼らだが、鼬の最後っ屁とでも言うのだろうか。
鼻で嘲笑した末に、侮辱の言葉を吐き出した。
「脚がないから話題性も抜群だと思いますけどね!」
「あ?」
ネアが睨みつける。
しかし「手を出せばこっちが警察呼びますよー? いいんですかぁ?」なんて言って煽られたからには、ぐっとこらえるしかない。
「脚がなくても立派な調合師だよ」
だから、私の口は思わずこんな言葉を吐き出してしまう。
「少なくとも、誰かを馬鹿にしないと生きていけない人よりも、ずっと真っ当に生きている」
なんだか泣きそうになった。
そんな弱みを見せてたまるかと、私の口は、目の前の人たちを罵る汚い言葉を選んで使う。
「くたばれ。二度と関わらないで」
あの後、協会に事の顛末は報告され、後の処理は協会側に丸投げされることとなった。
一応、姉に対応の希望を聞かれたが、こんなパパラッチ染みたことが二度と起こらなければいい、と、これまた叶う希望の薄い願望を、会長らしき人に吐き出していた。
困った笑みを浮かべながら。
また、私は姉に叱られた。
お口が悪いわよ、という理由で。
しかし、叱っている姉も笑っていたから、私の対応は間違っていなかったのだと自信を持った。
そんな回想を頭の中に巡らせながら、ふと、私はネアを見上げる。
頭の中には、悦子さんの言葉がぐるぐる回っている。
「…… 」
「どうした?」
不思議そうな顔をして目を合わせるネアに、思い切って問いかける。
「ネアは魔法使いになりそうですか?」
「……? 俺は盗賊だが……?」
「ウン、ソウダネ」
ネアは姉に負けず劣らず、下ネタに無縁のピュア人間なのではないかと邪推した。
▽
その夜、姉がキッチンの机の上に腕を投げ出し、ふて寝をしていた。
魔力ポーションは完成したらしい。が、姉曰く。
「あんなにくだらないダジャレのようなものでポーションができるなんて……! 納得行かない……!」
とのこと。
サクランボでいろいろ試した結果、普通のサクランボでもできたけれど、シロップを使った中ではダークチェリーが特に効果が高いものができたそうだ。
ちなみに最も効果の高かったものはサクランボのリキュールを使用したものらしい。その効果、上級ポーション並だとか。
ただし、アルコールは飛ばなかったそうで、未成年と酒癖悪い人とアルコールに弱い人は使用できないという結果に。
ううん、限定的。
このポーションは、どんな人が使うのかわからないからと言う理由で、ダークチェリーのポーションを納品することとなった。
(お酒が効果高いのって、大人って意味合いだから? にしては、酒ほど俗なものもないと思うけど)
私の思考はどうあれ、これで姉は依頼を達成することができるのだ。
素直に喜ぼう。
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