凍結イチゴの納涼依頼 2

「着替え終わりました」


 ラッキースケベ的なハプニングもなく、至極平穏に着替え終わってすぐ。

更衣室から顔を覗かせると、先ほどよりも人が増えていた。


「お、出てきた。メグちゃん! こいつら、パルクールクラブの会員共な!」

「こいつらとはご挨拶やな」

「うるせー。新規入会希望者は紅一点だぞ。崇め敬い奉れ」

「いや、別に崇めなくってもいいです」


 着ていた服を丸めて入れているリュックを下ろし、私はパルクールクラブの会員たちだと紹介のあった人たちを眺める。


「わしはミコトって呼ばれてんで。こっちのノータリンはシシ。よろしゅうに」

「誰がノータリンだ、誰が」

「よろしくお願いします。メグです。あの、ミコトさんは関西の人……?」

「京都どっせ。大阪とは違いますわ」


 ミコトさんから放たれる笑顔の圧にたじろぐ。


「メグちゃん、ミコトに関西方面の話は禁止ね。京都ならセーフなんだけど、大阪になるとどうも圧が強くなるから」

「肝に銘じます」


 そんな圧から救ってくれたのは、シシさん。

私を案内してくれた会員さんで、ミコトさんにノータリンと言われていた人。

彼に耳打ちされた内容を、私は深く胸に刻んだ。


「なんや、失礼なこと言うとらん?」

「言ってない、言ってない」


 笑顔の圧が強くなり、顔色を若干悪くしながら、シシさんと一緒に必死に首を振った。


「さ、さー! 全員揃ったか?!」

「まだクラブ長が来てません」

「なんだ、またか」


 圧から逃れるように、無駄に声を張り上げたシシさん。

まだクラブ長が来ていないことにと言う。


「メグちゃん、もう五分くらい待ってもらえる? それで来なかったら始めちゃうから」


 シシさんが申し訳なさそうに手を合わせる。

私が、分かった。と答える前に、スライド式のドアが開く。


「待たせた」


 どこかで聞いたことのある声が響く。

シシさんの、フランクに軽く怒る声がそれに重なる。


「おせぇよ、ネア! メグちゃん、もう待ってんだぞ!」


 ネア。

その聞いたことのある仇名に、勢いよく振り返る。


「メグ……?」


 癖毛の前髪。その下の目が、驚きに見開かれていた。





 無言の時間がただ過ぎる。

気まずいことなど何も無いはずなのに、私とネアさんの間には気まずい空気が流れている。


「え? なに? ふたり知り合い? じゃあネア! お前メグちゃんの指導よろしく!」


 なんてことをシシさんが軽い調子で言うものだから、つい頷いてしまったのが発端。

この間の装備を教えてくれた時の饒舌さは何処へ、今はただ只管むっつりと黙り込んでいる。


「あ、あの、ネア、さん?」

「……ああ、すまない。少し考え事をしていた」


 ネアは目を伏せ、申し訳なさそうに謝る。

睫毛長いな。


「あー、ひとまず、自己紹介をしようか」

「はい。今日からお世話になる予定のメグです」

「パルクールクラブ、クラブ長のネア。盗賊のスタイルは暗殺アサシンスタイルが主だ」

「アサシン……」

「敵に気取られないように仕留めるスタイルだな。集団戦だと少々骨が折れる」


 他にも、斥候タイプや侵略者バイキングスタイル、私の希望している収集コレクター型など、そのスタイルは多岐に渡るらしい。


「このパルクールクラブでは主に、盗賊の特徴でもある身軽さを磨くためのメニューをこなしている。……が、まあ、それは建前で」

「建前?」

「ああ。本音は、盗賊の身軽さで普段なら跳べなかった障害物を乗り越えていく、それが楽しくなってメニューをこなしているやつらが大半だ。そら、見てみろ」


 ネアが指した方向、跳び箱やらクッションやら、トランポリンや天井から吊り下げられた紐や、空中ブランコが、先ほどまで何もなかったはずの空間に散らばっている。

そこをクラブ会員の人たちが跳び越えたり、飛び込んだり。

海賊船アクションも真っ青な空間移動で、空中を駆けまわったりしている。

そのだれもが、みんな笑顔で、好戦的な表情を浮かべながらも、共通するのは楽しそうという感情。


「シシ、行っきまーす!」

「はよう行かんか」


 シシさんが大声で宣言し、ミコトさんに背中を蹴られている。

随分いい音がした。


 彼は前のめりになった勢いで、地面にダイブしそうになりながら、その勢いを殺さずに前方転回、ハンドスプリングと呼ばれている技を決める。

高く飛び上がった回転の着地点はトランポリン。

トランポリンのゴムが伸び、そして縮む。

それはシシさんの身体を押し上げ、遥か高い天井へ。


「やっふーい! メェちゃーん! 見てるー?!」


 メェじゃなくてメグです。

シシさんは天井から釣り下がった紐を、ターザンのように掴んでは跳んで、跳んでは掴んでを繰り返す。

その動きはまるで―――。


「猿みたいだろ」

「あ、え?」

「さもなくばチンパンジー」


 ネアさんに言われ、もう一度確認のために見上げる。


「たしかに」


 あまりにも的確過ぎる動きの種類付けに、思わず吹き出してしまう。

ネアさんと視線が合う。

彼もまた、肩を小刻みに震わせながらふはっ、と笑っていた。


「ネアさん自分で言ってツボってるじゃないですか」

「しょうがないだろ。言っててぴったり過ぎたんだから」

「言われた時天才か? って思っちゃいましたよ」


 ふたりして笑い合いながら、シシさんを見上げる。

彼は未だにチンパンジーをしていて、それにさらに笑ってしまう。


「はー、おっかし……。……ネアさんは」

「ネアでいい」

「……ネア?」

「ああ、オレはメグって呼ぶ」


 ネア。

彼から言われた呼称をもう一度復唱しながら、もう一度シシさんに視線を向ける。

やっぱりチンパンジーだった。

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