03


『おつかれっしたぁ。腹減ったんでこれで抜けま~』


『やばいwwwwトイレからの召喚がwwww緊急wwwwペットボトルは嫌じゃあwwwww』


 プレイヤーのチャットログを思い出した。

 思い出した理由はわかっている。

 俺はいま、初めての感覚を味わっている。

 空腹……そして……腹痛。


 目覚めは空腹とともにあった。内臓が空虚さを訴える痛みに驚き、どうしたものかと歩いているとき、ふと見つけた赤い木の実を口に入れた。

 それが間違いだった。

 腹痛は別種の痛みとなって加速し、さらに下っていき、そしてついにそのときがやってきた。


 これが……排泄…………。


 汚れたズボンとともに川に入ってぼんやりと空を見上げる。

 各種耐性はストーリーモード、マルチモードともに限界まで鍛えてあったのでそれが功を奏したのだろう。悲劇はその一度だけで後に続くことはなかった。

 あるいは吐き出す物がなにもなかっただけなのか。

 タクティカルスーツは汚れを除去する能力がある。こちらでも無事に機能することを確認できた。

 こんなことで確認したくはなかったという思いと戦いつつ、ズボンの汚れを落とすために苦心する。

 再び焚火を熾してズボンを乾かし、再び歩き始めることができたのは夕方となっていた。


 結局、何も食べていない。

 解決策も思いつかないまま道に沿って歩いていると遠くで悲鳴が聞こえた。

 人だ。

 人の声だ!

 そうだとわかった瞬間、俺は走っていた。

 人がいるということは、そこに食べ物があるということだ。

 そして悲鳴があるということは、困っているということだ!

 助けてお礼に食べ物をもらうことができる!


 瞬く間に距離を詰め、現場に到着する。

 そこには少女が一人と、複数の男がいた。

 座り込んで涙を流しているのが少女。

 その少女の腕を掴み、のしかかろうとしているのが一人、そしてそれを囲んでいるのが複数。

 数の点で弱者がどちらかはっきりしている。


「ああ! なんだお前は⁉」


 音を殺さずに接近したので、連中がすぐにこちらに気付いて威嚇してくる。


「た、たすけて!」


 少女が叫ぶ。

 のしかかろうとしていた男が舌打ちする。


「誰か知らないが、これはうちの村のことだ。よそ者は失せろ!」

「関係ない」

「ああ!」


 村の事情とやらなど知ったことか。

 いま最も大事なのは恩を売れるかどうかだけだ。


「殺さない程度で勘弁してやろう」

「なに?」


 男たちの数人は腰に武器のような物を下げていたが関係ない。

 一気に距離を詰めて、固めた拳を叩きつけた。


 全員、一発で地面に倒れた。


「うう……」

「ぐぐ……」

「いてぇ」


 生きてはいる。

 とりあえず武器を没収しておく。剣に斧にナイフ

 リーダー格らしき男だけが立派な剣を持ち、それ以外は家の用事に使っていそうなものばかりだ。

 近接武器は装備ボックスに入っているが、これに比べれば立派過ぎる。

 普段用に貰っておくとしよう。

 それから、水筒。

 革袋製のそれが水筒だと気付いて、俺は内心で驚喜した。

 問答無用で剥ぎ取り、一つを飲み干す。

 味がある。ただの水ではなさそうだ。

 だが、まずいわけでも毒があるわけでもなさそうだから問題ない。


「大丈夫か?」


 喉が癒えて少しは冷静さを取り戻した。

 少女は最初と同じ木に寄り掛かったまま動けないようだった。


「は、はい」

「事情があるとか言っていたように聞こえたが、あのままの方がよかったのか?」


 そう聞くと、少女は全力で首を振った。

 表情からして否定で間違いないだろう。


「なら、こいつらは知り合いか?」

「い、いいえ」


 これも否定する。


「……それなら、殺しておいた方がいいか?」


 こちらの姿を見られたのだから、味方を呼ばれるかもしれない。

 スニーク・ミッションの時は、見られた敵は殺すのが常道だった。


「だ、だめです」


 しかし、それにも少女は首を振る。


「き、きっと気の迷いです」

「そうか?」


 振り返って男たちを確認するが、こちらを見る目は闇の中でもわかるぐらいに悪意に満ちていた。


「おい、お前ら」

「ひぐっ」

「服を脱げ」

「え?」

「服を脱げ」


 もう一度同じことを言うと、男たちは慌てた様子で服を脱ぎ始めた。

 下着も含めて問答無用で脱がす。


「よし、行け」


 そのまま解放すると一斉に走って逃げていった。

 服を脱がしたことに大きな意味はない。

 だが、これでズボンが手に入った。

 いま穿いているものは乾きはしたもののやはり汚れが取れきれていなかった。剣や水筒を吊るすベルトも手に入ったのでよかった。


「あの……」


 木陰で新しいズボンに穿き替えて出てくると少女がまだいた。


「ありがとうございました」

「いや……感謝は形でお願いしたい」

「え?」


 俺の言葉で少女が表情を硬くした。


「食事を頼みたい」

「え?」

「何も食べていなくてな」

「あ、ああ……はい! そういうことでしたら」


 顔を真っ赤にして少女は頷き、荷物があるという場所まで一緒に移動することになった。





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