魔法使いのダークチェリー 2
近くにいたのか、数分かからずサイレンを鳴らして到着した警察官に、男二人組はあっさりと捕まっていった。
軽い事情聴取を行った後、彼らは立ち去っていく。
残った私たちは、食卓に向かい合わせで座っていた。
「恵美。わたし、何があったのか分かっていないのだけど、ポーションのことについて、あの人たちは言っていたわよね?」
「……うん」
「どういうことなのか、教えてはくれないかしら?」
問い詰める姉に、私は今までのことを包み隠さず話した。
結衣ちゃんにポーションを分けたこと。
友人や家族しか見れないSNSだからと、投稿することを許したこと。
そうしたら、今まさに結衣ちゃんから連絡が来て、大バズりとかいうものをしているということ。
「なるほどね……。あの人たちはここが分かっちゃったわけね」
「おねえちゃん、あの……」
「恵美」
いつになく厳しい顔をした姉が、静かに声を出す。
「その、結衣ちゃんって子に連絡は取れる?」
「うん……」
「ここで、繋いでちょうだい。恵美もちゃんと聞いておくこと」
すぐに結衣ちゃんの電話番号にかける。
三コールも鳴らない内に、彼女は電話口に出た。
『あっ、恵美さん! よかった、さっき切れちゃったから……』
「結衣ちゃん、おねえちゃんが話したいことがあるんだって」
スピーカーにするように求められたから、その通りにスピーカーにした。
『あの……』
「あなたが結衣ちゃんね」
先ほどまでと同じく、静かな声。
しかしそれには、有無を言わせない凄味があった。
「大体のことは恵美から聞いたわ。……ねえ、結衣ちゃん」
『は、はい!』
「どうして、写真を流したことで情報が不特定多数の人に知られることなく、平穏に終わるだろうって思ったのかしら」
電話口の向こうで、息を呑む音がする。
「今はね、情報化社会って言われていることは、結衣ちゃんも知っているわよね?」
『はい、知ってます……』
「どんな写真でも、どんな文句でも。他の人の目に触れないはずの、閉じられたアカウントでそれを流しても、それが外に漏れることなんていくらでもあるの」
静かな声。凄味のある声。
その声色で、ただ淡々と諭していく姉に、恐れを抱く。
「だって、あなたが相手にしているのは、人間だもの」
結衣ちゃんは、あ、と電話の向こうで声を上げる。
忘れていたことを、たった今、思い出したかのように。
「いい? SNSに投稿するときは、どんな些細なことでもよく考えて投稿するの。それが間違っていることなら、多くの人に誤解を与えてしまう。正しいことでも、それをイヤに思う人だっている」
電話の向こうでは、彼女がただ息をしている音だけが聞こえてくる。
「今回の投稿で、現実の人たちが家に訪問してきたわ。迷惑だったから、警察を呼んで捕まえてもらったの」
『えっ、警察っ?!』
「一応、二人とも無事よ。そこは安心して」
『よかった……』
「でも、危険なことには変わりなかった。それは、分かってくれるわよね?」
結衣ちゃんはしばらくの無言の後、か細く、はい。と呟く。
「結衣ちゃん、あなたにも危険が及ぶ可能性があったの。それは、よくないことよ」
『はい……』
「次からは、ちゃんと考えて投稿すること。分かったわね?」
『はい、はい……! ご迷惑おかけして、ごめんなさい!』
彼女からの謝罪が電話口から飛び出す。
叫ぶようなその声を聞いた後、姉はひとつ、手を叩いた。
「……はい。わたしからは以上です」
『……え?』
「うん?」
『それだけ、ですか……?』
「ええ。それだけ、よ」
『なにかもっと、お前のせいだーとか、恵美さんと今後会わせたくはないーとか……』
「あら、そう言ってほしかったのかしら?」
『いえ! 全然! まったく!』
力強い否定に、姉はくすくす笑い声を零す。
「何回も言っても、同じことを繰り返すのならそう言わせてもらうけど。でも、最初だったら反省できるでしょう?」
そう言いながら、姉はスピーカーモードを切って携帯を渡してくれる。
「もしもし」
『あたし、許されたん、ですかね……?』
「きっと、様子見だと思うよ」
姉の様子を見るに、怒ってはいるけれど、激怒しているわけではない。
ただ、不用意な行動をとった私たちを叱っただけだ。
『いいお姉さんですね』
「自慢のおねえちゃんです」
そんなことを胸張って言えば、電話口から笑い声が聞こえてきた。
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