魔法使いのダークチェリー

魔法使いのダークチェリー 1

 残暑と言うにはまだまだ暑い今日。

それでも確実に毎日は過ぎていて。

アブラゼミの声も、今はヒグラシに取って代わられている。


 ダンジョン帰りの今。

私はネアの運転するバイクから降りた。


「いつもありがとう、ネア」

「気にしないでいい。……明日から、今までのようには行けなくなるな」

「そうだね。だって、明日は……」


 始業式だから。


 この夏休みは、ほとんど毎日のようにネアと一緒にダンジョンへ潜っていた。

そこでは盗賊シーフとしての立ち回りや、素材の見分け方。

さらには鑑定の使い方までもを叩き込まれ、ネアには遠く及ばないけれど、今まで潜っていた低階層ならばひとりでも平気だろうと、お墨付きをもらうまでに上達した。


 ネアの他にも、瀬名さんや由人さん、たまに結衣ちゃんとも組んで潜ったこともあり、何だかんだで年の離れた仲良しグループになっている印象はある。

彼らに用事があって、私がダンジョンに潜れない日を狙って、探索者協会や盗賊協会が推奨している講習を予定に入れることもした。

そうではない空き時間は宿題をしたり、姉のポーション作りを手伝ったりもして。

本当の意味で休まることの無い、濃密な日々だった。


 けれど、探索者試験を境に、陽夏と会うことは無かった。

電話はたまにしているけれど、直接会うということはめっきり無くなった。


(学校に行けば、会えるかな)


 そんなことを思いながら家に入ると、店の方から誰かの声。

ああ、またか。

私は苦い気持ちを噛みしめながら、甘い香りのする店内へとエプロンを着て入っていく。


「ただいま」

「おかえり。すいません、ちょっと……」


 案の定、普段の接客とはまた違う意味合いのお客さんの相手をしていた姉が、助かったと言いたげな顔で裏にやって来る。

私はそのまま扉を閉める。


「……今日は?」

「取材の申し込みだって。メールでもお断りしていたから、直接来たみたい」


 困っちゃうわ。

そう言って姉が眉を下げるものだから、私はつい、目を伏せる。


「ごめんね、私が考えなしだったから」

「ううん。だって恵美、わざとじゃないでしょう?」

「……うん」


 初めてダンジョンに潜ったあの日。

結衣ちゃんに譲ったモモ級回復ポーションを、彼女がSNSに投稿してしまったあの日。

掛かってきた電話に気が付かなかったあの日。

折り返して電話をかけると、真っ先に届いたのは、「どうしましょう」という結衣ちゃんの泣き言。




『本当にごめんなさい、恵美さん』

「どうしたの?」

『あたし、まさかこうなるとは思わなくて』

「何があったの? まさか、雄大兄……雄大さんが」

『違います! そうじゃなくて、ポーションの』

「ポーションが、何?」

『鍵垢だったのに、どこかから写真が流れて、SNS上で大バズりしてるんです!』

「大、バズ……なに?」

『えっと、すっごくたくさんの人が、恵美さんにもらったポーションのことを知っちゃったってことです!』


 え。

私が発せたのはこの声だけだったように思う。


『ごめんなさい! 友達とか、家族しか見ていないと思ったのに……!』


 結衣ちゃんが教えてくれた話では、そのSNSのトレンドとかいう、人気ワードのひとつにランクインしてしまったらしい。

『モモ味ポーション』という言葉が。


「落ち着いて、結衣ちゃん。私が誰かとかは、みんな分からないんでしょう?」

『それが、恵美さんをしっかり塗りつぶしてから上げたんですけど、特定班にあたしが特定されちゃいまして』

「特定班?」

『写真や呟いた情報から、リアルのあたしたちを探し当てて特定する人たちです。ネット上の探偵って言えば分かりますか?』

「うわ、すごいよくわかる。え? それじゃあ、まずい?」

『まずいです。今、あたしのDMに、恵美さんのことを聞いてくるメッセージが大量に来てまして……。もちろん、何も言っていません!』

「えぇ……。どうしよう、どうすればいい?」

『あたしの方の写真は消しました。だけど、この写真、いろんなところに出回っていて……。多分魚拓も大量に取られていますよ……』


 本当に、本当にごめんなさい。

結衣ちゃんの謝罪を聞いていると、裏から鳴るのはインターホン。


 不用心にも、返事を返して開けるのは姉。

そこから覗いていたのは、男の二人組。


「あ、ドーモ! 動画配信者でーっす! 早速ですが、噂のモモ味ポーション出してくんない?」

「はぁ? ……ええっと、どちらさまで……?」

「だーかーらー。動画配信者だってぇ。飲みやすいポーションができたなら、一般に提供するのが筋と思わねぇ?」


 男二人組、対するは車椅子の姉。

今にも家に押し入って来そうな彼らを前にして、私は携帯の番号を押していく。


「おまわりさん! 助けてください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る