凍結イチゴの納涼依頼

凍結イチゴの納涼依頼 1

 夏休みの真っ盛り。

姉の経営する『シロップ・メディ』では、ミントのシロップの売れ行きが伸びる、猛暑の頃。


 朝起きて涼しい時間帯に宿題を終わらせ……。

そんなものはただの理想でしかなく。


「あづい……宿題、終わらない……」


 ログハウスには断熱効果と蓄熱効果があるとかなんとか。

冬はとても暖かい、しかしこの地球温暖化の猛暑には、そんなことは関係なく。

とにかく暑い。クソ暑い。


 机に突っ伏し、進まない宿題に、この世の気温全てを呪うことしばし。

私はのろのろと、冷房の電源を入れた。


「はー、涼しー」


 今日はもう部屋から出ないぞ。

そう決心し、腕捲りをする私の視界に入って来るのは、予定の書かれたカレンダー。

今日の日付に書かれた予定に、目が点になる。


「『パルクールクラブ顔合わせ』……」


 日付、今日。時間、正午から。

ギ、ギ、と、壊れたブリキ人形のような首の動かし方になる。


「わぁ、そろそろお昼ご飯の時間ー」


 私はダンジョン用品の入ったリュックを引っ掴み、裏口から飛び出た。





「遅れまして大変申し訳ございません!!」


 到着早々、待っていてくれたクラブ会員の人に、土下座する勢いで頭を下げる。

彼はそんな私の勢いが面白かったのか、涙を浮かべるほど爆笑し、ひーひー肩で呼吸する。


「いや、気にしなくっていいよ。顔合わせって言っても、ゆるーく集まるだけだし。顔合わせだって言うのに、直前までダンジョンに入る予定を立てて、まだ来てない奴もいるし」


 実はクラブ長もまだ来てない。

茶目っ気満載にそう言われ、ほっと胸を撫で下ろす。


「クラブ長さんじゃないんですね」

「俺? 違う違う。俺はいっつも時間通りに来るからってことで、案内役を仰せつかっただけ」


 彼は私にウインクをする。気にしないで。と言いながら。


「いやしかし! どういう子が来るのか楽しみにしてたら、こんなかわいい子が来るとは思わなかったよ」

「か、かわいいって……」

「あはは、照れやさんだ。まあ、実際問題、盗賊シーフは男が多いんだよね。女の人って稀。なんでだろうね?」


 不思議そうに首を傾げる彼に釣られて、私も首を傾げる。

緊張はいつの間にか消えていた。


「あ、そうだ!」


 突然思い出したように叫ぶ彼。

私は驚いて肩を跳ねる。


「ここでは本名じゃなくってニックネームで呼び合うことになっているんだ。本名でも別にいいんだけど、伝統になっているのか、大半はニックネームだよ。君は何て呼べばいい?」


 ニックネーム。考えたこともない。

私は彼の問いかけに、しばらく考えてみる。

うん、どう考えても、名前か、名前の上二文字しか呼ばれたことがない。


「友達からはメグって呼ばれてます」

「オッケー、メグ。うーん……。メグ? メーメー? メェちゃんとか?」

「メグで。お願いします」

「メェちゃんいいと思うんだけどなぁ。よろしく、メグ」


 そう言って人のよさそうな笑みを浮かべ、彼は右手を差し出す。

それに返事をするように、私も右手を差し出し、握手をした。

男性らしい、骨張った手だった。


「さて、多分、みんな集まるのにもう少しかかるだろうから着替えておいで。ダンジョン用の装備、持ってきてるでしょう?」

「は、はい。更衣室はどこに……」

「うーん、実はさ、このパルクールクラブって男所帯なんだよね。前、ひとり女の子いたんだけど、結婚して妊娠したのをきっかけに辞めちゃったんだ」


 だから、と言って指さされた先は男性用更衣室。

なお、女性用は見当たらない。


「また女の子用の仕切りは考えておくから、今日はそこ使ってもらえる? あ、大丈夫。男連中が来ても、出てくるまでは入れないようにしておくから!」


 それじゃ! と、男性用更衣室に押し込まれる。

有無を言わせぬ手際だった。

しばらく呆けていたが、他の人が来る前にと思って、いそいそ着替え始める。

河野さんがおすすめしてくれた、防具装備一式を。

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