試験とモモ級回復ポーション 9

「戦闘実践の担当をする。桜宮サイモンだ」


 所変わって中庭からメインホール。

あの後、結衣ちゃんは友達のグループに戻っていった。

彼女たちの中で、唯一満足にお昼ご飯を食べられたのは結衣ちゃんだけだったらしく、空腹を訴える他の人たちに、彼女がリュックに忍ばせていたバランス栄養食を配って励ましていた。


「今回はこの人形を使って実践をする」


 サイモンさんはそう言いながら、ホールの中央、彼の背後に設置されている案山子の様なものを指さす。


(案山子だ)

「こいつらは右からカカーシ一号、カカーシ二号、カカーシ三号だ。ちなみにオレの妻が名付けた」

(案山子だ……!)


 見た目も案山子なら名前も案山子。

何気に惚気られた気配を押し退け、彼の話に集中する。


「こいつらはそれぞれ戦闘タイプが違う自動人形だ。近接戦闘特化、中距離戦闘特化、遠距離戦闘特化。どの番号がどれなのかは言わん」


 サイモンさんは案山子に背を向けて仁王立ちをする。

その迫力に、怯んだ。


「オレはまどろっこしい講義はしねぇ。番号順に、ランダムで一体ずつ当ててやる。こいつらの、棒以外の体の一部を床に付けるか、制限時間いっぱいまで自分の膝から上が床に付かねぇようにしろ。それができたら、この試験は合格にしてやる」


 非常にシンプル。非常に分かりやすい試験方法。

しかし同時に、過酷な試験でもあった。


「質問いいですか!」


 手を挙げて立ち上がったのは、結衣ちゃんのグループにいたひとり。

サイモンさんは、「発言を許可する」と鷹揚に頷いた。


「わたしは魔法使いなのですが、まだ魔法の使い方が分かりません。そういったものは教えてくれないんですか?」


 その質問を受け、サイモンさんは腕を組む。


「教えれない、というのが正しいな。そうだ、教えられない。オレのジョブは剣士だ。魔法は分からん」


 だが。

肩を落とす女の子に、サイモンさんは続けて言う。


適正職業ジョブは本人の持つ能力であり、才能だとオレは思っている。使い方は、その身体が知っているはずだ。先に答えを言ってしまえば、それを引き出すのがこの試験の目的でもある」


 以上。

質問に対する答えを、その一言できるサイモンさんに、女の子は頭を下げた。


「今日、武器を持ってきたやつはそれを使え。持ってねぇやつは基本的な練習用武器だが、貸してやる」


 簡単な説明をし終わった後、彼の、一番! と番号を呼ぶ声がホール内に響く。

立ち上がった男性は、彼のバックからモタモタと武器を取り出している。

弓矢だ。


「お願いします!」

「制限時間は五分。Are you ready?」


 一番の男性が叫ぶと、サイモンさんが手を挙げる。

すると、カカーシ一号が前へと躍り出る。

 一番の男性は矢をつがえ、狙いを定める。


「Go!!」


 サイモンさんの掛け声と同時に、男性の手から矢が放たれる。

その瞬間、カカーシ一号は器用にしゃがみ込んだ。


「へ?」


 脚は固い棒一本だけだろうとか。お前その動きどうやったのとか。

そもそもお前案山子だろ。なんてツッコミをするよりも早く、カカーシ一号は男性の顎目掛けてヘッドタックルをかました。


「へぶっ!」


 案山子の頭とは思えない音が響き渡り、男性の身体がぐらつく。

脳震盪でも起こしたのだろう。ふ、と倒れそうになった男性はしかし。


「こ、んのっ……! やろおおぉぉ!!」


 ぐらついた身体を立て直すように、前方に伸ばした足が、ダァン! と大きな音をホール中に響かせる。

彼は矢を握りしめ、その鋭い切っ先をカカーシ一号へ向けて殴りつける。

顔のど真ん中に矢を突き刺したカカーシ一号は、ゆっくりとした動きで後方へ倒れていく。


 ぽすん。

図体の割に随分と軽い音を立て、カカーシ一号は床に倒れた。


「一番、合格」

「はっ、はぁっ……。あ、ありがとうございます」

「念のために医療室で見てもらってこい。ここを出て左を突きあたりだ」


 彼はサイモンさんに会釈をし、そそくさとホールから出て行った。


 彼が出て行ったことを確認したサイモンさんは、カカーシ一号を抱き起こす。

すると、先ほどまで倒れていたとは思えないほどに元気に跳ね、二号と三号のもとへ向かう。

カカーシ達三体は、まるでシャッフルするかのようにグルグル回り、一列に整列した。

そのせいで、カカーシ一号がどれなのか分からなくなってしまった。


「次、二番!」

「よろしくお願いします!」


 その後も順番にホールの真ん中へ向かっては、カカーシ達を倒したり、逃げ回ったりして、サイモンさんの合格の声が響く。

中には、カカーシ達の攻撃を避けきれず、また、踏ん張ることもできずに床に膝を付けてしまった人もいた。

彼、彼女らはひどく落胆し、肩を落としていて、周りの人たちも言葉をかけるのに躊躇う様子が見て取れた。


「十番!」

「はい!」


 そんな様子を眺めていれば、やっと呼ばれた私の番号。

リュックからダガーを取り出し、革の鞘を外す。

黒光りする刀身は、蛍光灯を受けて煌めいた。


「お願いします」


 何とも言えないカカーシ達の表情。

へのへのもへじのその顔に、私は生唾を飲み込んだ。

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