第3話新入部員は問題児?
「辻ちゃん お願い! 柔術部に入部してください」
アタシと智は、クラスメイトで一番仲良くしている辻 清美の前で土下座にも近い形で懇願した。
「でも……」
辻ちゃんは帰宅部であったが、格闘技に対して苦手意識があるのか、どうも柔術が乱暴なイメージもあるみたいで、アタシたちとは仲が良いものの、一歩引いて見ているイメージはあった。
実際に色白で線が細く、格闘技というよりも華道部とかの方が遥かにお似合いなイメージであった。
「うーん、やっぱり私は無理だよ…… 悪いけど……」
辻ちゃんの答えに、アタシと智はガックリうなだれてしまった。
「マネージャーとかならいいけど……」
ボソッと言った辻ちゃんに対して、アタシたちの表情はパアッと明るくなった。
「いい、それで十分、マネージャーも必要だもんね。辻ちゃんがいると部の雰囲気がまた違ってくるし」
「ねえ、加藤くんとかは?」
直後に氷河のような凍りついたような空気がアタシに襲いかかってきた。
「は? バ加藤? 辻ちゃんマジで言ってる?あんなの柔術部にはいらなーい」
加藤という男、本名は加藤
アタシ自身も授業を邪魔する加藤がウザくて、奴とは何度も一触即発ムードになっていた。
しかしようやく謹慎処分も終わりに近づき、いよいよ「あの加藤がようやく帰ってくる」と不良仲間たちは胸を躍らせていたが、復帰前日の深夜に、郊外でチャリンコを漕いでいて、トラックと衝突し、右足を複雑骨折するという大事故にあっていた。
不良仲間たちは失意に暮れて、彼らだけで創設したラグビー部ももはや廃部寸前だという。複雑骨折から3か月経過し、加藤は現在、郊外の病院でリハビリ中という噂を聞いていた。
「バ加藤だけじゃなくてさ、ラグビー部のアホ連中もいらないし、あいつらラグビーにかこつけて、他校と喧嘩ばかりしてるっしょ」
実際に、試合では100対0で負けたのに、その腹いせで、試合後に相手の学校のラグビー部を全員半殺しにしたとかきな臭い噂も聞いたりした。
智の両親が、私学の中学校へ行かせたがってたのも、ウチの中学がガラの悪い荒くれ者が多いというせいでもあるのだ。
「そんなに元気あり余ってるなら柔術部でもいいんじゃない?」
「はっ」
アタシは辻ちゃんの提案を鼻で笑った。
「柔術は神聖かつ崇高な姿勢が求められる誇り高い格闘技なのに、あんなの入れたら
アタシの迫力に、辻ちゃんは押されてタジタジになっていた。
「加藤くん、来週から復学するらしいよ」
「上等! あのバカ、今度こそギタギタにしてやるんだから」
アタシは鼻息荒く、拳を握りしめて宣言した。
「まあ、辻さんがマネージャーで来てくれるとして、なんにしてもあと三人かあ……」
智は、前途多難な柔術部の道のりに大きくため息をついて、肩を落としていた。
辻ちゃんの言う通り、加藤は翌週になり復学してきた。
ただし最初は誰も加藤のことが分からなかった。自慢のリーゼントをおろして金髪を黒髪に染め直していたからであった。
「おいおい、清澄、どうした?なんか心境の変化でもあったんか?」
加藤の席の周りを埋め尽くす不良たちは、加藤の風貌の変化に戸惑いを隠せなかった。
「うるせーな、俺はもうそういうのから足を洗ったんだよ。ラグビー部も辞める」
加藤の言葉に、周りの不良どもはざわついて、驚愕な表情を浮かべていた。
「なんでなんで? また俺らで隣町の中学や高校の奴ら締めてまおうぜ」
そのうちの一人が加藤に掴みかからんとばかりに詰め寄った。
「おら、お前らもう自分のクラスに戻れよ。騒がしすぎるだろ」
加藤は、周りに群がる下っ端たちを、しっしっと手で払うような仕草を見せた。
彼らは「なんだよ~」とぶつくさつぶやきながらぞろぞろと教室を後にした。
加藤は骨折した右足がまだ痛むのか、引きずりながら歩いて、何故かアタシの眼前にまでやって来た。
「おい」
なんか蚊が鳴く音がするとでも言わんばかりにスルーする。
「おい!」
次は少し大きく、セミが鳴くような音、これもスルー
「おい!こらっ!」
チワワがきゃんきゃん吠えるような音に成長したようだ。いい加減相手してやるか。
「おいこらさ~ん、おいこらさんて名前の人~ウチのクラスにいましたっけ?」
バ加藤の額から青筋が浮かんでいて、目は充血しながら般若のように睨みつけていた。
