04
少女の名前はアルラという。
焚火に照らされた顔は麦わら色の髪のきれいな顔立ちをしていた。
敵に連れ去られる女性たちの要件を満たしているように思える。
アルラは旅慣れた様子で鍋で湯を沸かし、俺に硬いパンを渡してきた。
湯に付けたり蒸気で蒸らしたりして食べるものらしい。
味は、よくわからない。
ただ、物を噛んでいるという感覚は悪くない。
「私はスベア教に入るために旅をしているんです」
と、アルラは語った。
アルラは旅のスベア教の聖女に認められ、聖印を授かった。
そして入信する覚悟を決め教会に向かう旅を始めたのだという。
「その聖女と一緒に行けばよかったんじゃないのか?」
「それではだめなんだそうです」
と、アルラが答える。
「一人で旅をして他の人に助けてもらって、他者の情を身に染みて理解しなければならないそうなんです」
「なるほど」
と頷いてみたが、実際のところはわかっていなかった。
『バニシングギア』の中にも宗教はあったが、やはりよくわからなかった。
それは他人を熱狂させるものであるらしい。
そして危険なものだということぐらいしかわからない。
「それにスベア教の聖印を持った人が助けを求めたら、それに応えないといけないものなんです」
「そうなのか?」
「はい。そんなことを知らないなんて、コタロウさんは外国の人なんですか?」
「まぁ、そんなようなものだな」
「そうですか」
「なら、あいつらはなんだったんだ?」
「あの人たちは……前に立ち寄った村の若者たちです。私に旅を止めて村にとどまるようにと言っていたのですが、それを断ったら……」
追いかけて来て襲いかかってきたということか。
「よくあることなのか?」
「……いえ、初めてでした」
「そうか」
思い出したのか、アルラの体が震えている。
「なぁ、頼みがあるんだが」
「な、なんですか?」
「さっきも言ったように俺はこの国の人間じゃなく、事情にも詳しくないし、街がどこにあるかもわからない」
「は、はい」
「あんたの言う教会がどこかの街にあるのなら護衛をする代わりに案内をしてくれないか?」
「い、いいんですか?」
「俺も、このまま山野をうろついているだけというわけにはいかないからな」
「ありがとうございます!」
嬉しそうなアルラの顔を見るに、一人旅がそうとうに堪えていたようだ。
食事を終えるとアルラがうつらうつらし始めたので寝るように促した。
彼女は何の警戒もなく、マントに包まってその場で眠り始めた。
さきほど男に襲われたばかりなのに気を許しすぎではないかと思った。
それがスベア教の教えあってのことなのか、それとも男から救った俺を特別だとでも思っているのか。
俺の人徳か?
よく考えればクエストキャラクターには問答無用で信頼されていた気もする。
それがゲーム故なのか、俺自身の特性なのかはわからない。
……いや、自分の人生を『ゲームでのこと』と理解している俺は一体何なのか?
…………深く考えたところで答えがないのはわかっているが、なにもすることがない時間というのは思考を進めさせるもののようだ。
プレイヤーに寝落ちされたり、飯放置されたりしていたときはなにを考えていたのだろうか?
何も考えていなかったような気がする。
いや、なにかを考えるということができなかったというべきか。
あの時の俺は、俺であって俺ではなかった。
どんな選択も、俺がしたように見えて、しかしそれはプレイヤーが選択した結果だった。
では、俺の記憶にあるこの人生は俺の物ではなくてプレイヤーの物なのだろうか?
『バニシングギア』というストーリーは俺の人生ではないのだろうか?
無為の思考は聞こえて来た音によって停止させられた。
いや、これでいい。
あのストーリーが俺の人生であろうとなかろうと、あそこで得たものは俺の内にある。
人生がないのなら、ここを俺の人生にすればいい。
「平穏とは言い難そうだがな」
焚火の光を奴らは見逃さなかった。
そもそも荷物があった場所からたいして動かなかったこちらにも問題はあるだろう。
だが、俺にはなんとなく予感があった。
あの男たちにはなにか、荒事に対する慣れのようなものを感じた。
ただの無害なNPCではない感覚だ。
戦闘可能なNPCに似たものという感覚があった。
だからきっと、仲間を連れて戻って来るだろうと思っていた。
確信に近い感覚だったが、処分を強行したりはしなかった。
やはり、あのとき殺してしまっていた方がよかったのだろう。
だが、被害を受けたアルラがそれを拒否した。
まだこちらの世界初心者なので流れを見ているのもいいかと思っていたのだが、予想通りだったか。
さて、どうするか?
アルラは気持ちよさそうに眠っている。
いない間になにかあると気分が悪いので、少しだけ考えてカメレオンコートで彼女を覆った。
隠密スキルがない状態で使うとカメレオンコートの擬態には違和感が付きまとうが、夜の手助けもあってそう簡単にはわからないだろう。
ズボンがまた汚れるのが嫌だったので脱ぐ。
肌にぴったりとフィットしたタクティカルスーツだけになるが、寒くはない。
数がいそうなので奪った武器もそこに置き、装備ボックスから慣れた自分の武器を取ることにする。
「…………いいか。すぐに終わらせよう」
これを選ぶことに一瞬だけ躊躇した。
この世界に合っていない武器のような気がした。
だが、使えるものは全て使うべきだろう。ならば使えるかどうかの確認は必要だ。
その機会が訪れたと思うべきだ。
装備ボックスから引っ張り出したのはアサルトライフル。
ミカヅチ七号。
物体弾とプラズマ弾の両方に対応した自動小銃だ。
だが、俺としては遠距離からの射撃メインで使っているので銃身は延長され、消音機能も付加してある。
もっと近・中距離で銃弾をばらまく用のサブマシンガンも用意してある。
だが、状況が整っていない今は物体弾は貴重品なのでいまはそちらを選択しない。
プラズマ弾が使えるこちらなら、生体電気による補充が可能だ。
焚火は道から少し外れた場所で起こしていたのだが、連中にはすでにばれている。
奴らは迷うことなくこちらに向かって来る。
数は二十二。全員が徒歩できた。
最初に蹴散らした五人もその中に混ざっている。
全員が何らかの武器を手にしているが、それは剣や斧などの原始的な近接武器のみだ。
「的だな」
草むらの中で様子を見ていた俺は、そう呟くと引き金を引いた。
相手の殺意を確かめる気もなかった。
一度見逃してやったのに、武器と仲間を増やして戻ってきたのだ。
殺し合いの同意書にサインをしたも同然の行為なのだから、こちらも遠慮する必要はない。
ミカヅチ七号から放たれたプラズマ弾は暗闇に赤い残光を刻む。
だが、驚きに声をあげさせたり、混乱させたりする余裕は与えない。
ミカヅチ七号はアサルトライフルだ。
奇襲を想定せずに塊で行動しているような連中など、引き金引きっぱなしで銃口を横に動かすだけで薙ぎ払うことができる。
瞬く間、という言葉そのままに二十二の死体が出来上がった。
運悪く致死しなかった連中には近づいてとどめを刺す。
焚火の所に戻って様子を見たが、アルラが目覚めた様子はなかった。カメレオンコートをめくった時に暖かい空気が流れて来たので、もしかしたら断熱効果か保温効果が高いのかもしれない。
心地よさそうな寝顔だ。
起きていないのならいい。
次は死体の処理だ。
やれやれ。今夜は眠れそうにない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。