魔法使いのダークチェリー 18

「今回教えるのは、モモ級回復ポーションに使用しています、モモのシロップの作り方です。それではお手元にあります冊子の二ページ目を見てください」


  講習会と言っても小規模なもので、参加者は四人。

そのいずれも女性で、彼女たちはみんな、服の上にエプロンを着用し、三角巾を頭に被っている。

その中に薬師戸……悦子さんもいる。

彼女たちも姉も、真剣そのものの表情を浮かべているが、でもこの光景って。


(完っ全にお料理教室なんだよなぁ……)


 同じくエプロンを着けて三角巾を頭に巻いた私とネアは、アシスタントとして姉の背後に控えている。

アシスタントとは言っても、私たちにポーションを作る技能はないから、基本は材料を出したり用事伺いが主になるとは思うけれど。


「すいませーん、包丁が切れなくなりましたー」

「はーい、只今ー」


 包丁の使い方が荒すぎて刃こぼれを起こさせた参加者の人がいたり、シロップだというのに火力が強すぎてカラメルソースにしてしまった参加者がいたりと、多少のハプニングはあったものの、大きな問題は起こらないまま、無事にシロップの粗熱を取る工程までこぎ着けた。


 参加者も私たちも、ほっと一息をつく空間。

休憩のためにお茶を淹れている最中、姉に質問が飛んだ。

悦子さんから。


「質問があるんだけどいい?」

「はい、どうぞ」

「どうして回復ポーションにモモでないとだちかんかったの?」


 姉の動きがはた、と止まる。

そういえば。と。私も何故? を考えることがなかった。


「わたしの場合は、色々な果物……というよりもシロップですね。それを試していたら、モモのシロップでできちゃったんですよ」

「偶然? 根拠も何ものう?」

「はい。わたし、研究者ではないので、仮説を立てて実験して、っていうことはやってないんです」


 若干照れたように頬を掻く姉に、悦子さんは考え込む。

とても面白そうに。


「ってことは何かな。他のものを試しとらんってことは他のものでもできる可能性があるけど、モモでできた理由ちゃ? モモでもいいのか、モモでないとだちかんかったのか」

「え、えぇ……」


 思わず困惑の声を漏らしてしまう。

自分の世界に入り込んだ悦子さんはこちらの様子に気が付いていないようで、その姿は研究者を彷彿とさせる。


「モモじゃないとダメって可能性があります。実際、あの回復ポーションはその時にあったシロップすべてを試したところ、モモ以外では作れませんでしたし……。今、回復ポーションと同じ方法で魔力ポーションを作っている最中なんですが、未だどの果物もヒットしません」

「なるほど。成分的な面でモモじゃなければだちかんかったのか、もっと他の何かが……」


 悦子さんは天井を見上げ、固まった。


「……そうだ。たしか、モモには仙桃の伝説があったね。仙桃が生命力の象徴と認識されて、回復ポーションができた?」


 ぽつりと漏らしたひとりごと。

それはあまりにも、科学だとかそういったものからはかけ離れている仮説。

姉も思わずと言った風に苦笑いを零している。


「そんなファンタジーみたいな」

「ダンジョンができとること自体、既にファンタジーみたいなものやて思うけどね」

「ああ、たしかに」


 納得した姉が頷くと、悦子さんはそれならば……。と再び思考の海に沈んでいる。


「魔力ポーション、やったやちゃ。モモが仙桃やちゅうがなら、魔力の象徴ちゃ? 魔法使いか?」

「魔法使いなんて果物、あるかしら?」

「神話を漁れば出てくるのかもしれん……。が、そっち方面ちゃボクの専門でないさかいね。心当たりはないな」


 あ、だけど。

悦子さんはふと、思いついたように、使った食器を片付けているネアの後ろ姿を見る。

そして彼女は、私たち……特に姉へ顔を寄せ、声を潜めて語りだす。


「三十年童貞やったら魔法使いになれるって聞くやちゃ」

「……へ?」


 ナチュラルにぶっこまれる下ネタ。

私は目が点になる思いで、彼女の顔を見返してしまう。


「童貞ってチェリーとも呼ぶさかい、サクランボとか?」

「そんなダジャレみたいなもので……」


 姉から下ネタに耐性があるとは聞いたことがないけれど、やはりと言うべきか、恥ずかしげに目を伏せている。

そんな姉の反応に気をよくしたのか、にんまり得意げな顔をした悦子さん。


「いいトコいっとるて思うけどね。試しとらんなら試してみたら?」

「あー、はいはい! 仕上げに移りますよ!」


 下ネタと言えど軽微なものではあったのに、それだけで頬を染めて話題を変えるくらいには耐性がなかったらしい。

私は悦子さんの顔を見て苦笑を浮かべながら、仕上げ用の瓶を出す作業に移っていった。

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