「おい、ふざけんな!こら、朝比奈、てめえだよ!」
あらら、アタシのことでしたか?って分かってましたけど……
「そういう貴方は、どこのどなたでしたっけ? もしかして転校生? あ、もしかして不良だったけど、転生したら一般の真面目学生になっていた。とかそういうシリーズの御方ですか?」
「てめえ、分かってて言ってるだろ?」
バカをからかうのは面白い。
「ちょっと、 誰か~、元金髪で、スクールウォーズをパクったようなラグビー部の腐ったミカンのような人がアタシを恐喝してくるんですけど~」
そばの席で智が心配そうにアタシと加藤のやり取りを眺めていた。
アンタが心配せんでも、こんなの一捻りにしてやるし。
「朝比奈、お前、こいつのこと知ってるか?」
加藤がアタシの机の上に一枚の写真を放り投げた。
写真に写っている男の子は、彫りが深く、ハーフのような顔立ちの美少年だ。
見たことがある。というか知った仲だが、あえてここでこいつに言う必要もないだろう。この写真のイケメンは、アタシのもう一人の師匠でもあるエレナさんの弟だからだ。
「こいつ、なんかお前と同じ、クレイジー柔術とかいうのやってるらしいんだわ」
クレイジーじゃなくてグレイシーねとバカに突っ込むのも面倒くさいので、ふ~んとだけ相づちをうつ。
「で、その男の子がどうしたのよ」
アタシが言うと、加藤は顔を真っ赤にさせて、額の青筋をさらにピクピクさせていた。
「誰にも言うんじゃねーぞ。お前だけには言っておくが、俺の右足の複雑骨折はトラックのせいじゃねえ、こいつにやられたんだよ」
加藤はやや口ごもる素振りを見せたあと、こう続けた。
「カラーギャング同士の抗争で、先輩からタイマンの代表で出された相手がこいつだったわけだ」
腹立たしそうに語る加藤の顔をアタシはまじまじと見つめた。
「一方的だった……ありえないくらいにボコボコにされた。右足を集中的に痛めつけられて、失神寸前まで叩きのめされた」
加藤という男は、些細な喧嘩に対しても、入念に下準備し、どんな狡猾な手を使ってでも常に勝とうとする臆面の無さは、見ているこちらが恥ずかしくなるほどだった。
その加藤がこれほどまでに打ちのめされてしまっていた。
エレナさんの弟であるミゲルくんは、素行が悪く、最初のうちこそ大人しくグレイシー柔術を学んでいたが、すぐに辞めてしまい、空手やキックボクシング、マーシャルアーツなどに興味を持ち出したが、それらも破門になり、現在はカラーギャングのリーダーだという噂を道場の人から聞いたことがあった。
そしてアマチュア団体が開催している地下格闘技の大会に出ている動画を見させてもらったが、上半身にビッシリと入れ墨をいれていて、耳や鼻にピアスをし、すっかり変貌してしまっていた。小学生の頃、アタシに優しく指導してくれたお兄ちゃんのような存在だったが、もうその姿はすっかり変わり果ててしまっていた。
試合のスタイルも柔術など全く関係なく、ただの殴り合い、不良の喧嘩である。それでもその大会で圧勝していて、「将軍」などと呼ばれていた。
「リベンジしたいんだよ。俺は……だから、俺をお前のクレイジー柔術部に入れろ」
アタシは加藤の唐突な入部の申し出に、思わず言葉を失った。
「クレイジーじゃなくて、グレイシーだっての、だいたい柔術を喧嘩に使おうなんて奴に、柔術なんて教えられるかっての」
アタシは鼻息を荒くし、眼前の加藤に啖呵を切った。
「頼むよ。俺はどうしても、勝ちたいんだ。お願いします。俺に柔術を教えてください」
加藤は土下座に等しいほどに首を垂れて懇願してきた。
何考えてんだこいつ……
束の間、アタシは躊躇したが、仕方なく、こう持ち掛けることにした。
「入部はいいけど、リベンジは喧嘩じゃなく、道場で決着をつけること。それでよければ入部を認めてやらんでもない」
加藤はしばらくアタシの顔を見て、呆気にとられていたが、やがて思案顔になった。
「分かった。それでいい。奴と決着がつけれるんなら十分だ。宜しく頼む」
加藤が右手を差し出し、握手を求めてきたのに対し、アタシは隣にいた智に左手を出すように顎で合図した。
明日はあたしの風が吹く バンビ @bigban715
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